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悪役令嬢にされてしまったお嬢様の華麗なる叛逆  作者: 松竹梅竹松


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第1章 第5話 いじめ

「ごきげんよう」

「…………」



 教室に入った私を待ち受けていたのは、クラスメイトたちからの無視だった。以前は私が挨拶する前に周りから頭を下げに来たのにずいぶんな変わりようだ。それに変化はそれだけではない。私の机に昨日までなかった汚れがついている。



「馬鹿、ブス、キモい、犯罪者……ですか」



 机にマジックで書かれた悪口を音読してみる。だが相変わらず反応が返ってくることはなく、遠くにいる馬場園さんのグループがニヤニヤと笑っているだけだ。



 犯人捜しなどする必要もない、馬場園さんからのいじめ。他のクラスメイトたちにもそれを強要しているはず。おそらく私が音を上げるまでこのような低俗ないやがらせを続けるつもりだろう。



「……くだらない」



 それしか言葉が見つからなかった。悪口もここまで的外れだと戯言にもならない。何をしてくるか少し楽しみにしていたけれど、やはりこの程度か。



「根本的なところを勘違いされていますわよ」



 城宮学園は家の格でカーストが決まる。それぞれの親が有力な権力者であり、子の無礼が相手の親に伝われば仕事に差し障る可能性が高いのだからそれも当然だろう。だからクラス内で空泉に次いで格の高い馬場園さんが女王気取りの振る舞いをすることができる。それは当然の帰結だ。しかしそれなら。



「どうして私は女王にならなかったのか。そこを考えられない時点であなたに上に立つ資格はありませんわ」



 クラス内どころか私は校内で一番の権力者の娘だ。しかし私は馬場園さんのように誰かに命令を下したり、気に入らないからって他の誰かを虐げるようなことはしなかった。むしろ誰よりも謙虚に慎ましく、上品に過ごしてきた。その理由は奇しくも彼女が昨日語った理由そのものだ。



「おっはろー」



 そうこうしている内に途中で車を降りる関係で遅くなってしまう美兎が教室に入ってきた。軽い調子で挨拶をした美兎は自分の席には向かわず、まっすぐギャル仲間が集まる廊下側の最後尾に歩いていった。



「なんか静かじゃない?」


「馬場園が空泉を無視してんだって。いじめだよいじめ」


「あー……本気出せないってそういうことね……」


「なんそれ。まぁ馬場園が何しようが知ったこっちゃないけどね」



 普通の声量での会話だが、静かな教室ではやけに大きく聞こえる。彼女たちも有力者のご息女だが、格は馬場園家よりわずかに落ちる。それでも馬場園さんに配慮しようとしないのは、ただ単にそういう性格だからだろう。



 家の格を気にするのは結局のところ親の仕事を考えてのことだ。それさえなければただの同級生同士。普通の学校と同じように派手で強気なタイプがカースト上位に立てる。だから人を集めてイキがっている馬場園さんも彼女たちの言葉につっかからないし、おそらく何の指示も出していない。城宮学園においていわゆる陽キャと呼ばれる人たちは、カーストの外にいる存在なのだ。



「どうする? ウチらも空泉いじめに加担する? 正直いい気味っしょ」



 おそらく何の悪意もなく出てきたその提案に、馬場園さんが期待の表情を滲ませる。だが彼女は知らない。真面目を地で行く美兎が髪を染めて露出度の高い服を着ている理由を。



「は? するわけないじゃん。この状況見りゃわかるでしょ」



 車内で私が発した言葉の意味に気づいたのだろう。美兎が机に腰かけながら横目で私を見ながら言う。



「馬場園は空泉を排除したいんでしょ? それでやるのが無視なんて時点で話にならない。空泉は全校集会で宣戦布告するようなクレイジーだよ? そんな狂人相手にシカト程度でダメージになるわけがない。かといってこれ以上派手なこともできないでしょ。問題になるようなことをしたらそれこそ家の名前に泥を塗ることになるわけだし。だから馬場園は本気を出せないし、逆にもう失うもののない空泉はいくらでも本気を出せる。根本的に戦いになってないんだよ」



 答え合わせを求めてくるかのような美兎の視線に、小さくうなずいて答える。さすがは美兎。私の意図を完璧に理解してくれている。



「ていうかそもそも格が違うでしょ。確かに空泉は嘘をついてた。あの深窓の令嬢感っぽい振る舞いは全部演技で、本当の姿は昨日の全校集会の時みたいな不遜な奴なのかもしれない。でも馬場園みたいな偉そうな態度を取ることはなかった。偉そうに見える時はあったかもしれないけど、それが格ってやつでしょ。誰かを下にすることでしか自分の価値を示せない奴と、振る舞いだけで上に立てる奴。どっちについていきたいかなんて明らかじゃない?」



