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悪役令嬢にされてしまったお嬢様の華麗なる叛逆  作者: 松竹梅竹松


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第1章 第1話 悪役令嬢の爆誕

 近頃、親ガチャという言葉が流行っていると聞く。ガチャという概念はよくわからないけれど、つまりは生まれた家庭によって人生の良し悪しが決まるということらしい。だとしたら私は当たりも当たり。日本一の大当たりの家に生まれたと言えるだろう。



「見て、空泉千代(くうせんちよ)様よ!」

「相変わらずお美しい……ぜひお近づきになりたいわ」

「やめとけよ。俺もあんな人と付き合えたらなんて思ってたけどすぐに諦めた。住んでいる世界が違い過ぎる」

「なんせ空泉財閥会長の御令嬢だ。同じ高校に通えるだけでもラッキーだと思わねぇと」



 ただ校内を歩くだけで周囲にざわめきが巻き起こる。この城宮学園(しろみやがくえん)自体名家の子どもが多く通う幼稚園から大学院までエスカレーター式の超名門校だが、その中でも私の家柄は飛び抜けている。



 空泉財閥。戦後の財閥解体を受け今は空泉グループという呼び名が一般的になっているが、家の力がカーストに直結するこの学園ではいまだに前者の名前で呼ばれることが多い。



 『空泉』は古くから日本を支える……というより裏から国を動かしてきた超が付く名家だ。銀行や製造、飲食や芸能事務所に至るまで、各分野の第一線には常に空泉の名前を冠する企業が立っている。それらをまとめた名称が空泉グループ。そしてその本家の一人娘がこの私、空泉千代だ。



 日本一のお嬢様とも呼べる私はその立場に甘えることなく、むしろその名に恥じないよう生きてきた。学力は常にトップ、運動や芸術にも長けている。学校行事には進んで前に出て、誰にでも優しく接し、上品で美しい所作を心掛けている。清廉潔白、謹厳実直、品行方正、文武両道、完全無欠の令嬢。まさしく完璧な存在。



「ふふ、ごきげんよう」



 遠くで私の噂をしていた人たちに笑いかけるだけで黄色い歓声が上がる。これが私の人生。生きとし生けるものを愛し愛され、世界で最も幸福な人生を歩める親ガチャ大当たりの人生だ。



(くっっっっっっっっだらないわ!)



 みんなに笑いかけながら、私は心の中で思いっきり毒づいていた。そう。私の本性は清廉潔白などではない。腹黒く性格の悪い、どこにでもいる普通の女子高生なのだ。



(なーにが空泉よくだらない。どいつもこいつも家柄だけで判断して! 美しい? そりゃそうよ親が美形なんだから! 勉強も運動も芸術もそう! 物心ついた頃からみっちり鍛え上げられてきたんだからできて当然! すごいことなんて何もない!)



 今すぐ叫びたい衝動に襲われるが、植え付けられた常識がそれを許してくれない。でも言いたい! 別に私じゃなくても、空泉の家に生まれたら誰だって同じことができるようになると。そんなことより、もっと私の内面を見てほしいと。



「……なんて、無理よね」



 誰にも聞こえないように一人つぶやき、私を羨んでいる人たちに羨望の視線を向ける。名門校と言えど高校生。放課後には部活をしたり友だちと遊びに出かけたり、おしゃれして恋愛を楽しんだりしている。全て私には無縁の自由だ。



 誰かと友だちになりたくて話しかけても空泉のお嬢様として一線を引かれ、習い事のせいで放課後の時間は存在しない。髪型も清楚黒髪ロングのストレート以外許されないし、スカートを折る程度の着崩しもNG。私服だってワンピースなんかの清楚なイメージのもの以外持ち合わせていない。恋愛なんてしようものなら日本経済が動きかねないだろう。別に誰に言われたわけではないが、皆が私に向ける視線は私を縛り付けるには充分だった。



(言いたいことを素直に話したい! 好きな人と恋愛してみたい! 自由に! 生きてみたい!)



