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未来を知る僕と、感情を探す君  作者: ヤナギハラマイ
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ep.17 余波

第十七話 余波


サイレンが重なって、広場の音は層になった。

「落ち着いてください、前に押し出さない——!」拡声器の声が何度も重なる。

制服の巨人は、まだ動かない。けれど、さっきまで空気を押していた圧が、少しずつゆるむのがわかった。


最初に動いたのは膝だった。

ぎし、と亀裂が鳴り、巨体がわずかに折れる。

肩が下がる。ネクタイの「旗」がゆっくり荒れを失い、街路樹の梢が元の高さに戻る。

さっきは信号機の二、三倍あった高さが、目に見えて縮んでいく。

空気の帯がほどけ、ビニール幕のばたつきが止む。

誰かが「あ、ちいさく——」と言い、別の誰かが「近寄るな!」と叫んだ。


やがて、そこに立っていたのは普通の背丈の男子高校生だった。

制服は、東陵でも、うちでもない。見慣れない校章。

膝から崩れるように座り込み、そのまま気を失う。

救急隊員が駆け寄り、担架に移した。

「呼吸あり。脈、弱い」「搬送ルート確保」

テープが張られ、野次馬の列がじりじり後退する。

スマホのレンズは伸び上がり、口元の「わぁ」が途切れ途切れに漂った。


「……行こう」

篠宮さんが、僕の腕を軽くたたいた。

「うん」


人の流れの逆を取って、三人になれる場所まで下がる。

コンビニの角を曲がった先の、小さな公園。

ベンチの塗装は剥がれて、鉄の匂いがした。

少し離れて、翔が追いつく。


「なあ相川、篠宮。……さっきの、見間違いじゃないよな」

「見間違いじゃない」

「だよな。俺、途中まで怪獣映画の撮影かなって本気で思った」

「エキストラにしては逃げ方が本気すぎ」

「ツッコミの余裕あるの、助かるわ」


翔は肩で笑って、すぐに真顔に戻る。

「……で、あれ、暴れようとしてたか?」

「違うと思う」篠宮さんがきっぱり言った。「顔がね、助けてって言ってた。あの高さでも、そう見えた」

翔は小さくうなずいて、髪を手ぐしで押さえた。

「ほんと、俺らの世界で起きてるんだよな、これ」


言葉の隙間で、胸の針が小さく動いた。

(前触れ。まだ本番じゃない)

夢の中の、倒れた人の群れはここにはいない。

でも、空気はそちらに傾き始めている。


「当面、学校の行き帰りは一緒に動こう」僕は言った。

「合図はいつも通り。目を合わせて——一回、うなずく」

「了解」篠宮さん。

「了解。俺も、できるだけ近くにいる」翔。

彼は軽く拳を合わせる仕草をして、視線を外した。

その横顔には、冗談の余白がなかった。



夕方、家に戻ってシャワーを浴び、制服をハンガーに掛ける。

窓の外は、揺れが嘘だったみたいに穏やかだ。

ニュースをつける。

アナウンサーの声は、落ち着いているのに速い。


本日午後、市内の駅前広場で巨大な人影が目撃されました。

目撃者によりますと、人影は制服のような衣服を着ていたということです——


映像は、広場を遠巻きに撮ったもの。

テロップには「検証中」「編集なし」の文字。

専門家の枠に呼ばれた誰かが、「光の屈折による蜃気楼」「集団錯覚の可能性」「ドローン群による視覚トリック」など、言いにくそうに並べる。

同時に画面の端には、SNSの切り抜きが流れる。

「マジで見た」「CGだろこれ」「加工する暇ない時間帯に出回ってるぞ」「制服なんだよな……」

スタジオの笑いはひきつって、すぐ消えた。


場面が切り替わる。

アナウンサーが、台本の紙を一枚めくる音がかすかに入る。


なお、県内外で現金輸送車を狙った窃盗事件が相次いでいます。

今週に入って三件、いずれも短時間のうちに行われ、侵入の形跡がないことから、警察は——


画面に、白い車体の影と、黒い覆面の分厚いモザイク。

「防犯カメラにノイズが走り、時間が抜け落ちている」と、リポーターが言う。

「犯人は不明」。その言葉が、淡々と画面を横切った。


胸の針が、また小さく震える。

(これは、たぶん——同じ層の出来事だ)


携帯が震えた。

——篠宮さん:ニュース見た。

——翔:輸送車のやつ、気持ち悪いな。痕跡ゼロってなんだよ。

指が動く。


明日も、一緒に動く。

何かあったら、すぐ合図。


送信。

すぐに既読がつく。

画面の隅では、キャスターが「続報が入り次第お伝えします」と微笑んでいる。

その笑顔は、情報の不足を埋めるための形に見えた。


音量を落とす。

机にノートを開く。

今日の普通と、普通じゃなかったことを、二色で書き分ける。

——駅前広場、信号機の二、三倍。

——制服。

——助けて、に見えた。

——輸送車、ノイズ、不明。


ペン先が止まる。

窓の外、風が静かにカーテンの裾を押した。


(次が、始まっている)

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