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悪役令嬢にされてしまったお嬢様の華麗なる叛逆  作者: 松竹梅竹松


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第1章 第6話 逆鱗

「申し訳ございませんでした、お嬢様」



 四限の体育終わり。一人で更衣室を出ると、少し後ろから美兎の声がした。焦りを顔に出さないように周囲を見渡し、誰もいないことを確認する。



「珍しいわね、学校で話しかけてくるなんて」



 彼女の顔を見ることなく、ゆっくりと歩きながら後方の彼女に声を届ける。私と美兎の関係は絶対に晒すことのできない切札。故に周りに人がいない状況でも念には念を入れて接触は避けているが、今朝のことがよほど胃に来たのだろう。きっとまたお腹を押さえているに違いない。



「あれは美兎の落ち度じゃないわ。むしろ馬場園さんを過小評価していた私のミスよ」


「ですがお嬢様にフォローしていただけなければ……このお詫びは必ず」


「だったらお友だちを紹介して。本物のギャルからぱりぴの極意を聞きたいわ」


「いえそれは……お嬢様の警護に支障をきたすので……」



 そうよねぇ……色んな遊びを学びたいのに美兎のギャル偽装の関係でそういう人たちとは絡めないのは少し悲しい。



「ひとまず私は馬場園を探ります。申し訳ないですがもう少々ご辛抱を」



 遠くに人が見え、美兎が会話を切り上げる。その代わりに聞こえてくるのは生徒たちの悪口。



「あ、空泉だ」

「よく学校に来れるよなぁ……犯罪者の娘のくせに。恥ずかしくないのかな」

「堂々と歩いちゃって……まだ偉いつもりかよ」

「うっさいですわ! お黙りなさい!」



 そのくだらない戯言を一喝し、教室へと向かう足を早める。なんせ今はお昼休み。ずっと楽しみにしていたお弁当の時間だ。悪口を言われたりいじめられるのは少なからず辛くはある。それでも我慢できたのはこの瞬間のため。



 玉手さん大好物って言ってたからなぁ……からあげかなぁ……ステーキかなぁ……。最高に美味しく味わうために体育の時間、テニスで無双しておいた。おかげでおなかペコペコ。よし教室見えてきた! さぁ味わうぞーーーー!



「……へ?」



 だが教室に入った私を出迎えたのは、床に落ちて散らばった無惨なお弁当の姿だった。一瞬私のじゃないことを期待したけど、お弁当箱は私のだし私の席の近くに落ちてるし……私のお弁当で間違いない。お米が、キャベツが、そしてハンバーグが……誰の口にも入らずその価値をなくしていた。



「お嬢様……何か買ってきますので……絶対に辛抱してくださいね……!」



 後ろを歩いていた美兎もこの状況を確認し、そう言い残して購買へと走っていく。本当に美兎は私のことをわかっている。私が一番嫌いなのが、ごはんを粗末にすることだということを。



「あぁごめんなさい空泉さん。机にぶつかった拍子に落としてしまいました。貧乏人には貴重な一食だというのに」



 馬場園さんが何か言ってくるが、彼女の顔を見る余裕もない。この女は一番してはいけないことをした。たかだか駆け引きどころのために、人としてありえないことを。



「……え? マジですか!? こいつ床に落ちた弁当食べてますよ!」



 私の行動に頭上から嘲笑の声が聞こえる。馬場園さんだけじゃない。声には出していないが、他のクラスメイトたちも引いていることが雰囲気でわかる。そんなにおかしいのだろうか。正座しながら床に散らばるごはんを食べることが。



「あーウケる。そんなにおなかすいてたんですかぁ? 天下の空泉がこんなに品のないことをするほどに」


「品がない? 出された料理をたかだか床に落ちたくらいで残す方がよっぽど下品よ。たとえ好みじゃなくても、味が薄くても、どれだけおいしくなかったとしても。出された食事は残さず食べる。それが命をいただく者としての責任よ」



 米についたホコリを払い、ハンバーグをおかずにしながら口に運ぶ。おいしい。本当においしい。



「メッキが剥がれてますよ。いつものお嬢様口調はどうしたんです? 忘れるほどショックだったんですか? 本当に卑しい」


「メッキ? もう私を取り繕うものなんてとっくにないわ。お嬢様口調なのも私。今ブチギレてるのも私。それに私が怒っているのはおなかがすいているから。だけじゃないわ」



 たまたま良家に生まれただけ。馬場園さんが以前そう言っていたが、それはどっちだ。



「食にはたくさんの人の努力が詰まってる。日々様々な要因に気を配りながらおいしい食材を育ててくれる生産者。長時間運転と肉体労働でで身体に鞭を打ってくれている配送者。利益と質に拘りながらより良いものを仕入れる販売者。時間と手間、そして愛情を込めて私のために作ってくれる料理人。何より私たちの命をつなぐため命を散らせてくれた動植物たち。あなたはそれら全てをこんなくだらないことで愚弄したのよ!」


「知りませんよそんな貧乏人や家畜のことなんて」



 私の心からの叫びは、冷たい一言で一蹴される。



「この世は勝ち組と負け組だけ。その程度の仕事しかできない負け組のことなんて死ぬほど興味ありません。同じ負け組のあなたと一緒にしないでもらえますか?」


「確かにこの世界には明確に上下関係が存在する。そういう職業は一般的に下に見られる職業なのかもしれない。だからこそその気持ちを汲むのが上の務めなのよ。上も下も社会の歯車の一つ。そういう役割を担っているだけでそこに貴賎なんて存在しない。たくさんの人がそれぞれにできることを精一杯努力して世界は成り立っているのよ。……なんて、下の立場にいる人間に伝えても中々理解してくれないのだけれどね。ねぇ、華道の家元の娘だというのに先日のいけばなのコンクールで準優勝だった負け犬さん」


「黙ってろよクズ」



 私の目の前からハンバーグが姿を消した。代わりにそこにあるのは、肉塊と油が染みついた馬場園さんの靴。



「あーあ。クズ肉のせいで靴が汚れてしまいました。まぁでもクズ同士お似合いですね。ほら、舐めなさい。食材を無駄にする人が許せないんでしょ? 負け犬らしく家畜のようにペロペロと舐めなさいよ。あ、ようにじゃなくて正真正銘家畜か! あはははは!」


「潰す」



 もうそれ以上の言葉が出てこない。泳がせてやろうと思っていたけど、もういいや。



「馬場園さん。明日があなたの命日よ。それまで残り少ない栄華を楽しんでおきなさい」

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