免許の種類。
タマモとゲンジは玉鋼の敷地内にあるマンションタイプの社員寮で暮らしている。
寮は平待遇だと1Kで、幹部なら2LDK。社員寮の一階にはレストラン風の社員食堂があり、そこで食べるのも自室で自炊するのも自由だ。
タマモとゲンジは共に料理など出来ないので、食事は専ら食堂を利用する。
食事を終えたらゲンジはそのまま徒歩で出勤し、タマモはマンションの地下にある駐機場へ向かう。駐車場も兼ねる場所だ。
駐機場にある機体の一つ、白いカロープカに近寄ってコックピット付近の外部コンソールにパスワードを入力し、コックピットを解放する。
顎が開いて降りてくるシートに座り、シートベルトを装着しながら座席横のレバーを引いてシートをコックピット内部まで戻し、ハッチを閉める。
コックピット内に電気が灯る。
内装は簡単で、シートの正面と左右に一枚ずつの画面があり、正面の画面下には計器類と一緒になったコンソールボックスがある。更にその下には左右三つずつ合計六個のフットレバーもある。このフットレバーで機体の脚部を操作する。
シートのアームレスト部分にボタンがいっぱい付いた操縦桿が左右にあって、こっちは機体のアームを操作出来る。
タマモはコンソールボックスの横にある鍵穴に認証キーを差し込み、カロープカのメインシステムを起動する。
起動シークエンスが始まり、脚部の油圧や各種モーターの電圧をチェックし、他にも機体の制御に関わる様々な数値を一つ一つ確認していく。
全てが終わったら認証キーを捻ってエンジンを起動し、フットレバーを踏んで発進。
カロープカから始まったボルボックスの操縦系は基本的にどれも似たような作りをしている。と言うよりも、車と同じで大きな差を付けると国ごとにボルボックスの使い易さが変わってしまうのである程度の統一がされているのだ。
フットレバーは脚部のローラーと関節部を動かすもので、左右共に中央から正転、関節伸ばし、逆転となっている。
両方の正転レバーを踏めば前進し、逆転レバーを踏めば後退。伸ばしレバーを踏むと、関節が開いて足が伸びる。ボルボックスは基本的に人がしゃがんでる姿勢がデフォルトなので、そこから立ち上がるイメージだ。
もちろん左右で違うレバーを踏めばその通りになるので、右だけ伸ばしレバーを踏んだら右足を伸ばして機体が左に傾くし、右が正転で左が逆転を踏めば脚部ローラーが反対に回転して機体はその場で右回りに回転する。
踏み込みの深さを変えれば回転から旋回にもなるので、乗り手の腕次第で意外な程に自由な機動を見せてくれるのがボルボックスだ。
両足共に正転を踏まれたカロープカはゆっくりと前進し、左右の踏み加減で曲がる。そうして地下駐車場から出て、敷地内でタイヤを転がして職場に向かう。
玉鋼の敷地はロシアの荒野にポツンとある都市から少し離れた郊外、つまり荒野にある。生存戦争で焼き払われた場所の一つだ。
なぜそんな所に会社があるのかと言えば、シンプルに税金が安い。治安維持の保安に含まれない分だけ額がお優しい。
お世辞でも治安が良いと言えない場所で、現代で治安の善し悪しは犯罪者の乗るボルボックスに襲われるかどうかの確率でもあるので、玉鋼の敷地は分厚い防壁に囲まれていた。
外部に繋がるのは正門のみで、内部は事務所ビルと社員寮、工場と倉庫の四つが舗装された道で繋がっている。
「おう、来たかタマモ」
「ハニャさん、おはようございます!」
カロープカに乗ったまま工場に入り、いくつかのエリア分けがされてる内の解体エリアまでタマモが行くと、先に出ていたゲンジと同僚のパイロットが居た。
ちなみにハニャとは、タマモが自己紹介の時にハーニヤを上手く言えずハニャと発音した事がきっかけで生まれたアダ名で、家族との繋がりを意識出来るファミリーネームを呼ばれる方が嬉しかったタマモは積極的に採用した。お陰で今では一人称すらもハニャになっている。
