彷徨う箱詰め幼女。
『まったく、胸糞悪ぃ任務だぜぇ!』
中東の市街地、と言っても既に放棄された街ではあるが、そこで鉄の箱が暴れていた。
ボルボックス。生存戦争前にはkorobkaの名前で量産されていた搭乗式の機動兵器。
地球の各地に突然湧いた、後にゴブリンと名付けられた身の丈が四から五メートル程の巨人。緑色の肌をしたその怪物を殲滅する為にボルボックスは開発された。
ゴブリンは戦車砲でも殺せた。しかしゴブリンは人型で機動性も高く、何より数が多かった。一発撃って一匹を殺してる間に、次弾を装填してる戦車が袋叩きに遭うくらいには数で負けていた。
戦車砲が効くのだから、当然ながら空爆も有効だった。しかし、やはり数に負ける。
更地になるまで絨毯爆撃を行った場所にさえ、気が付けばワラワラと湧いてるのだ。まるで人型のゴキブリと言われても納得する生命力と繁殖力。アレと空爆で根比べをしたら、地球の陸地は全てが焼け野原になってしまう。核兵器でも同じだ。
何より、戦車や戦闘機に乗れる人員を育てる時間が無かった。エリート足るパイロットを育成する時間なんか、とてもじゃ無いが捻出できない。
だから人類は欲した。
戦車砲の火力を備え、戦車よりも簡単に乗れ、戦車よりも安く、多く作れる兵器を。ゴブリンから人類を守護するガーディアンを。
それがカロープカであり、現在のボルボックス。
カロープカとはロシアの言葉で箱を意味し、VOLBOXとは
Versatile
Offensive
|Land walking《陸を歩く》
BOX
の略であり、生存戦争と呼ばれたゴブリンとの長い死闘の後で、Versatileの名の通りに工業用の作業機械や重機としての役割も期待される、万能の兵器だった。
「padre,madre…………」
しかし、いくら平和的利用方法が広がろうともボルボックスが兵器である事に変わりなく、安く作れて簡単に乗れる事実も変わらない。犯罪や紛争に、使われない訳が無い。
「dónde estás……? quiero verte……」
だからこそ、こんな場所で七機のボルボックスが戦いを繰り広げているのだ。
『クソッ、奴はなんて言ってる!? 何語だアレは! 誰か分かる奴居るか!?』
『隊長、スペイン語です! 父と母を呼んでます!』
『スペイン語だぁあ!? ここはイラクだぞ!? なんでスペイン語を話す子供が居る!?』
『バトルスペードの奴らァ! やっぱ民間人殺ってんじゃねぇか! ぜってぇ被害者の子供だろアレッッ!』
構図としては六対一。塗装が剥げて錆にまみれた古い機体が、その圧倒的な操作で他の六機を圧倒している。
錆びた機体の外部スピーカーから出力される声は、涙に濡れて震える幼い声。
六機はアメリカに存在するPMCで、戦闘員が日本人だけで構成される珍しい組織に所属している。
彼らはイラク国民議会からの要請で、国内で暴れる「暴走した民兵の撃退」を依頼されて来た。
『民兵なんてどこに居るってんだ! 適当な依頼寄越しやがってぇ! 居るのは親殺されて泣いてるガキじゃねぇかよぉ!』
『事務の奴らもこんな依頼受けやがってフザケンナよ! 帰ったら絶対ケツの穴増やしてやるからなぁ!』
『無事に帰れたらなぁ! どうなってんだあのラスティマシーン! 強過ぎんだろ!』
『おいアキラ! てめぇスペイン語分かるなら呼び掛けろ! アレは殺せねぇよ! 実力的にも、心情的にもなぁ!』
『隊長無理ですッ! 俺、簡単な単語しか分からなくて! あの子がポツポツ喋ってるから聞き取れただけで、会話は無理です!』
『中途半端に使えねぇなてめぇ!』
『隊長それハラスメントですよ〜!』
『冗談言ってる場合かよ! 何でも良いから呼び掛けろ! もしかしたらスペイン語以外にも分かる言語あっかもしれねぇ!』
隊員達が人数差という有利を押し付けて、それでも何とか生き残れるだけと言った有様の実力差。その差が決定的な破滅を呼び込む前に、隊員達は己が知る限りの言語を用いて、ラスティ・マシーンに呼びかける。
しかし幼子に取って聞きなれない言語でがなりたてられても、恐ろしいだけ。返答は苛烈な反撃として隊員達に襲いかかり、しかし咄嗟の偶然が奇跡を呼び込んで幼子は止まった。
『もう、何でも良いから止まれぇぇええええええええええ! 頼むぅうううううう!』
相手の通信チャンネルが分からない以上、外部スピーカーを経由して届けるしかない必死の叫び。切羽詰まった隊員が母国語で叫んだ時。
「……………にほん、ご?」
奇跡が起きた。ラスティ・マシーンに乗る幼子に、日本語が通じたのだ、
『止まった!?』
『マジかよ日本語通じるのかよ! 灯台もと暗し過ぎだろ!』
『おい、分かるか!? 俺達の言葉が分かるか!? 俺達は敵じゃ無い! 敵じゃないんだ! 攻撃を止めてくれ!』
必死だった。幼子に勝てない。幼子を殺したくない。二つの想いが隊員達を叫ばせた。
「わかる、にほんご…………」
『君は、スペインの子かい? なぜ日本語が分かる?』
「おうちは、まどりーど。お父さん、にほんじんだったの……」
なるべく刺激を減らすため、爆発物が暴発しないように、ゆっくりと幼子に語り掛ける隊長。
