表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来を知る僕と、感情を探す君  作者: ヤナギハラマイ
18/24

ep.18 一斉休校

第十八話 一斉休校


朝のニュースは、テロップを重ねながら同じ言葉を繰り返した。


文部科学省は、本日付で全国の小・中・高等学校を一斉休校とする方針を発表——

児童生徒の安全確保のため。詳細は調査中。本件に関する質問は——


理由は、それしか言わない。

「安全確保」。何から、とは言わない。


教室はざわめきで満ちた。


「マジで全国?」

「小学生まで? やりすぎじゃね」

「安全確保って、何の?」

「いやもう超能力だろ」

「バカ言うなよ。っていうか、そんなのニュースで言うわけ——」


笑いがいくつか、途中で止まる。

誰もはっきりとは言わないまま、ふざけが空振りする。

ホームルームの終わり、担任が「冷静に」と言ったが、その言葉が一番落ち着いていなかった。



昼休み。

窓際の、二人分だけ空いた場所。いつものパンの袋の音。


「明日から休校」と僕。

「……全国で、ね」篠宮さんはパンの袋をたたみながら言う。「そんなこと、聞いたことない」

「さすがに大げさじゃね?」背後から翔が顔を出す。「怪獣でも出るのかよ」

「出たじゃない」篠宮さんが淡々と返す。「先週、駅前に」

「……あれは人だ。でかかったけど」翔は耳の後ろをかいた。「つかさ、全国的ってのがピンと来ないんだよ。県内で変なの増えてるのはわかるけど、何で小中高全部なんだよ」


僕は言葉を探す。胸の奥で、針が微かに擦れた気がした。

(年代だ。たぶん、俺たちの年代に何かが——)


「でさ」翔が急に顔を近づけた。「俺も超能力ゲットした!」

「は?」

「マジで。笑うなよ? この前、さすがにイラッとしてさ、家のブロック塀を軽く小突いたら——ヒビ入った」

「……筋トレの成果じゃないの」

「そんな都合のいい成果あるかよ。俺、いったい何年腕立てしてると思ってんだ」

「どうせ数えてない」

「数えてたらモテてる。——いや、とにかく見せるって。今日、放課後」


「場所は」篠宮さん。

「校舎裏はまずい。川沿いの遊歩道、あそこの古いコンクリ壁な。誰もいない時間帯に、一回だけ」

「合図はいつも通り」僕は言う。「目を合わせて——一回、うなずく」

「了解」篠宮さん。

「了解」翔は親指を立てる。「相川、動画撮んのはナシな」

「撮らない。見届けるだけ」


翔は胸を張って去っていった。

残った空気に、少しだけ笑いが残る。けれど、それもすぐ薄くなった。


「……怖い?」僕は小さく聞く。

篠宮さんは考えるように視線を落として、短く首を振った。

「怖いは後でいい。今は事実を集める。翔くんが言うなら、見てから」

「うん」



放課後までの間に、SNSが爆発した。

タイムラインには、短い動画が連なっていく。


《浮いた。これ加工じゃないから》

《手が光るの、マジで。#フィルタなし》

《廊下で友達が透けた。怖すぎ》

《俺も能力あった。嘘だと思うなら会いに来い》


「CGだろ」「やらせ」「照明トリック」「見間違い」のリプがつく。

しかし、同じような動画が一つじゃない。十とか百とか、数が増える。

タグはトレンドの上位に刺さったまま落ちない。

大人たちの「やめなさい」「悪ふざけしない」という投稿が、かえって本物の匂いを濃くしていく。


僕はスマホを伏せた。胸の針が、また小さく擦れる。

(前触れは、もう町じゅうに散らばってる)



夕方。

川沿いの遊歩道は風が冷たい。草の匂いが少し湿っている。

釣り人の影は遠くに一人。通り過ぎる自転車のベルが一度。

僕と篠宮さんは、約束の古いコンクリ壁の前に立った。

少し遅れて、翔が走ってくる。息は上がっていない。


「お待たせ。——いくぞ」

「うん」

「一回だけ。ほんの少しだけ」篠宮さんが念を押す。

「わかってる」


翔は壁から半歩離れ、拳を握ってほどく。

手を下ろして、肩の力を抜く。

こちらを見た。

僕たちは、目を合わせて——一回、うなずく。


翔の拳が、静かに前へ出た。

ドンでもバンでもない、鈍いくぐもった音。

指の第二関節がコンクリに触れた瞬間、蜘蛛の巣みたいな細かいヒビがぱっと走って、広がって、止まった。

拳を引く。

翔は痛そうに指を振って、それから笑った。


「……な?」

言葉より先に、僕と篠宮さんの喉が鳴った。

「本当に」篠宮さんが低く言う。

「本当にだ」僕の声も低くなる。


「いけるだろ、俺。ヒーロー枠」

翔は冗談に乗せた。だけど、笑顔の端が一瞬だけ引きつる。

僕はそれを見逃さない。

篠宮さんも、見逃さない。


「終わり」篠宮さんが言った。「今日はこれで。無茶はしない」

「しないしない。これ以上やったら俺の拳が先に壊れるわ」

「それでいい」

三人で壁から離れる。

風が、さっき割れ目の入った面を撫でて、白い粉が少しだけ落ちた。


「帰るか」

「うん。——翔、また明日」

「また明日」


僕たちは遊歩道を三方向に散った。

夕暮れの光が細く、街の色を薄くしていく。



翔の足音が、橋の袂でゆっくりになった。

ポケットに突っ込んだ手のひらに、汗がにじんでいる。

(——笑ってなきゃ、やってらんねえ)

家の壁のヒビ。

今日の壁のヒビ。

ヒーロー枠なんて言ったけど、拳の奥に残る鈍痛が、笑いを軽くしてくれない。


「……でも、言わなきゃもっと怖いだろ」


自分に言い聞かせて顔を上げる。

そこに、黒いワゴンが一台、音もなく止まっていた。

道を塞がない斜めの角度。

スモークの奥が、鏡みたいに外を映す。


(配達? いや——)


後ろから、すっと人の影が重なった。

腕が背中に回って、口元に布。

甘くも苦くもない、何の匂いもしない布。

反射で肘を引こうとする前に、肩を二点で止められる。

動きが静かすぎて、音が生まれない。


「対象一名、目視」

「周囲クリア」

低い声が淡々と交わされる。

耳元で、誰かが数字を読み上げた。

翔の視界が、薄い灰色の膜の向こうに滲む。


(——相川、篠宮)


呼ぼうとした名前は、喉の奥でほどけた。

腕が軽く持ち上がり、身体が浮く。

黒い扉が、静かに開く。

中は暗い。

足が床に触れる前に、扉は音を立てず閉じた。


ワゴンは、普通の車の速度で角を曲がる。

誰も振り返らない。

風だけが、川面をそよと撫でた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