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第1章 第8話 同罪

「何をしようが無駄なんですよ! あんたの両親は犯罪者! その娘のあんたもいい子ぶってみんなを騙していた極悪人! 事実だろうが虚像だろうが! それが真実として扱われてる以上どう足掻こうが全部無意味なんですよぉ!」



 私が放り投げた写真が舞い散る中、それを確認することもせず馬場園さんが怒りのままに叫ぶ。それについては概ね同意だ。



「ええ。見たいように見て、知りたいように知る。自分が信じたい情報こそが真実だと思い込む。人間とはそういう愚かな生き物ですわ」


「それがわかっていながら……今さら何を……!」


「その愚かな生態を利用するのはあなたたちだけではないということでしてよ」



 ひらひらと舞い落ちてくる写真を一枚指で挟み、馬場園さんに見せつける。同じタイミングで写真を拾った取り巻きたちが次々と声を上げていった。



「なにこれ!?」

「こんなのありえない!」

「どうなってるの!?」



 理解不能。そうとしか言い表せないのか、彼女たちの口から出る言葉は困惑ばかりだ。



「貸しなさい!」



 取り巻きたちの動揺に我慢できなかったのか、荒い口調で馬場園さんが写真を取り上げる。私の机に落書きする女子生徒が写った写真を。



「何ですかこれ……完全に捏造じゃないですか!!!!」



 そう。確かに写真に写っているのは私の机にペンを走らせている馬場園さん……に似た髪型の女子生徒。目元に黒線が描かれていて誰かわからないようになっているが、知っている人から見れば似ても似つかない姿をしている。



 具体的には本物の馬場園さんと比べて背も低いし細身だし胸もある。だってこれは昨日の放課後、美兎に頼んで撮ってもらった私の写真なのだから。あまりにもお粗末な捏造写真。これを馬場園さんがいじめをした証拠だと言い張るのは無理があるだろう。少なくとも、学内では。



「捏造? 一年A組に通う華道の家元のご息女BさんがKさんをいじめているのは事実でしょう?」



 次に私は悪口が書かれた机の上に写真とは別の紙を並べていく。一昨日手に入れた、週刊誌の記者たちの名刺を。



「こ……この写真を週刊誌に取り上げてもらうつもり……!? でも不可能ですよそれは……! ただの学生のいじめなんてくだらない事件……記事にまでなるはずが……!」


「それがなるんですよ。被害者は今話題の極悪人なのですから。空泉家の情報が流れているのは一社のみ。他の雑誌からしたらおもしろくない状況です。そこで過激な記事によって罪のない子どもがいじめられているという記事を上げられれば、その会社を攻撃できると同時に話題にもなる。一社独走の状況を変えられる特ダネというわけですわ」



 もちろんこれは机上の空論。そう上手くいくとは私自身も思っていない。が、0と1とじゃ話が別問題。可能性がわずかでもあるのなら、最悪のパターンを思い浮かべてしまうのが人間というものだ。ましてや記者の名刺なんて実物を見てしまえば嫌でも思い浮かんでしまうだろう。自分も同じ目に遭うのではないか、と。



「待って……ちょっと待って……! そんなことになったらお父さんに殺される……どころじゃない……! 仕事が……お金が……地位が名誉が……!」


「事実だろうが虚像だろうがそれが真実として扱われてる以上どう足掻こうが全部無意味、でしたっけ? ほらあなたがさっき叫んだ台詞ですよ」



 わかりやすく顔を青くしてボソボソと呻きながら頭を抱える馬場園さんに意趣返しをする。ああ、どうやら私は本当に性格が悪いようだ。



「私もそう思いますわ。だって親の仇のように私を糾弾する人々のほとんどは私とは一切関係のない人たちばかりですもの。ただ彼らは自分が正しいことをしていると思いたいだけ。やらなければいけない現実から目を逸らして、正義の味方ごっこで憂さ晴らしをしているだけですわ。だから自分を正当化することだけは超一流。自分たちのせいでいじめが起こっているなんて知ったら、それを認めないためにより苛烈に叩くでしょう。愚かにも自分がそのいじめをしていることにも気づかずに。ねぇ皆々様?」



