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第1章 第4話 日常

「いただきます」



 私の一日は食事から始まる。もちろん歯磨き、ある程度の髪や服装のセットなどはしてからだが、制服に着替えたり身支度を整えるより先に、まずは食事からだ。以前は両親と一緒に食べていたが、ここ最近はいつも一人。少し寂しいけれど、それに合わせて料理もお肉中心になってくれたからちょっとうれしくもある。



「はい千代ちゃん、今日のお弁当ね」



 少しはしたないけれどご飯の上にウィンナーを乗せて肉の油を米に浸しながら朝食を食べていると、料理人さんの玉手さんが包みに入ったお弁当を手渡しにきてくれた。



「今日のおかずは……」


「あー待って玉手さん! お弁当は学校での唯一の楽しみなんです。まだ内緒にさせてください」


「だったらヒント。今日は千代ちゃんの大好物が入ってるからね」


「本当ですか!? 楽しみですわ!」



 私の言葉に玉手さんが皴を深めて笑う。こうやってまじまじ見るとイメージより年齢を重ねていることに気づく。彼女は私が生まれる前から空泉の専属料理人を務めている、私にとっては家族のような存在だ。そろそろ五十二歳の誕生日だし、プレゼントを用意しておかないと。



「お嬢様。そろそろご準備を」



 玉手さんと話し込んでいると、メイド服を着た美兎が食堂にやってきた。



「もう? まだ早いんじゃないかしら」


「お嬢様が昨日髪をセットしてほしいと言ったのでしょう? 多少お時間はいただきますよ」


「あーそうだったわね。それじゃあ玉手さん、いってきます!」


「はい、いってらっしゃい」



 残っているごはんを急いでお腹の中に流し込んで食堂を後にする。長い廊下を早歩きで進んでいると、視界の隅に窓越しの庭が映った。綺麗に整えられていた薔薇の花壇が少し乱れている。



「……ほんのちょっぴりだけれど、やっぱり気になるわね」


「お嬢様が帰宅されるまでには整えておきます」


「いいのよ。そういう意味じゃないから」



 都内の一等地に建つ空泉本邸。西洋風の屋敷と花が咲き誇る広大な庭は、ファンタジー世界の王城のようで気に入っている。強羅家を含む使用人さんが数十人態勢で住み込み、美しさを維持してくれている状態は空泉の栄華の象徴でもある。ともすれば廊下の端にほこりが溜まり、庭が乱れている今の姿は空泉崩壊の表れでもあるのだろう。この騒動で使用人さんも数人減ってしまった。



「外見は内面を表す。無理して外面だけ取り繕っても仕方がないわ」



 それは建物だけでなく、人でも同じことが言える。内情を良くすれば外見も自然とついてくるし、逆もまた然り。つまりギャルのような格好をすれば内面も変わっていくはず。



「やっぱり自分でやるよりずっといい! ちょーぱりぴって感じでまじまんじじゃない!?」


「……ゆっくり学んでいきましょう。なのであまり変なことは口走らないでください」



 自室の姿見で美兎に整えてもらった姿を眺め見る。昨日は見よう見まねで美兎の格好をトレースしたけど、本家にセットしてもらうとかなり違って見える。髪型も制服の着崩し方も一流のギャルという感じだ。



「ねぇ美兎、写真撮りましょう!?」


「だめです。誤って広まれば私とお嬢様の関係が知られてしまいます」


「いいじゃないのちょっとくらい! えーと、クラスのギャルはスマホをこんな感じで……」


「……貸してください。自撮りはこうやるんです」



 美兎にスマホを持ってもらい、人生で初めての自撮りタイムが始まった。ぱりぴポーズはどんな感じだろうか。いけいけな感じにするにはどうすれば……。



「はい終わり。そろそろ行きますよ」


「えー全然ばえてない! 美兎もいけいけ感出してよ!」



 美兎によって作業のように撮られた写真には、わたわたしている私と無表情の美兎の顔が映っている。なんか思ってた感じと違う……。



「おい二人とも、車出すぞー」


「ほら、お兄ちゃんも呼んでますよ」


「んー! 帰ったらやり直しだからね! 今度はトラも一緒に撮るわよ!」



 私の分のバッグまで持った美兎を追いかけて部屋を出てトラが待つ車に乗り込む。学校が近くなったら美兎を下ろし、学校の前で私を下ろす。一度トラは屋敷に戻り、私服に着替えて電車で学校に行くというのが朝の流れだ。



「お嬢様、少し気が緩み過ぎではないですか? 馬場園はきっと本気でお嬢様を潰しにきますよ」



 トラが運転する車に揺られていると、美兎が深刻そうな顔で注意してくる。美兎は相変わらず心配症だなぁ。



「大丈夫よ。私は本気だし、馬場園さんは本気なんか出せないだろうから」


「? それはどういう意味ですか?」


「見ていればわかるわよ」



 私と馬場園さんの覚悟の差。それが今から暴かれようとしていた。

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