表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

第1章 第2話 前哨戦

「……がっかりですわ」



 四限の授業が終わり昼休みに入ったことで生じたざわめきに乗じ、私は一人ため息をついた。性悪な自分を曝け出すのが主目的とはいえ、敵を誘い出すことも期待しての朝の宣戦布告。あの大ブーイングからして攻撃が苛烈になるかと思っていたけど、結果は今までと何も変わらない。遠巻きに小さな悪口が聞こえてくるだけだ。



 結局のところ誰も本気ではないのだ。私が気に食わないとしても、直接排除しようとするほどの覚悟を持ってはいない。ただ友人と共通の悪口で盛り上がりたいだけだ。刺客かどうかの判断がつきやすいのはいいけれど、そんな連中の中途半端な悪意でこんな苦境に立たされているのだと思うと腹立たしい。



「……まぁいっか」



 こちらは刺客の正体どころか存在すら確定的ではない状況。焦って下手を打てば必ず撃たれる。そっちから動かないのならじっくり歩を進ませてもらおう。ひとまずカバンからお弁当を取り出して机の上に広げる。空泉専属の料理人さんが持たせてくれるこのお弁当は、ここ数日の辛い学生生活の中での一時の安らぎだった。



 朝食や夕食は家族に合わせた上品な料理だが、お弁当は私の好みに合わせて作ってくれている。正直おしゃれなだけで味気の少ないさっぱりとした高級料理は口に合わない。やっぱりお肉が一番! 今まではイメージに合わせて隠れて食べていたけど、もう守るべきイメージなど欠片も残っていない。今日からは堂々と教室で食べることができる。



「いただきます」



 手を合わせて感謝の言葉を述べ、お弁当をつつく。今日のおかずはからあげ! 私の大好物だ。栄養バランスも考えて苦手な野菜も入っているけど、食べやすいように自作のドレッシングもつけてくれている。うーん、おいしい! 料理人さんにはこの状況のせいで食材の質を下げざるを得なかったと謝られたけど、文句のつけようのない百点満点のおいしさだ。



「見ましたよ、記者会見」



 お弁当に舌鼓を打っていると、今日初めて私に対して声がかけられた。食事を邪魔されたくなかったが、ようやく訪れた初めての好機。私は口元をハンカチで拭い、顔を上げる。



「天下の空泉らしからぬ馬鹿げた会見でしたね。もっと上手く逃げればよかったのに」



 勝ち誇った顔で見下ろしてくるその人の顔を見て、がっかりした。前の私と似たような黒髪ロング、上品な立ち居振る舞い。唯一違うのは、俗っぽい迂闊な発言。



「……お気に召さなかったようで申し訳ないですわ、馬場園さん」



 馬場園久美子……この一年A組で私に次ぐ家柄を持つ女子生徒だ。華道を嗜んでいれば知らない者はいないほどに有名な家元の御令嬢。今の時代あまり華道自体に精通している人は少ないが、歴史のある名家だけあって日本での影響力は強い。



 が、所詮は国内だけの話だ。世界的大企業である空泉とは雲泥の差。空泉を潰したところでその枠に入り込めるだけの力はなく、ただ単にクラス内のトップに立てるだけ。私が求めている真の敵ではないだろう。つまるところ、格が低すぎる。



「少々教室内が騒がしいと思っていましたが、皆様空泉の会見をご覧になっているのですね」



 とはいえ誰かに指示されて私に絡んできている可能性もある。一応話だけでも聞いておこうと思い、スマホを眺めているクラスメイトを見渡しながら会話を続ける。



「ええ。どんな言い訳をしてくるかと思えばやっていない、関与していないの一点張り。あれじゃあ世間は納得しないでしょう?」



 今日の午前中に行われた記者会見。まだ見られていないが、この反応からして昨日言っていた通りのことを説明したのだろう。正直全く同意見だけれど、この人には一切関係のない話だ。