 全員が当事者であるのにも関わらず誰も声を出さないので教室中に問いかける。しかし誰も返事をする者はおらず、皆目を逸らすばかりだ。がっかりしていると、元々馬場園さんと仲のいい田村さんが足を震わせながら一歩前に出ようとしているのが見えた。



「あの……」

「どうされました? S総合病院院長のご息女であられるTさん」

「い……いえ……何でもないです……」



 しかしその足はそれ以上進むことはなく、他の人たちも馬場園さんからゆっくりと離れていく。残念ながら人がついてこないのは空泉だけではなく彼女も同じだったようだ。



「教えて差し上げますわ馬場園さん。確かにマジョリティという立場は強いです。しかし集団という存在はまやかし。実態は一個人の集合体ですわ。それを構成する一人一人がそれぞれ崩されれば意味をなさないのです」



 今の教室は私の独壇場。しかしこの場で取り囲まれて暴力で訴えられたら私に成す術はない。いまだに不利なのは少数派の私なのだ。しかしそれは絶対に起こり得ない。ここで馬場園さんに味方して自分まで標的にされたら終わるから。



 そして何より、みんな本気で私を排斥しようなどと思っていないのだから。この状況で馬場園さんを助けようとする人がいたら、それは本物の友だちというものだろう。……馬場園さんにはいないようだけれど。



「……すみま、せんでした……」



 徐々に離れていくクラスメイトたちを眺めていると、弱弱しい声が正面から聞こえた。



「今までやったこと……言ったこと……全部、謝ります……。だから……週刊誌に流すのはやめてください……」



 言葉を選ぶようにぽつりぽつりと謝罪の言葉を口にする馬場園さん。その表情に悔しいだとか仕方なくといった感情は読み取れない。ただ自分に待ち受ける悲劇を回避しようと必死になっている敗北者の顔がそこにはあった。



「こんなことが世間に知られたら……馬場園家は終わります……。門下生はいなくなるし個展も開けなくなる……。本当に……死んじゃうんです……。だから……お願いします……!」



 何の躊躇もなく土下座をして許しを請うてくる馬場園さん。ここまで必死になる理由は明らかだ。世間から悪とみなされればどうなるか。それが嫌というほどわかっているから。



「顔を上げてくださいませ、馬場園さん。そう心配しなくても大丈夫ですわ」



 家のために、家族のために、自分のために土下座をする馬場園さんの肩に手を置く。一縷の希望を胸に顔を上げた彼女と同じように床に膝をつき、私は微笑む。



「私はまだ死んでいませんもの」


「……は?」



 同じ視線にいる馬場園さんの瞳が激しい動揺で揺れ動くが構わず私は続ける。



「大丈夫ですわよ馬場園さん! 同じ目に遭っている私がこうやって楽しく生きているではありませんか!」

「な……なに言って……!?」


「一度社会的に死んだくらい何だと言うのですか。この写真は偽物。それを証明すればいいのです。私も同じことをやっていますわよ?」

「ちょっ……ちょっと待って……!」


「ほうらがんばりましょう? 確かに辛いことはありますわ。ネットやテレビではひどいように言われ、学校ではいじめられ、外を歩けば記者に追い回される。とても辛いです。金銭面でもちょっと前までと同じ暮らしは送れなくなる。でも大丈夫ですわよね馬場園さん! 私に同じことをしたんだから! それくらい我慢できますわよね!?」

「待って……待ってってば……!」


「ふふふふ……さぁ、一緒に地獄を楽しみましょう!? それが私を貶めたあなたへの罰ですわ!」

「やだ……そんなの……やだぁ……!」



 数分前まで怒号と舌戦が繰り広げられていた教室。しかし今では、馬場園さんの嗚咽と私の笑い声以外の声は存在し得なかった。

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