 心の中で叫ぶが、それが決して叶いはしない願いだということはわかりきっている。私の未来は生まれた時から決まっているからだ。



 空泉の人間として生き、求められるまま演じ、やりたいことなど一つも叶わず死んでいく。それが私の人生。そのはずだった。



「お父様が……不祥事……!?」



 始まりは週刊誌の小さな記事だった。空泉本家である空泉商事の元従業員が語る社長の不祥事、という怪しさ全開のくだらない内容。それをネットニュースが取り上げ、SNS上で話題になり、テレビがさも事実かのように広め、大きなニュースとなった。



 横領や偽装にパワハラセクハラ。大企業の社長が様々な法令違反を犯しているという大スキャンダル。その真偽は疑うまでもなくガセだ。社長であるお父様も、空泉の血を引く会長のお母様も、私が言うのもなんだけれど超が付くほどの善人。意図的な悪事などするはずがない。



 でも次々と週刊誌に上がるリーク情報は、やけに信憑性の高いものだった。おそらく空泉グループ内部の誰かが資料を改ざんして貶めようとしている。しかし両親の善性など関係者以外知る由もないし、何より旧財閥の名家が実は極悪人、という理想は。多くの庶民にとって都合のいい事実だった。



 こうなると当然悪評はその娘である私にも向く。今まで私を褒め称えていた生徒たちも今ではこの通り。



「見て、空泉千代よ」

「相変わらずの澄ました顔。自分の立場がわかってないのかしら」

「やめとけよ。所詮は世間知らずのお嬢様なんだ。まぁもう頼まれても付き合いたくはねぇけど」

「なんせ空泉財閥会長の御令嬢だ。絶対性格悪いもんな。それを隠して騙してたんだ。ざまぁねぇぜ」



 家の力がカーストに直結する城宮学園でこの反応。まだ会社として何のアクションも起こしていないが、世間はこう言っているのだ。空泉はもう終わりだ、と。



「空泉は今出回っている話は全て虚偽だと発表することにしたよ」



 週刊誌に記事が載ってから約二ヶ月。話がテレビに取り上げられてから約二週間後。対応に追われて外を走り回っていた両親がようやく家に帰ってきてそう伝えてきた。



「社内では真実とは言わずとも謝罪するべきという意見も出たけど、私たちは何も恥ずべきことはやっていない。それなのに謝罪してもそれこそ虚偽だ。何より日々働いてくれている社員のためにも、私たちは退くわけにはいかない。明日の記者会見でそう説明するよ」



 悪手……とは思っても言えなかった。世間の人々が求めているのは真実ではない。わかりやすい、叩いても問題ない悪役。表向きだけでも倒せればその内飽きるだろうが、否定しては悪役が醜く言い逃れているようにしか見えない。なんて言っても理解はしても納得はしてくれない。うちの両親はあまりにも人が善すぎるから。



 確かにお母様もお父様も経営の能力は非常に優秀。表舞台から退けば空泉全体のダメージは計り知れない。それでも会長や社長として辞任して表からは見えない役員になったり、新しく会社を設立してそこから指示を出せばいいだけの話。まずは世間が求める納得を作り出すことが先決。なんて思ってしまう私は、やはり空泉にふさわしくない性悪なのだろう。



「もちろん千代には迷惑をかけることはわかってる……学校でいじめられたりもするだろう。どうだろう、休学したり転校したりするのは……」


「いいえ。お母様やお父様の言う通り、私たちは何も悪いことはしていませんわ。それにお母様方が戦っているのに私だけ逃げることはできません。どうか私にも戦わせてください。正義のためにも」



 両親がほしいであろう言葉を投げると、二人は涙ぐみながら抱き着いてきた。きっとこの善人たちは社内に裏切者がいることにも気づいていないし、気づいても犯人捜しはしないだろう。だったら私がやるしかない。そして何よりこれはチャンスだ。



