ep.19 行方のタグ
ごく普通の高校生活を送っていた相川蓮。
しかし「未来を垣間見るような違和感」に悩まされ始めたとき、隣に現れたのは親友・小田切翔の軽やかな笑い声と、転校生・篠宮彩花の静かな視線だった。
平穏と非日常の境界線が揺らぐ教室で、三人の言葉が交差する。
それは友情か、恋か、それとも――もっと暗いものか。
誰を信じ、誰を疑うのか。
ほんの小さな選択が、未来を決定的に変えていく。
第十九話 行方のタグ
朝は静かすぎた。
赤帯の一斉休校テロップは、まだ画面の隅で点滅している。
ニュースは「安全確保」の四文字以外を言わない。
机に頬をつけたまま、スマホの画面を指でなぞる。翔のアイコンは、既読の青にならない。
——翔、起きてる?
(灰色のまま)
——心配してる。返せる時でいい。
(沈黙)
胸の奥で、細い針が、一度だけちりと鳴った。
⸻
昼近く、メッセージで篠宮さんに電話をかける。
「出られる?」
『大丈夫。——翔くんは』
「まだ。通知、動かない」
『わかった。いったん通話切って、SNS見る』
通話が途切れて、部屋が急に広くなる。
僕もアプリを開いた。
タイムラインは、夜の間に別の色で塗り替えられていた。
《#行方不明 #消えた #探しています》
《昨日から高校生の友達が連絡つかない》
《最寄りの交番、動いてくれない。「もう少し様子を見て」と言われた》
《同じ学校でも何人かいない。さすがにおかしい》
スクロールしても終わらない。
目に入るのは、ほとんど高校生ばかりの名前と顔。
プロフィール画像の笑顔、旅行先の写真、ペットの動画——その横に、連絡が取れませんの文字。
(……翔も、その並びの中にいる)
胸の針が二度、短く鳴る。
着信。篠宮さんだ。
『相川くん、いまタグ見てる?』
「見てる。……高校生だらけだ」
『そう。中学生や小学生のタグも少しあるけど、失踪という言葉が付くのはほとんどが高校生』
「ニュースは」
『一切、触れてない。学校休校は大きく流すのに、こっちはゼロ』
沈黙が二秒だけ落ちる。
その二秒の重さは、十分に大きかった。
『——ねえ』
「うん」
『いま、バズってる投稿がある。場所、うちから電車で二駅』
「どんな?」
『昨夜、黒い車に制服の男子が乗せられるのを見たって。証拠は車種の写真。暗いけど、窓に小さいステッカーが写ってる』
「ステッカー?」
『**“日本安全医師協会”**って読める。拡大されてる』
言葉が、一瞬だけ喉でとまった。
——医師協会。
(……胸の針が、角度を変える)
「医師会の車?」
『わからない。救急じゃない形。——でも、昨夜』
「時間」
『翔くんからの最後の既読と近い』
投稿のリンクが送られてくる。
写真は粗い。街灯の下、黒い側面ガラスが街を鏡のように映し、隅に白い字が貼られている。
コメント欄は荒れていた。
《医師会の車なんてあるか?》
《医療関係ならむしろ助けてるだけでは》
《いや、「連れ込まれてた」って書いてあるぞ》
《嘘松》
《撮影許可もらってないナンバー隠せ》
《この辺、昨日もサイレン鳴ってた》
《高校生ばっかり行方不明ってマジ?》
「……偶然、なのかな」
『偶然であってほしい。でも、投稿の数が偶然の数じゃない』
「わかる」
ふたりで黙ったまま、同じ画面を眺める。
タイムラインの右側には、まとめアカウントが新しいスレッドを立てていた。
《【検証】昨夜からの行方不明、高校生に偏っている件》
《報道はなし。情報はSNS頼み》
《同一地域で黒い車の目撃多数》
《共通タグ:#行方不明 #制服 #黒い車》
指が勝手にスクロールを続ける。
(前触れは、もう画面の向こう側に溢れてる)
『……どうする?』
篠宮さんの声は、変に落ち着いていた。
現実が重いとき、彼女はむしろ無駄な感情を落とす
「——行く?」
『行こう』
どこへ、の答えはもう画面の中にあった。
“日本安全医師協会 本部”。投稿に貼られた過去記事の写真に、ガラスの自動ドアと銀色の銘板が写っている。
「確かめる場所は、最初から一つだったんだ」
『うん。掲げてる名前が本当なら、堂々と行って、堂々と帰るだけ』
「派手には動かない」
『目を合わせて——一回、うなずく』
合図を交わす。
休校の静けさの中、進む先がやっと一本に細く定まった。
——行くのは、医師協会の本部。




