タマモ・ハーニヤ。
懐かしい、夢を見た。二年と少し前の出来事だった。
女の子はパチパチと覚めたばかりの目を瞬かせる。
「かろぷかくれたおじちゃん、元気かな」
チラリと時計を見ながらベッドから跳ね起きた女の子は、そう呟いて洗面所に行く。
顔を洗い、歯を磨いて、職場のお姉様達に言われた通りにスキンケアを施したら部屋に戻って着替え。
パジャマをベッドに脱ぎ散らかし、クローゼットから作業着のツナギを引っ張り出して着る。特に確認することも無いが、一応そうしろと言われてるので女の子は姿見の前に立って己を見る。
くりっくりの黒目。サラッサラの黒髪。少し丸顔で、無表情がトレードマークになりつつある自分の顔。
少し集中してみると瞳が紅く変化する。紅彩症候群も健在だ。
女の子の名前はタマモ・ハーニヤ。母がスペイン人で父が日本人の日系スペイン人。八歳。
将来の夢は御影のパイロットを探し出して殺すこと。今の目標はお金を貯めて御影のパイロットを殺しに行く準備を整えること。
そして、拾ってくれた親方と会社に恩返しをすること。
「……寝癖ある。けど、まぁいいか」
生存戦争以降、人類の倫理や社会規範は半減した。世界人口も五割が消し飛んだせいで人手が足らず、本当に使える人材なら子供だって起用する会社が殆どで、タマモも今は立派な会社員である。
ロシア行きの飛行機が墜落した日から三年。立派なカロープカを譲って貰った日から二年と少し。
タマモはある程度の現実を理解した。子供のままでは復讐できない。
そう、タマモは自分の行動もちゃんと理解した。両親は死んでいる。連れ去られたりしてない。自分が奴を探してるのは、シンプルに復讐の為だと認識し直した。それが出来るだけの時間はあったのだ。
「お父さん、お母さん、おはよー。今日もはにゃは元気だよ。一緒に行こうね」
用意が終わったタマモは部屋の隅にある小さな仏壇に手を合わせた。そこには革紐を通された二つの白い玉が掛けてあり、タマモは朝の挨拶が終わると紐を取って首にかける。毎朝のルーティンだ。
少し前までは、両親の遺骨かもしれない欠片だったが、最近DNAの鑑定をして無事、両親の骨であると確定出来た。
火葬された骨だったら鑑定も無理だが、死にたてほやほやだった肉片から掻き集めた物だからこそ可能だった。
鑑定にはある程度骨を削る必要があったが、せっかくだからとタマモのパパが丸いビーズに加工してくれた。
この骨に毎朝、誓い直す。必ず探し出すと。絶対に、仇を討つと。
「ぱぱ起こさなきゃ」
首元に両親を揺らしながら部屋を出たタマモは、隣の部屋にノックもせず入っていく。
「ぱぱ起きて、朝だよ」
腹を出し、んごぉ〜とイビキをかいて寝てる強面の男性を揺すって起こすタマモ。彼の名前はゲンジ・タチバナ。タマモの養父である。年齢は六八。もう少しで七〇歳が見えてるご高齢だ。
タマモと同じく中古ボルボックス販売業者、玉鋼の社員であり、工場の責任者である。
「起きない。仕方ない」
タマモはベッドをよじ登ってゲンジの上に乗る。そしてんごぉ〜と気持ち良さそうに寝てるゲンジの鼻を、あむっと食べた。
「んぎぃやぁあぁあぁあああッ!?」
そして不快感か違和感でゲンジは跳ね起きた。
「起きた。ぱぱおはよう」
さすがに鼻を口に含まれたら大体の人が起きるだろう。鼻を口に含もうとする発想がまず無いだろうが。
「た、タマモ! 俺の鼻ぁ食うのやめろって言っただろ! 心臓に悪ぃ!」
「ぱぱ起きないから」
「せめて他になんかあるだろ! 叩くとか!」
「ぱぱ叩きたくない。家族を叩いちゃダメなんだよ」
んぎゅっ、と抱き着いてくるタマモにゲンジは何も言えなくなる。
ゴブリンのせいで世界の人口は減り、生存戦争で都市も国も多くが滅びた。
もう二〇年以上も経ってるのに、未だにゴブリン群との決戦や絨毯爆撃で焼け野原となった土地が手付かずなのも珍しくない。そのせいで国境警備すらままならず、陸続きの国同士だったらパスポートすら有名無実化してる。
そんな時代の、そんな場所で、ゲンジはタマモを拾ったのだ。
ロシアの端で、荒野のただ中で、壊れて動かなくなったカロープカの膝元で声も上げずに泣いて居た。
事情を聞けば、放っておく事なんて出来なかった。タマモの持ち物だと言うソーラーシステム付きのカロープカをその場で応急処置し、タマモが操縦するカロープカの手のひらに乗って都市まで帰った。
幸い、ゲンジは玉鋼の工場で働いている。廃棄されたボルボックスを解体し、使えるパーツを選別して別のボルボックス組み上げる。そんな仕事をしてるから、寸前まで動いていたボルボックスの修理なんてお手の物だった。
タマモとは、その時からの関係だ。腕が四つある赤いボルボックスのパイロットを殺す為に生きてるこの子に、復讐の成功率を上げるためと嘯いて養子縁組をした。
実際、当時七歳かそこらの子供が大手PMCのエースを殺すなんて現実的ではない。大人になるまで牙を研ぎ、十分な力を手に入れてから殺しに行った方が余程いい。
そんな言い分で、タマモとゲンジは親子となった。
タマモがロシアに到着した頃には、目的のPMCは任務を終えてアメリカに帰ってしまっていたのも大きな理由だが、とにかくタマモは少しだけ普通の生活を手に入れたのだ。
「ぱぱ、食堂いこ」