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未来を知る僕と、感情を探す君  作者: ヤナギハラマイ
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ep.10 火の噂

ごく普通の高校生活を送っていた相川蓮。

しかし「未来を垣間見るような違和感」に悩まされ始めたとき、隣に現れたのは親友・小田切翔の軽やかな笑い声と、転校生・篠宮彩花の静かな視線だった。


平穏と非日常の境界線が揺らぐ教室で、三人の言葉が交差する。

それは友情か、恋か、それとも――もっと暗いものか。


誰を信じ、誰を疑うのか。

ほんの小さな選択が、未来を決定的に変えていく。


第十話 火の噂


朝の教室


 月曜の朝。昇降口のゴムマットに昨夜の雨が残っていて、湿った匂いが廊下を薄く満たしていた。教室の扉を開けると、空気の温度が半度だけ上がる。スマホの小さな光が机のあいだに点々と揺れて、声が交差していた。


「見ろよこのニュース」

「授業中に先生ともみ合いになって、いきなり燃えた?」

「制服とノートだろ? 火、ついたまま床に落ちたってさ」


 見出しが読み上げられるたびに、周囲の視線が画面へ寄る。黒く縮れたプリントの写真、机の上の灰の輪。キャプションには《原因は不明》の三文字。


「超能力だろ、これ。映画じゃん」

「いやいや、ライター持ってただけ。大げさに盛ってるんだよ」

「でも危険物は見つかってないって」

「探し方が甘いだけだって」


 笑い、ため息、舌打ち。教室の音が、牛乳パックみたいに軽く折りたたまれては転がる。僕はカバンを置き、耳だけで断片を拾った。朝の光が斜めに差し込んで、黒板のチョークの粉が細かく浮いている。


「SNSひどいな。外野が『超能力者現るw』とか、『器物損壊で終わりだろ』とか」

「現場の話は? 動画とか」

「出てない。学校が“原因調査中”でガード固い」


 「未確認」と「確信」が同じ速さで教室を回る。どちらも軽く、でもどこか刺さる。


「おーい、相川」


 後ろから翔がやって来て、僕の机に半分腰を乗せた。画面をひょいと掲げる。


「朝からファイヤーなニュース、テンション上がるだろ?」

「上がらない」

「だよな……でもさ、うちの学校でも出たらどうする? 理科の先生、発火実験いらなくなるぞ」


 周りから笑いが漏れる。僕は肩をすくめただけで、何も言わなかった。篠宮さんは二つ向こうの席で、ノートの端を指で押さえ、ページを静かに開いている。顔を上げない。声も出さない。ただ、教室のざわめきの輪郭だけを測っているように見えた。


 ホームルームのチャイムが鳴る。担任が入ってきて、「ニュースは知っていると思うが、不安を煽るな。何かあれば教師に相談」と簡単な注意をして、すぐに点呼へ移った。点呼の列に呼ばれる自分の名前が、いつもより少し乾いて聞こえた。



 休み時間、教室はまたほどける。誰かが読み上げる最新記事の文面は、ほとんど変わらない。


《〇〇県の高校で授業中に小火。生徒と教師がもみ合い、燃焼広がる。危険物の所持は確認されず。けが人はなし》


「ほら、ライターじゃないって」

「逆に怖くね? 原因不明が一番怖い」

「出た、オカルト信者」


 理屈と茶化しが机のふちで手の甲みたいにぶつかる。だれも真実を持っていないのに、各自の恐れだけは手触りがある。僕はポケットの中で指先を丸め、紙片の角を探した。昨日、篠宮さんと半分にしたプラネタリウムの半券。薄いのに、約束の形だけは確かだ。