『来たよ。ガドにいちゃもおはよう』
「はい!」
タマモがコンソールのスピーカーボタンを押してから挨拶を返すと、同僚のパイロットはとても嬉しそうな顔をする。
彼の名前はガド・ラドリウス。タマモの先輩に当たるが、実力的な意味で後輩ポジに落ち着いてしまった期待の若手パイロット。
「ハニャさん、今日の午前中は俺の仕事が無いので、ハニャさんの作業を見学してても良いですか?」
『うん、いいよ』
「よっしゃぁ!」
「あいっかわらず、おめぇはタマモが大好きだな」
「もちろんっス! 尊敬してますから!」
ボルボックスは誰でも簡単に乗れて動かせる事を目指して開発された。しかし、誰でも上手く動かせる事とイコールでは無い。
生存戦争当時は右も左もゴブリンだったので、敵が居る方向に向かって砲撃すれば大体当たるのだ。しかし平和的利用が進む昨今では細密な作業をする実力が無いと、仕事など任せられない。
包丁でマナ板まで斬ってしまう剣士に料理なんか任せられないのと同じで、ボルボックスで建物を壊しそうな奴に建築など出来やしない。工業系の現場でも同じだ。
だからボルボックスには免許が設けられ、その資格に種類もある。
まず乗走免許。ボルボックスで公道を走れる免許で、これが無いと私有地ならいざ知らず、公的な場所でボルボックスに乗ることすら出来なくなる。
次に業操免許。ボルボックスを用いた重機作業に従事する為の免許で、主にマニュピレータを仕事に使えるかどうかの許可。これを持ってないパイロットに作業させると雇用者側にも罰則がある。クレーン免許などと似たような扱いだ。
三つ目、装撃免許。ボルボックスに装備された武装の使用許可で、これを持ってないとボルボックスを使った戦闘職にはなれない。だだ、免許が無くても装備するだけなら許されているのでハッタリを効かせるくらいは出来る。
なぜ装備だけは許されてるのかと言うと、装備の運搬をボルボックスでする時も場合によっては武装を装備してる扱いになってしまうので、戦闘職免許が無いと運搬すら出来ない状況を避けたのだ。
四つ、先攻免許。対象に先制して攻撃出来る免許で、これが無いパイロットは反撃行動以外で戦闘を始められない。だが先攻免許があっても、攻撃対象に対する暴力は別の法律が関わってくるので、当たり前だが誰でも撃って良い免許では無い。むしろ、その判断が正しく出来る者に発行される免許である。
最後に、戦団免許。これは武装集団の組織化、及び組織に参加する為の免許で、PMCなどに所属するならば必須の免許である。これを持たないフリーランスはソロ傭兵を強制される。
玉鋼に所属するパイロット、通称箱乗りと呼ばれる人材はタマモを含めて五人。その内三人は業操免許まで持っていて、タマモとガドは装撃免許を持っている。
箱乗りは装撃免許持ちから戦闘職として扱われる。ガドは若くして戦闘職となり、玉鋼の作業員兼用心棒として高額な給与で契約をした秀才である。
だから、自分の後に入って来た小さな女の子に追い抜かれて腐った事もある。
実力も、給与も、立場も抜かれた。小さな子供が、ボルボックスを自分よりも上手く扱う。その事実に、自分の努力と人生が否定されたように感じたガドは大いに腐った。結局、世の中は才能なのかと。
しかしある日、ガドは見た。夜遅くに工場の裏手にある赤地で、延々とボルボックスの操作訓練をしてるタマモを。
「あ、そっか」
そしてガドは理解した。タマモは確かに、才能もあったのだろう。しかしそれよりも、ただひたすらに努力を重ねているのだと。
ガドは腐ってた自分が恥ずかしくなった。 努力を止めた自分を殴りたくなった。そしてタマモを尊敬した。あんなに小さいのに、誰よりもストイックに高みを目指す女の子に、大きな敬意と憧憬を抱いた。