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未来を知る僕と、感情を探す君  作者: ヤナギハラマイ
20/24

ep.20 門の前

第二十話 門の前


日本安全医師協会——略して安医協。

パンフの一枚目には、そうあった。

〈救急通報(119)の広域連携、搬送先の最適配分、災害時の医療指揮、臨床研究の倫理審査〉

要するに、全国の病院を束ねる最上段。救急のデータはここに集まり、ここから振り分けられる。

パンフの紙はつるつるしていて、風をはね返す。建物の前の風は、怒っていた。


「返せ!」

「説明しろ!」

「子どもを守るのが仕事だろ!」


本部前の広場は、人の声で波打っていた。

プラカードの白が続き、手書きの黒い字が並ぶ。

警察がロープを張り、腕章の職員がメガホンで声を宥める。

「押し合わないでください! 本部への面会は予約制です!」

「今は会見の準備中です、落ち着いて——!」


「思ったより多い」僕は言った。

「報道がゼロでも、集まる」篠宮さんが答える。「SNSで、場所と時間は足りる」


自動ドアのガラスは、遠くから見ると水面みたいに揺れていた。

ガラスの向こうで、受付の人が慌ただしく動く。

銘板には、やっぱり銀色で——日本安全医師協会 本部。


「中まで行ける?」

「行く」

彼女はパンフを胸に抱えて、視線だけ僕へ寄越す。

僕らは目を合わせて——一回、うなずく。


合図と同時に、広場の端で怒号が跳ねた。

警察がそちらに駆け、職員も寄る。

人の流れが一瞬、偏る。

——いま。


僕らはロープの手前、脇の通路へ滑り込む。

「関係者・搬入」の小さいプレート。

ドアが内側から開き、台車が一台、段差を降りた。

僕らは台車の影に重なって、自然に歩く。

胸の中の針が、細く、でも確かに角度を持った。


中は、外の怒鳴り声が嘘みたいに静かだった。

空調の音が真っ直ぐに流れ、床の白がやや青い。

壁の案内板には、黒い文字でフロア案内。

•1F:総合受付/広報

•B1:危機対応統括センター/緊急搬送管制室/備蓄庫

•B2:研究管理/倫理審査部門(関係者以外立入禁止)


「B1」僕は案内板を指さす。

『緑の線、見える? 階段下に続いてる』

見えた。床に細い緑のライン。

昨日、胸の奥で見えた断片と重なる。


階段を降りる前に、靴音が一つ。

職員が無線を耳に当てて上がってくる。

僕らは透明ファイルを掲げる。

「広報に言われて、パンフだけ追加でもらいに」

「今、会見前でバタついてます。一階でお待ちください」

「了解です——あ、コピー機どこですか?」篠宮さんが自然にかぶせる。

「裏の複合機、右奥」

職員の視線がそっちへ動いた瞬間、僕らは半歩ずれる。

(角を取る。一秒)

目を合わせて——一回、うなずく。

階段へ落ちる。


B1の空気は冷たく、音が吸われやすい。

廊下の壁に、白い番号札。

B1-03、B1-04、B1-05。

床の緑が、緊急搬送管制室のほうへ薄く伸びている。


「ここだ」僕は囁く。

『急がない。聞く』

扉のそば、細い窓から中をのぞく。

壁一面のモニター。市内地図、搬送状況、119の受信件数、空きベッドの残数。

ヘッドセットの人が短く指示を出し、画面の数字が水のように切り替わる。


「ほんとにここで、ぜんぶ——」

『配る。集めて配る』

彼女の声は低い。

「じゃあ、昨夜の黒いワゴンも——」

言いかけた僕の言葉を、無線の電子音が切った。

「エントランス、警備強化。追加で三名」

階段のほうから二人の影が伸びる。


「下がる」

『戻る』

目を合わせて——一回、うなずく。

僕らは廊下の反対側へ抜け、角で一度止まる。

正面の扉には、白地に赤い文字。


関係者以外 立入禁止

研究管理区画(B2直通)


扉の金具が、息をしているみたいに微かに震える。

胸の針が、そこに向かって一段鳴った。

(奥だ。まだ行く場所がある)


足音が階段を下りてくる。

扉の小さな覗き窓に、瞬間だけ緑のラインが映り、消えた。

僕らは、互いの呼吸を合わせる。

視線が交わる。

——一回、うなずく。


上では、まだ「返せ」の声が続いている。

下では、数字と矢印が静かに位置を入れ替える。

二つの音のあいだに立って、僕たちは扉の温度を指先で確かめた。


「まだいける?」

『いける。でも戻れる距離で——』


その時、スピーカーのチャイムが鳴った。

「まもなく広報会見を開始します。関係部署は一階へ」

廊下の影が、上へ流れる。

B1が、一瞬だけ薄くなる。

(……いまだ)


僕らは扉からわずかに体を離し、角をとって昇降口の表示を盗み見る。

B2直通の矢印。

白い数字。

緑の線は、ここで細く切れている。


「彩花」

『相川くん———蓮くん。』

名前を呼ぶことで、足が地面を思い出す。


目を合わせて一回、うなずく。

僕らは、中へ進むための一歩を、同じタイミングで出した。

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