 そのとき、翔が身を寄せて小声で言った。


「相川、怖いか?」

「……少し」

「俺もだ」


 翔がこんな声を出すのは珍しい。つづけざまに、彼は息を吐いた。


「でもさ、何かあったら人を離す役くらいはできる。大声出して、距離取らせるとか。俺、声デカいし」

「頼りにしてる」

「おう」


 それだけ言うと、翔は「体育館、行ってくる」と手をひらひらさせて出ていった。彼の通り道に、いつもの軽さと、見えない重さが細長く残る。



昼のSNS


 購買の列で、前の生徒がスマホを傾けた。スクロールする指先の上を、言葉だけの火が流れていく。


《ついに超能力者爆誕w》

《火は危ない、冗談じゃ済まない》

《ライター仕込めば誰でもできるだろ》

《原因不明って、一番嫌な言葉》

《“見える”とか言い出す奴、ぜったい出てくる》


 見てない人たちの、見たがる声。僕はパンを受け取りながら、画面を見ないようにまばたきの回数を増やした。見えるという語が、瞼の裏で小さく光るのをやり過ごすために。



放課後の廊下


 終礼が終わると、椅子が床を擦る音が一斉に鳴った。昇降口へ向かう廊下は、ワックスと汗の匂い。翔が走りながら親指を立てる。


「相川、何かあったら呼べよ。俺、走るから」

「ああ」


 短く返すと、翔は本当に風みたいに体育館へ消えた。背中の速さは、朝と同じだった。



二人の帰り道


 昇降口を出ると、空は色のない灰。街路樹の葉が裏側を見せ、信号は時間通りに青へ切り替わる。僕と篠宮さんは、自然と並んだ。


「……ニュース、更新されてた」


 篠宮さんが、声を落として言う。顔は正面。歩幅は変わらない。


「“危険物は確認できず。もみ合いの最中に燃焼が起きた可能性。学校は安全確認を強化”。……文面は、薄い」


「薄いほうが、怖い」

「うん」


 信号を渡り終えるまで、会話はそこで止まる。横断歩道の白い帯が靴の先で途切れては繋がる。車の排気の匂い、遠くでブレーキの軋む音。世界は通常運転を続けるふりがうまい。


「相川くん」


「うん」


「名前は、まだつけない。でも、合図は増やしたい」


「増やす?」


「うん。学校の中でも使えるやつ。廊下でも、教室でも届くやつ。……“いったん離れよう”って言葉を、そのまま合図にしよう」


 彼女は淡々と提案する。正義を振りかざす声ではない。自分の呼吸を守り、僕の呼吸も守るための、ささやかな策。


「言えるかな」

「言えないときは、私が言う。だから、受け取って」


 僕は頷いた。胸の奥で、固く結んでいたものがひとつほどける。


「……ありがとう、篠宮さん」

「どういたしまして」


 住宅街の角。低い塀の上の植木鉢から、昨日の雨粒が一つだけ落ちて、石に小さな円をつくった。


「もうひとつ」


 彼女が足を緩める。


「怖さは二人で割る。責任は三人で割る。小田切くんも入れて」


 名前を静かに置く。その重さが、やけにちょうどよかった。


「また明日」


「また明日」


 分かれ道で、篠宮さんは小さく手を上げ、背中を向けた。僕はしばらく立ち尽くしてから、ポケットの半券を指で押さえる。紙のざらつきが今日という日の輪郭を確かにする。




 机に半券を置き、ニュースサイトをもう一度開く。


《〇〇県の高校の小火、原因特定至らず 学校は安全確認と生徒ケアを強化》

《SNSでは憶測が分裂 “超能力”とする投稿も、冷笑的な反応も》


 見たという語は、どこにもない。あるのは、遠くからの怖れと茶化し。画面を閉じると、部屋の静けさがすぐ戻る。


(いったん離れよう)


 声に出さずに、胸の内で繰り返す。合図は、紙の契約じゃない。でも、声にした瞬間に現れる道がある。目を開けたままの暗闇でも、目を開けたままの白昼でも、同じように。


 外で風が鳴った。火の噂は軽い。火そのものは軽くない。

 僕らの“見える”は、火より先に走らず、火より遅れて泣かず、その中間で正確でありたい。そう祈るみたいに目を閉じると、昨日の星の半分が、机の上で静かに光を保っていた。

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