「ごきげんよう。皆様御存知、高等部一年A組空泉千代ですわ」



 翌朝。私は朝の全校集会の場で城宮学園全校生徒の前に立っていた。全校生徒と言っても幼稚園や大学以上の学生はいない。とはいえ二千人を優に超えるほどの人々の前に立つのは中々に緊張するものだ。ましてやいつものような表彰ではなく、校長の挨拶が行われようとした瞬間の壇上への乱入。まるで不良生徒のようだ。だったら格好からそうするのが礼儀というものだろう。



「まず初めに伝えておきます。皆様、大正解ですわ。私は清廉潔白な人間ではない。性悪で腹黒い、物語の悪役のような令嬢。今まで綺麗に騙されてくださりありがとうございました」



 制服の第一ボタンとリボンを外し、スカートは折ってミニ丈にしてニーソックスを着用。いつもストレートにしていた髪はピンクのリボンで右にまとめてサイドテールに。そう。私は人生で初めて、おしゃれをしていた。こんな破廉恥な格好をするなんて空泉の恥……でも心は不思議と、滾っている。



「しかし私は悪でも、空泉は何も悪くありません。今出回っている情報は全てガセ。これが全ての真相です」



 今日両親が記者会見を行い、同様の内容を説明する。自分たちは悪くないと正々堂々戦いを挑む。それで解決するなら言うことはないが、おそらく上手くはいかないだろう。だったら私は別の方法で戦うしかない。善人の両親にはできない戦い方を。



「かつて選挙権すらなかった庶民は、近代になり人権意識の向上により発言権を得ましたわ。しかし民衆の愚かさは今も昔も変わらない。偽りの平等が生み出したのは、学も知性もない愚民の勘違い。上に立つだけの勉強や努力をしていない馬鹿が、結果論によって上から目線で的外れな指摘をして賢ぶる。実にくだらないわ」



 全校集会への乱入という暴挙に呆然としていた生徒たちが、私の発言を聞いてざわめきを起こしていく。当然だ。私は親ガチャ大当たりの選ばれた人々にこう言っているのだから。



「あなたたちのような愚民が、くだらない噂で私のような高貴な人間の足を引っ張ることなど許されることではないわ。何も知らない馬鹿は黙っていなさい」



 瞬間、ざわめきは敵意へと変化する。今まで何となく私を責めていた人々が、明確な理由を持って私を糾弾する声を上げる。没落貴族の私の暴言にたいそうなプライドが耐えられなかったのだろう。本当にくだらない。



「私たちは何も悪くない。故に私たちを貶めた人間。及びこれから害する人間。私はこれらを決して許さない。一切の情け容赦なく、徹底的に叩き潰す。これは宣戦布告ですわ」



 そう宣言して私は壇上を下りていく。ここまで悪意を募らせたのには理由がある。空泉グループの中に私たち本家を裏切った人間がいるのはほぼ間違いなく事実。しかし相手は天下の空泉。それをするのは生半可な覚悟ではないはず。徹底的に倒すため、おそらく娘の私も標的にしているはずだ。ならばこの学校にも刺客を放っているだろう。



 この宣戦布告はそのまだ見ぬ刺客を炙りだすための罠。これだけ悪意が膨れ上がっているのなら、好機だと見て積極的に攻撃をしかけてくるだろう。コソコソ裏で画策されるよりそっちの方がよっぽど対処が楽だ。……なんてのは表向きの理由。本当の目的はこれ。



「言いたいこと言えるのきもちいいいいいいいい!」



 壇上を下りて一人廊下を歩く私は思いっきり叫んでいた。陰でコソコソ言われてほんっっっっとうに不愉快だった! でも空泉の令嬢としての立場のせいで、正面から反論するなんて言語道断。



 しかし空泉の評価は地に堕ち、守るべき清純さは意味をなさなくなった。悪役を買って出たのは空泉を守るためだけじゃない。この性悪な本性を曝け出してよくなったからだ。まぁ少し言い過ぎた感はあるけど、そこには後悔も嘘もない。



 もう私を縛るものは何もない。ここからの私は自由。そう、自由なのだ。



「さぁ、反撃開始ですわ!」



 こうして物語は始まる。悪役になった私が、今まで失った全てを取り戻していく物語が。

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