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第1章 第3話 集団

「空泉商事社長の娘さんですよね!?」

「ご両親の仕事についてどう思われますか!?」

「不正で稼いだお金で学校に通われてる気分はいかがですか!?」



 結局昼休み以降馬場園さんが攻めてくることはなくがっかりしながら帰路につこうとしていると、校門の前に十人ほどの記者が押しかけている姿が見えた。警備員さんに止められながらも私の姿を見つけ、目を輝かせながらシャッターを切っている。大手新聞会社やテレビが未成年の取材をしてくるとは思えない。週刊誌やフリーのライターといったところか。



「うわまじ迷惑……」

「普通こんなことになったら学校来ないよな……やっぱ自分のことしか考えてないんだろうな」



 その記者たちの姿に周囲の生徒が引いた声を上げる。その声は記者ではなく、おそらく私に向いている。迷惑をかけているのは記者たちなのにどうして私が責められているのだろう。親の問題と子どもは本来何の関係もないはずなのに。まぁこうなることは予想していたし、何よりこれを待っていた部分が大いにあるから口には出さないが。さて、腕の見せ所だ。



「ごきげんよう」



 普通こういう時取材対象は目を伏せながら足早に去るものだが、私は記者たちににこやかに笑いかける。ほしかった画とは違っていたからか多くの記者が戸惑う中、金髪のチャラチャラした男が一歩前に出た。



「ねぇ空泉千代ちゃんだよね。お話いいかな?」


「そうですね。あなた以外でしたら歓迎ですわ」



 その男を手で払い、残りの記者に笑顔を向ける。槍玉に挙げられた男は一瞬たじろいだが、すぐにレコーダーを向けながら再び迫ってきた。



「ど、どうして俺は駄目なのかな?」


「礼節がなっていないのは百歩譲って見逃すとしても、初対面の人間に敬語も使えない非常識な人間にお話することなど一つもございませんわ。目障りなので早く消えてくださる?」



 多くの人々を統制するのに最も有効な方法。それは一人を排除することだ。いくら懇切丁寧に説明したところで所詮は言葉。そこに人の欲望を止めるほどの力はない。



 だから目立つ一人を槍玉に挙げ、実際に処分してみせる。そうすることで他の人々は同じ目に遭わないよう行動するようになる。集まることで気が大きくなった集団を個人個人の集合体へと変えることができる手法だ。たとえば授業中に騒がしくなった時、教師が一人の名前を挙げて注意するのと同じ。これで記者たちは私の一声に全て従うようになる。



「父が会見で説明した通り、私たち空泉に非はありません。なので私が知っている内容でしたら包み隠さず正直にお伝えいたしますわ。ですが私は一高校生。上手く話せるか自信がありません。もし誤った内容が記事にされてしまっては困ってしまいます。なので信頼できる方にのみお話いたします。わざわざ十人全員とお話せずとも、一人とお話できればそれで世間の皆様にお伝えできますので」



 人類の発展に不可欠だったのが競合だ。競い争うことで他に負けないものを創ろうという努力が生まれた。一位でなければ意味がないのだ。これで質の低い記者たちもある程度先鋭化してくれるといいが。



「まずは名刺からいただけますか。もちろん取材に来たのですから名刺の一枚は持っていますよね?」



 いつの間にかあんなに騒がしかった記者たちは静かになり、まるで面接の結果を待つかのように神妙な面持ちで私の顔色を窺うようになっていた。私が挨拶してから一分も経っていない。人の行動を操るなんて一分もあれば充分だ。



「…………」



 さてと、一番の理想は空泉の記事を最初に上げた週刊誌の記者と接触することだった。でも目当ての人はいない……どころかほとんどがフリーの記者だ。できれば多くの週刊誌とツテのある優秀な人がほしいけど……正直未成年の娘目当てに学校に押しかけるような非常識でリスキーな人間はアテにならないかな。まぁでも、最低限の目的は達成できた。ここらが切り上げ時だろう。



