第1章 最終話 目的
「さて、洗いざらい話してもらいますわよ」
泣き叫ぶ馬場園さんを空き教室に連れ込み訊ねる。
「誰に頼まれてこんなことをしたのですか? 返答によってはこの写真を週刊誌に売るのは考えてもよろしくてよ」
立ち上がる気力もなく床にへたり込んだままの馬場園さんの身体がピクリと震える。美兎に心配をかけないよう場所を変えたが、長時間授業をサボればそれはそれで美兎を不安にさせてしまう。怪我と服の対処もしないといけないし、早くしゃべってくれたらありがたいけど。
「……条件があります」
もうすっかり戦意喪失したものだと思っていたが、馬場園さんの口から出た言葉は意外にも強気なものだった。
「考えるじゃなくて確約してください……その写真を廃棄すると。あなたが知りたい鍵を握っているのは私だということをお忘れなく……あなたは私にお願いする立場ですよ」
へぇ、結構したたか。雰囲気に流されず状況を正しく認識するなんて中々できることじゃない。その強気な姿勢は評価するけど、交渉役には向いてないかな。その態度が相手にどういう印象を与えるか。そしてそんな悪足掻きが通用する相手かどうか。その判断がまるでついていない。
「諏佐間枯葉」
私がその名前を口にした瞬間、馬場園さんの瞳孔が大きく開いた。
「やはりあの女ですか。よくわかりましたわ」
「ちっ……ちが……! 私はまだ何も言っていません!」
慌てて否定しようとする馬場園さんだけど、その態度を見れば正解だということは明らか。何よりそれがわかったから反撃に打って出たのだ。
「諏佐間家……空泉と同じく日本五大財閥の一角を担う名家ですわ。ただしその格付けは明確に空泉の方が上。取り扱っている事業がほぼ同じで私たちの方が歴史もある。何をしても永遠の二番手……少し前まではそうだった。空泉が没落して一番得をするのが諏佐間。そしてそのグループ会長の娘が同じ学校、同じ学年にいる。元々疑ってましたもの」
「そ……それだけで決めつけるのは……!」
「もちろん。確信できたのはあなたのおかげですわ、馬場園さん」
元々諏佐間枯葉は疑っていた。ただ証拠がなかったし、空泉のライバル企業は他にもある。狙いを絞る明確な理由がなかった。しかし馬場園さんの発言で……昨日の出来事のおかげで疑惑は確信に変わった。
「あなたが準優勝で終わったいけばなコンクールの優勝者。それが諏佐間枯葉でしたわね。あの話をした瞬間、あなたの空気が明らかに変わった。先ほどもこの話を出した瞬間殴ってきましたわ。そこに触れられたくない何かがあることは明らか。あなたの発言から察するにこのようなことを言われたのではないですか?」
『いつもいつも見下して』、『ただ良い家に生まれただけのくせにどうして私がこんな奴らに』。私を殴った直後怒りをまき散らすように口走ったあの怨嗟。あれは私一人に向けられた言葉じゃなかった。きっとこう言われた馬場園さんが言い返したかった言葉なのだろう。
「何にもなれない負け組に勝ち組になるチャンスをあげる。跪きなさい」
へたり込んだままの馬場園さんがガクリと項垂れる。そしていっそ清々しい表情でゆっくりと口を開いた。
「……私の完敗です。一言一句違わず当てられたら……もう反抗する気も起きません」
「別に……あれの言いそうなことを言っただけですわ。嫌いなものほど詳しくなるものだから」
思い返してみれば、今までの馬場園さんの言動にはあの女とよく似たものを感じた。おそらくあれに仕込まれたせいだろう。通りでむかつくわけだ。
「あのコンクールの日……諏佐間様……諏佐間に言われました。得意なことでも勝てずに何ができるんだ、そんな無能でも勝ち組になれる唯一の方法を教えてやるって……上から目線であなたの悪口と一緒に、延々と」
「洗脳の手法の一つですわね。心理的負荷のかかっている状態で言葉を矢継ぎ早に浴びせる。ブラック企業の典型的な手口ですわ。自尊心をへし折って、無茶苦茶な命令でも正論のように思い込ませる最悪の手法」
「結局私はあの人に跪きました……あなたのことが嫌いだったのは事実ですしね。良い家に生まれて何をやっても上手くいって……片や私にあるのは華道だけなのに、それすらも敵わない。恥ずかしくなって……全部見下されてる気がして……むかついて仕方がなかった。だから壊してやろうと思ったんですが……無駄でしたね。やっぱり本物とは生まれ持ったものが違います。本当に馬鹿なことをしました……もうどうでもいいです。家のこともカーストのことも、どうでもいい。週刊誌に流すのならお好きにどうぞ。あなたに歯向かった時点で……いいえ、諏佐間に関わった時点で私の運命は決まっていたんです」
自暴自棄。自嘲気味に笑いながら泣く馬場園さんを見て。かわいそうだとか助けてあげようといった感情は一切抱かなかった。それでも写真を破くことに何の躊躇いもなかった。
「……同情のつもりですか? そういう上から目線が……」
「残念ながら私はあなたの言う通り極悪人ですので。情けをかけるつもりなんて欠片もございませんわ。だからばらまいた写真は自力で回収してくださいまし。御足労をかけるお詫びとして、これを差し上げますわ。」
