ep.15 夢の輪郭
ごく普通の高校生活を送っていた相川蓮。
しかし「未来を垣間見るような違和感」に悩まされ始めたとき、隣に現れたのは親友・小田切翔の軽やかな笑い声と、転校生・篠宮彩花の静かな視線だった。
平穏と非日常の境界線が揺らぐ教室で、三人の言葉が交差する。
それは友情か、恋か、それとも――もっと暗いものか。
誰を信じ、誰を疑うのか。
ほんの小さな選択が、未来を決定的に変えていく。
第十五話 夢の輪郭
——道の真ん中に、靴が一足だけ落ちていた。
白い紐がほどけて、風に小さく震える。
青い柱のバス停、濃い青の自販機、電柱の「おかもと整骨院」の帯。
幅の広い横断歩道。オレンジのコーンが一本だけ、斜めに倒れている。
その向こうで、人が倒れていた。ひとり、ふたり、三人——数え切れない。
「……ここ、知ってる場所だ」
声に出した瞬間、景色の輪郭がさらに濃くなって、夢は切れた。
目を開ける。机の上の置き時計は2:30。
(ただの夢。夜中に起きただけ。夢だ)
そう決める。けれど、まぶたの裏に残る線は、いつもの“予兆”よりはるかにくっきりしている。
未来を見るなら、もっとぼやける。光がにじんで、色は薄い。
今のは——鮮明すぎる。
コップの水をひと口。ライトを落として目を閉じる。
青い柱と、倒れたコーンだけが、消えない。
⸻
朝。
ホームルームのざわめき。篠宮さんは席にいて、ノートの端を指でそろえていた。頬に戻った色が、少し安心をくれる。
「おはよう」
「おはよう」
「体調、どう」
「だいぶいい。——相川くんは?」
「普通」
「目の下、少しだけ深い。寝てない?」
「夜中に起きた。変な夢で」
彼女の視線が、すっと真剣になる。
「どんな夢」
「……道端に人が倒れてる夢。しかもたくさん。」
「見覚え、ある?」
「ある。知ってる場所だと思う」
一拍置いて、彼女は言う。
「それ、夢……? 未来じゃなくて?」
「未来だったら、もっとぼやけるはず。昨日のは、鮮明すぎた」
「でも——知ってる場所、なんだよね」
「……ああ。だから、怖い」
そこへ、翔がノートをひらひらさせて割り込んでくる。
「おはようさん。なんでそんな真顔? 今、『未来』って聞こえたけど」
「夢の話」僕は即答する。
「夢?」
「オチのないほう」
「朝から夢オチ会議か。贅沢だな。俺は現実オチで小テストの範囲を確認してくる」
「それは必要」
「必要なやつ〜」
翔が肩をすくめて去る。空気が少しやわらぐ。
「ごめん」篠宮さんが小声で言う。
「いい。——昼、少し時間いい?」
「うん」
チャイム。僕らは教科書を開いた。
⸻
昼休み。
窓側、二人分だけ空いた場所。パンの袋の音が遠くに散る。
「さっきの続き」篠宮さんが切り出す。
「教えて。形のある手がかりを」
「青い柱のバス停。ローマ字の駅名。濃い青の自販機は缶コーヒーの広告。電柱の“おかもと整骨院”は緑の文字。横断歩道は幅が広い。オレンジのコーンは一本だけ倒れてた。歩道ブロックに小さな欠け」
「音は?」
「少ない。風だけ。——いつもの“見える”より色が強い。だから、夢だと思いたい」
「思いたい」
「うん」
彼女は真っ直ぐこちらを見て、こくりとうなずく。
「念のため、行ってみよう」
「……行くのか」
「夢なら、それでいい。未来だったら、早めにわかるほうが安全」
「合図は」
「目を合わせて、一回うなずく」
「了解。——長居はしない」
「うん。確認だけ」
バターロールを三分の一だけ差し出すと、彼女はいつもどおり三分の一だけ受け取った。
この普通が、今日の支えになる。
⸻
放課後。
並んで歩く。商店街を抜けると、風の温度がひと目盛り下がった。
角を二つ曲がる。胸の奥で、針がかすかに動く。
「——ここ、かも」
足を止める。
青い柱のバス停。
濃い青の自販機。
電柱の「おかもと整骨院」。
幅の広い横断歩道。
一本だけ倒れたオレンジのコーン。
歩道ブロックの小さな欠け。
「……全部、一致」
篠宮さんの声が低くなる。
僕は喉の渇きを自覚しながら、息を整えた。
「今は、何も起きていない」
「うん」
「確認だけって決めた」
「決めた」
目を合わせて、一回、うなずく。
その小さな合図で、全身の緊張が少しだけほどける。
「帰ろう」
「帰ろう」
背中に青い柱の視線がついてくるような気配。それでも振り返らない。
足音のテンポだけを揃える。
——帰ろうとした、その時だった。
地面の底から、ドンと一度、突き上げられる。
続いて横に大きく、しかし一定ではなく、右と左へ不規則にねじれるように揺れた。
近くの自転車が倒れ、看板の鎖がからん、と乾いた音を立てる。
足裏の振動は、広がる波じゃない。一点から押し返されるみたいに集中的だ。
「地震か?!」
誰かが叫び、ざわめきが一気に広がる。
なのに、どのスマホも鳴らない。
前触れの小さな揺れもなく、いきなり来て、いきなり大きい。
風鈴は揺れているのに、電線はほとんど動かない。
(……地震、にしては変だ)
僕と篠宮さんは、広場の柱に手を掛ける。
視線を合わせる。——一回、うなずく。
それだけで、足元の不安が少し減る。
揺れは、思ったより早く収まった。
「大丈夫?」「今の……」「強かったな」声が散る。
誰かは空を見上げ、誰かは地面を見つめ、誰かは笑って誤魔化す。
広場の端で、一人が指をさした。
「おい、あれ見ろ——」
僕と篠宮さんは同時にそちらを向いた。