「ちょっと。そこ邪魔なんだけど」



 ちょうどそこに金髪で目つきの鋭い、いかにもなギャルっぽい女子生徒が私と記者たちの間に割り込んできた。



「あら、怒られてしまいましたわ。確かに往来で集団を作っては迷惑になってしまいますね。またご連絡いたしますわ」



 記者たちに一度礼をし、女子生徒を通り過ぎて近くに停めてあった黒塗りの高級車に乗り込む。そして通りを過ぎた目立たないところでその女子生徒を拾い上げた。



「さすが美兎。ナイスタイミングだったわ」


「お嬢様……あのような危険なことをするのはおやめください。これ以上悪評を流されたらどうするんですか。まったく、胃が痛くなる……」


「いいじゃないの、今さら下がる評判なんてないんだし。そんなつまらない話よりこの格好を見て! あなたとペアルックなのよ! かわいいでしょう?」


「もうお嬢様ったら……調子のいいことを言ったって無駄ですよ。後でお説教ですから」



 美兎が目尻を下げながら小さくため息をつく。本気で怒っているわけではないようだが心配をかけてしまっているようだ。それに関しては非常に申し訳ない。どう機嫌を取ろうか悩んでいると、執事服を着た運転手が口を開いた。



「そこら辺にしとけよ美兎。よく似合ってるじゃないか。なぁ千代」


「お兄ちゃんは黙ってて。このおてんばお嬢様何やったかわかる!? 全校集会で喧嘩売ったんだよ!?」


「……マジ?」


「大まじよ。空泉は何も悪くない、邪魔するなら潰すって宣言してやったわ。その内誰かがネットに上げるんじゃないかしら。ねぇトラ、見つけたら一緒に観ましょう?」


「お嬢様も得意げに言わないでください! あぁもう本当に胃が痛い……!」



 私の隣でおなかを抑えているギャルと、運転席に座るチャラチャラした男。この二人は言ってしまえば、私の部下であり大親友であり、家族だ。



 『強羅(ごうら)家』。空泉創設からその懐刀として支えてくれた一族。その当代の長女と長男に当たるのがこの二人。



「とにかく! もう無茶はしないでくださいね、お嬢様!」



 私と同じ高校一年生。そして同じ一年A組に通う、強羅美兎(ごうらみと)。堅物な性格ながら、今の姿はギャルそのもの。私と同じく……というか私が真似たのだけれど、リボンやブラウスのボタンを外し、スカートを短くして白くて長い脚を大胆に晒している。そして髪を鮮やかな金に染めて私とは逆の左に黒いシュシュでサイドテールを作っているその姿は、ニーソックスの有無以外は私との双子コーデになっている。



「そもそもなんですかその格好は……これでは私が無理をしている意味がないではないですか」



 美兎は学校ではこんな敬語キャラではなく、先ほどのような強気なギャルを演じてもらっている。名門校といえど学校は学校。家のことを何も気にしていない不良やヤンキーも当然いる。そんな空泉家ご令嬢に危害を加える可能性のある人物から私を守るため、彼女に恥をかいてもらっているのだ。なので私と美兎の関係性を知っている人間は校内では極僅か。馬場園さんとのトラブルの時も黙ってもらっていた。



「まぁ今さらキャラを変えるのも無理だろ。せっかくキャラ被せてくれたんだからむしろ傍で守ってあげろよ。喧嘩売ったんなら敵も増えるだろ」



 そう笑う運転手の名前は強羅虎徹(ごうらこてつ)。城宮学園大学二年生の、美兎の兄だ。主な役目は私と美兎の送迎……というか本来それすら行わなくてもいい。



「お兄ちゃん、ちゃんと考えてから発言してよ。隠し持ってる武器をわざわざ晒してどうすんの」


「あぁなるほど……知られてないってのはそれだけで大きな武器ってわけか。よく考えてんなぁ」



 トラは正直言って、あまり頭がよくない。というより根が善人過ぎる。裏方として暗躍する強羅にふさわしくないほどに。そのせいで次期当主は長子であるトラではなく、自分を偽れて頭も回る美兎ということになっている。だから強羅として空泉を支える必要はないのだが、こうしてわざわざ執事服まで着て送り迎えをしてくれている。自分の授業だってあるはずなのに。