懐から一枚の紙を取り出し馬場園さんに手渡す。力なく受け取った彼女は虚ろな瞳でそれに目を通していく。
「ここ数年の私が出場したいけばなコンクールの結果ですわ。記憶が正しければ諏佐間さんもほとんど参加しているはず。結構苦労したんですのよ。なんせ、私の名前はほとんどないのですから」
華道の先生の目もあって、近くでコンクールが開かれたり全国規模のものがあれば一応作品を提出してきた。そのほとんどが未入賞。入賞しても学生の部だったり、その中でも下位の賞であることが多い。それは諏佐間さんも同じで、誇れるような結果を残せたことはほとんどない。その理由は明確だ。
「馬場園さん。どのコンクールにも上位にはあなたの名前がありますわ。上だけ見ていたから気づかなかったのでしょうね。少なくとも華道において、あなたは私や諏佐間さんより上ですわ」
馬場園さんの瞳に光が戻っていく。性格の悪い私はそれがちょっと気に入らなかったりするけれど、事実としてそうなのだから仕方ない。
「でもその結果を悔しいとは思いませんわ。だって私は華道に本気を向けられていませんもの。むしろ時々入賞できて充分満足していますわ。でもあなたはどうしても許せなかったのでしょう? 優勝できなくて悔しかったのでしょう? そう思えたのはあなたが本気だったからですわ。本気で華道に心血を注いできたからですわ。……正直そのことには悔しいと思ってる。何か一つを極めることは、私にはできなことだから」
心を失っていた彼女の瞳から、感情の涙が零れ落ちている。それはさっきまでの涙とは別の涙。私には流せない、特別なもの。
「実はあなたの言う通りなのよ。私は常に他人を見下している。だって私は日本を代表する巨大財閥の一人娘。周りの人間はみんな下よ。でも誰もそのことに気づかない。私の外面だけを見て本当の私を見ようとはしてくれなかった。……あなただけよ。私を正しく見てくれていたのは。上を見ていないと見下されていることにも気づかないからね」
何か一つにでも本気を出せている人間がどれだけいるだろうか。結果なんて関係ない。そう思えることこそが美徳なのだ。
「週刊誌に流されなくてもあなたの学生生活は悲惨なものになるわ。大勢が見ている中でひどい恥をかいた。きっと今頃あなたの悪口で大盛り上がりしているでしょうね。でもたった一度の失敗よ。一度失墜したくらいで人生は終わらない。あなたも私も、まだ何も終わっていないのよ。また上を見ることができるのなら」
過去の結果に向けられていた馬場園さんの瞳が徐々に上がってくる。希望の光を宿しながら。そして手を差し伸べている私と目が合った。
「だから私とお友だちになってくれない?」
馬場園さんの希望の瞳が、状況を理解できないきょとんとしたものに変わった。
「とも……え……? なんて言いました……?」
「だからお友だちになりましょうって言ったのよ。私、お友だちは選びたいタイプなの。あなたは合格よ。お弁当を無駄にしたことは絶対に許さないし今でも怒ってるけれど、何かに本気で打ち込める人間は信用できる。どうせあなたにもまともな友だちはいないんだからちょうどいいでしょう?」
「え……は……? もしかしてここまでの一連の流れって……全部友だちを作るため……!?」
「前に言ったじゃない。友人になりたいなら大歓迎だって。私の目的は空泉の復興と楽しい学校生活を送ること。邪魔にならなければ何でもいいわ。諏佐間枯葉を潰せば解決するってわかったしね」
説明したが馬場園さんは変わらずぽかんとした顔をしている。あれ……? 私ずっと友だちほしいって言ってたはずだけど……。もしかして美兎も気づいていないかも……だとしたらまずい……! 友だち作りのためにこんな無茶をしたのかって怒られる……! このことは美兎には黙っておこう……。
「ふふ……あはははは!」
美兎の怒りを想像して怯えていると、突然馬場園さんが笑い始めた。また涙を流しながら。
「ど……どうしたの……!? やっぱり私おかしかった……!?」
「そりゃおかしいでしょう! 友だち作りのためにこんな大掛かりなことをするのもあなたの戸惑った顔も……こんな私を許すのも」
「あーおかしい」とひとしきり笑った馬場園さんは、一度ため息をついて微笑んだ。
「やっぱり完敗です。こんな狂人に勝てるわけがなかった。……私の得意分野じゃないと。いいよ、友だちになってあげる」
「本当に!? やった! ようやく夢の青春生活が送れる! さっそく今日の放課後遊びに……ううん、まだ無理か」
放課後のショッピングやカラオケなんかには憧れるけれど、その前にやらなければならないことがある。
「そろそろ行かないとね……十王会議に」
諏佐間枯葉……真の敵は見つかった。後は追い詰めて全て嘘だったと公に謝罪させるれば空泉の潔白は証明される。その目的のため、私の戦いは新たなステージに移った。
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