 仲間に話しているように見せかけて、クラス中にそう言い聞かせる美兎。まったく言う通りだ。ただ偉いからで人はついてこない。どれだけ偉くても金持ちでも、同じ人。本来そこに上下はないのだ。私を虐げるこの暴力性がいつか自分に向くかもしれない。そう思われてしまえば馬場園さんは終わり。他人を害することでようやく手に入れられる栄華は実に脆いものだ。



「……ずいぶん空泉さんの肩を持つんですね、強羅さん」



 さすがにこれ以上黙っているわけにはいかなかったのだろう。馬場園さんが少し声を震わせながら口を開いた。



「あ? だから言ったでしょ。あんたより空泉の方が……」


「そりゃそうですよね。強羅家は空泉財閥ととっても仲がいいんですから」



 美兎が小さく、お腹を手で抑えた。同時に静かだった教室にも小さなざわめきが起こる。



「ネットで調べたらすぐわかりましたよ。空泉グループトップの空泉商事の役員に強羅壮馬(ごうらそうま)……あなたの父親の名前があることが。みなさん騙されてはいけませんよ。昨日は清廉潔白のようなことを言っていましたが、やっていることはまるでステマ。まさしく犯罪です。やっぱり親子の絆は偉大ですね。親が犯罪者なら子も犯罪者。どこまでいってもクズはクズということです」



 ……違和感。いや疑惑が確信に変わった。こんなくだらないいじめを考えるような人が、空泉商事の役員を調べ、そこにある名前が美兎の父親であると裏取りし、その手札を抜群のタイミングで切ることができるはずがない。



 間違いなく、裏で糸を引いている人間がいる。私と美兎の関係を知った上で教え、庇ってくる時にこの情報を切り出せと伝えた人間が。



「すっかり静かになっちゃいましたね、空泉さん強羅さん。あれ? あれれ? よく見れば二人とも髪型や服装がそっくり! こんなのもう答え合わせでしょ! ほら何とか言ったらどうですか空泉さん!」



 馬場園さんは勝ち誇ったように笑っているが、残念ながら結果は真逆だ。彼女の裏に黒幕がいる。その事実を確認できた時点で私の勝ち。馬場園さんの存在なんて勝ち負けの土俵にすら立っていないのだから。まぁとりあえず、軽く捻っておくか。



「田村さん。中等部一年生の津村葉月さんとはどういう関係でして?」



 突然私に声をかけられた馬場園さんの取り巻きの一人がビクンと身体を震わせて、困ったように口を開いた。



「どういう関係って……そんな人名前も知らないけど……」


「津村さんのお父様はあなたのお父様が院長を務める病院の役員です。あらおかしいですわね。馬場園さんの理屈では仲良しでなければいけないのですが。では小尾さん、私と仲がいいですか?」



 次に声をかけたのはギャルグループに所属する女子生徒。彼女はムッとした表情で首を横に振る。



「は? 話したのすら今が初めてなんだけど」


「そうでしたっけ。服装がそっくりだから仲がいいのだと思いましたわ」



 もちろん田村さんの病院の役員なんて知らないし、津村さんなんて今適当にでっちあげた人間だ。でもこれでさっきの理屈は潰したし、美兎を守ることも成功。勝ち誇った顔を徐々に曇らせつつある馬場園さんに近づきながら話を続けた。



「親と親が知り合いだからといって子もそうであるとは限らないし、制服である以上着崩し方にもバリエーションは限られる。当然のことですわよね。このようにわずかな接点を強引に結び付けて真実のように語ることを陰謀論と呼びますわ。皆様もお気をつけくださいませ。それで得をするのは、裏で糸を引く。極悪人だけですから」



 お前の裏に親玉がいることは知っている、やろうとしていることなんて全てお見通しだ。そう暗に伝えながら、ついさっきまでの笑顔が嘘のように歯を食いしばっている馬場園さんの肩に手を乗せる。



「一旦この辺りにしておきましょうか、馬場園さん。ご主人様の指示がないと動けないものね?」


「こ……んのぉ……!」



 血走った眼で私を睨みつける馬場園さんだが、やはり何も言い返せない。おそらく無視というチンケな作戦も美兎を引っ張り出すための黒幕の指示なのだろう。そっちの方が都合がいい。私のことをどこまで知っているか。次に取る馬場園さんの作戦でさらに知ることができるはずだ。それまで泳がせておこう。この憐れな捨て石を。

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