「トラ、せっかくの大学生なんだしもっと遊んでいいのよ? 高等部でも噂になってるんだから。大学にすごいイケメン執事がいるって」



 長身でスタイル抜群。パーマをかけた茶髪で爽やかな容姿。それに加えて私たちの送迎の関係で執事服を着ている場面も多い。そういう俗物的な話題とは縁遠かった私にも噂が聞こえてくるくらいだ。人気は相当なものだろう。



 勉学はできずとも教養は叩き込まれているし、何よりいつも穏やかですごい優しい。。私が言うのもなんだがかなりの優良物件のはずだし、実際モテているはずだ。それなのに浮いた話は聞いたことがない。もし空泉に遠慮しているのだとしたら、もうその必要はなくなった。



「私、トラの彼女さん見てみたいわ。大学生って合同こんぱ……だっけ? そういう出会いの場があるんでしょう? 私とばっかりいても彼女はできないわよ?」


「あぁ……まぁ……そうだなぁ……」



 ルームミラー越しに目が合ったがすぐに逸らされてしまった。何か言いたいことがあるのだろうか。



「お嬢様、遊びたいのは結構ですが男女の機微には敏感になってください。でないと食われますよ」


「男女の機微? 食われる? どういうことかしら?」


「これだから箱入り娘は……胃が痛い」



 今度は美兎が何か言いたげだけど、彼女にも目を逸らされてしまった。まぁとにかく美兎とトラ。この二人は両親にも見せられない私の本性を知るたった二人の人間だ。



 馬場園さんは私をひとりぼっちだと言っていたけど、それは絶対にありえない。小さな頃からお世話係として私と一緒にいてくれたこの二人がいる限り、私が一人になることはないのだ。



「そんなことより今は馬場園久美子です。どうするつもりですか? 人望があるかは怪しいところですが、人手自体は多く使うことができます。お兄ちゃんの案を採用するわけではありませんが、私が一喝しておきましょうか?」



 教室での美兎は、一言で言えばアンタッチャブル。金持ち校に通う不良なんて普通の生徒からすれば怖くて関わりたくない存在。馬場園さん本人はともかくただ虎の威を借りている生徒たちならそれである程度は止められるだろう。しかし、



「不要よ。馬場園さんなんて敵じゃないわ」



 あんな小物に美兎の手をわずらわせる必要はない。私に喧嘩を売った時点であの子の運命は決まっている。



「それより美兎は馬場園さんの動向を探って。もしかしたら空泉を潰そうとしている刺客と繋がっているかもしれないから」



 馬場園さんが私を怨んでいる理由はわかる。確か馬鹿にしてるとか下に見てるとかだったか。でもそれだけでわざわざ直接つっかかってくるだろうか。何もせずとも私は落ちぶれていたのに、さらに落とそうとするだろうか。可能性はある。でもさらに上の立場の人間から命じられて、という可能性も充分に残っている。



「おい、本当に大丈夫なのかよ。なんだかよくわからないけど相手は集団なんだろ? そりゃ千代は優秀だけど数には……」


「愚問ね。集団なんてものも、みんななんてものも存在しないのよ」



 それだけ答え、集めた名刺を確認していく。そう、彼らも私への取材という目的は合致しているけれど、名前も肩書きもそれぞれ異なっているのだ。だからそれを利用する。



「それなのにいい気になっちゃって……本当にくだらないわ」



 私は一度目をつぶり、作戦の組み立てを始めた。

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