「天下の空泉ももう終わり。これで……」


「私を潰してクラス内カーストのトップになりたいというお話ですか?」



 馬場園さんの台詞を遮り、彼女の目的を口にする。まどろっこしい前置きほど聞いていて無意味なものはない。



「そうしたいのならご自由にどうぞ。たかだか三十人程度の狭いコミュニティになど興味はありませんので。それで満足できるようなチンケなプライドをどうぞ存分に満たしてくださいまし」



 華道家の令嬢らしく上品な微笑みを浮かべていた馬場園さんの眉間に皴が寄る。これくらいの煽りで露骨に不機嫌な表情を見せるなんて、やはり格が低いな。



「そもそも馬場園さん、あなたは私を嫌っていましたものね。なんせキャラが大被り。そのくせ家の格も勉学も私の完全な下位互換。さぞや目障りで仕方なかったでしょう。でも安心してください。上品なお嬢様枠はあなたに譲ります。これからの私はぱーりーぴーぽー。ちぇけらっちょにいくのでどうぞ夜露死苦!」



 キマった……! ドヤ顔で馬場園さんを見てみたが、なぜかぽかんと口を開けている。自由な生活という理想が遠すぎるあまり曖昧になりすぎていたかもしれない。



「ごほん。ということですので馬場園さん。あなたと私の目的は競合しませんのでお互い不干渉でいきましょう。もっとも、友人になりたいというのでしたら大歓迎ですが」



 この言葉に嘘はない。私は自由に生きる。馬場園さんは私の抜けた枠に収まる。それでお互いwin-winのはずだ。余計な欲さえ持たなければ。



「……あなたの完全な下位互換? 冗談でしょ。確かに家柄も他の能力もあなたの方が上ですよ空泉さん。でも人の価値はそんなものでは決まらない。大事なのは、心です」



 馬場園さんが自分の小さな胸を叩くと、示し合わせたかのようにクラスメイトたちが集まってくる。元々彼女と仲の良かった日本文化と関わりが強い家の子たちだけではなく、今まで私の権威にあやかろうと群がってきていた小物たちの姿もある。空泉の失墜を皮切りに次の主人に鞍替えしたようだ。



「その人として一番大事なものがわからないから空泉は地に堕ちたのです。内部にいた正義の告発者によって崩壊した空泉も、ひとりぼっちになっているあなたも同じ。驕った悪には誰もついてこないのです!」



 私に向けられていたはずの言葉はいつの間にか演説のように変わり、教室中が拍手に包まれる。この拍手は馬場園さんを称えると同時に私を攻撃するものだ。多くの声援を背に受ける馬場園さんと、孤立無援の私。このまま私が討たれるのを人々は期待しているのだろう。だが残念。馬場園さんは正義のヒーローの役をするには、やはり格が低すぎる。



「どうせ今まで私を馬鹿にしてたんでしょ? いつも偉そうにしてましたもんねぇ、周りに褒められながら澄ました顔で優雅に手を振って……否定したって無駄ですよ。あれは完全に見下してた! たまたま良家に生まれただけのくせに偉そうに……!」


「あら大変。本音が出ちゃってますわよ?」


「その上から目線が……! とにかく! 私も鬼じゃありません。あなたが今までの態度を詫びて反省して自分の立場を弁えると約束するのならば。仕方がありません、許してあげましょう。でも態度を改めないというのなら……」


「私が詫びることなど一つもないし反省なんてするはずないし立場なんて関係ないしあなたは私の完全下位互換ですわ」



 いい加減面倒になってきたので長々と喋っていた馬場園さんの台詞に割り込んで答える。馬場園さんの意見なんてどうでもいいのだ。大事なのは私の敵なのか、そうじゃないかだけ。



「……空泉千代。思っていたより馬鹿でがっかりですよ。せっかく慈悲のある提案をしてあげたというのに」


「先に提案を蹴ったのはそちらでしょう? お互い不干渉でいましょうと言ってあげたのに。私の前に立ちはだかるというのなら仕方がありません。叩き潰してさしあげますわ」



 私の目的は空泉を嵌めた刺客を炙りだすこと。こんな小物に興味はないが、本命と戦う前の肩慣らしといこうじゃないか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