『マドリード! スペインの首都じゃん!』
『叫ぶな。…………教えてくれ、君に何があったんだ? どうしてボルボックスに乗って、戦ってるんだ?』
もう大方の予想は出来てるが、それでも本人からの証言を聞かない内は予想でしかない。だが、予想をしていても実際に聞けば感じる物もある訳で。
「ひこうき、のってたの…………」
外部スピーカーからゆっくりと、ポツポツと語られら幼子の数ヶ月。
生存戦争にてカロープカを開発し、人類を著しく勝利に近付けた功績を持つロシアは今、国際的に見ても合衆国に匹敵する影響力を持つまでになった。完全にカーストのトップ。
今ではボルボックスの一機種の名前になってしまったが、まさにそのカロープカのせいで世界の治安も悪化した。だが包丁で殺人が起きたって鍛冶師を罰する法が無いように、カロープカの悪用もまたロシアに背負わせる咎にならない。
それどころか、今のロシアは恐ろしく治安が良い。かつての日本に匹敵する。だからこそ、幼子の両親は愛する子供を連れてロシアに移住しようと飛行機に乗った。
しかしスペインからロシア行きの飛行機が、中東の空を通過する頃に原因不明の墜落。あくまで幼子の視点からは原因が分からないだけで、既に原因がゴブリンであると判明してる。奴らは対空能力も持っていた。
『完全無欠に民間人ですねぇ! 本当にありがとうございましたクソッタレがぁ!』
隊員の一人が堪らず叫んだ。幼子を怖がらせない様にスピーカーは切っていたが。
「それでね、お父さんとお母さんが…………」
墜ちた場所も幼子の証言からは特定出来なかったが、隊員達が持つ情報から推測すると、墜落地点はアフガニスタンの、イラクに近い場所だろうと思われた。
ボルボックスの登場で紛争が激化したアフガニスタンは、つい最近アメリカから別のPMCを雇ってテロ組織を一掃したばかりだ。
旅客機の墜落で他国の民間人が現地に居る可能性が示唆されたが、当のPMCはそれを否定。墜落時に一人も助からなかったのか、助かったがテロ組織に殺されたのかは不明だが自社が介入した時点で生存者は一人も居なかったと。
「ふうせんみたいに、はじけちゃったの。だからね、あつめたの。いっしょうけんめい、あつめたんだよ」
しかし現実はどうだ? スペインから来た民間人がこんな事になっている。
『バトルスペードの奴らァァァァアアッ!』
『なぉにがテロ組織しか居なかった、だ! この子のどこがテロ組織に見えんだよ!』
『米国の英雄でございって顔しながらコレかよ! クソッタレぇ!』
『…………なんだよ、集めたってさぁ! 木っ端微塵にしてんじゃねぇか! 子供の目の前で! 人のやる事かよ!』
隊員の殆どがスピーカーを切って、我慢できずに嘆きの声を張り上げた。あまりにも凄惨な経験が語られてるからだ。
「あつめたのにね、お父さんもお母さんも、いないの。いなくなっちゃったの。だから、タマがさがしてあげないと…………」
そうして、止まってた幼子が動き始める。言葉にして、目的を思い出したかのように。
幼子とて、両親が死んだ事くらい理解してる。その手でバラバラになった遺体を掻き集めたのだから。
しかし同時に、探してあげないと、とも本気で思ってる。もうマトモな精神状態じゃないのだ。
「おじちゃんたち、おててがよっつあるハコ、しらない……? まっかなハコなの。お父さんとお母さんをね、たいほーでうって、けしちゃったの。きっとあのハコがね、つれてっちゃったんだよ。だからさがすの。お父さんとお母さんをね、返してもらうの」
こぼれ落ちる確定情報に、隊員達はついにチャンネル通信でキレた。
『四つ腕の赤! バトルスペードの御影だろッッッ!』
『当確ですねぇえ!? マジふざけんなよアイツら!』
『あのゴミクズ日本かぶれ! よくも日本語を名付けた機体でこんな事してくれたなぁ! ぶっ殺してやるぁッッッ!』
『隊長ッッッ! 保護しましょうよこの子! もうこれ以上傷付く事なんて無いんだ! 俺たちみんなで育てましょう!』
願いも虚しく、幼子は止まらない。止まれない。
『なぁ君、俺達とアメリカに来ないか……? そこで一緒に暮らすんだ。きっと幸せにする! 約束する!』
「……あかいハコ、あめりかにいるの?」
『いや……』
「じゃあいかない。タマがさがしてあげないと、お父さんたちきっとさみしがってるもん。じゃましないで……?」
幼子は、叶わない目的を探してきっと、彷徨い続けるのだろう。もうそれしか生きる意味が見出せないのだ。
親とは子が生きる為の指標であり、道導だ。例え毒親だったとしても、そこには行かないぞと道を避けるための導にはなる。
だが幼子は導そのものを失ってしまった。もう進むべき道も分からず、何もかもを自分で決めなくてはならない。
『…………ロシアだ。君がご両親と行こうとしていたロシアにアイツは、御影に乗ったアイツが居るはずだ』
だから隊長は真実を喋った。今、バトルスペードの主力部隊は次の依頼でロシアに居るはずだと知っていたから。
「みか、げ?」
『そう、御影。君の両親を連れて行った、腕が四つある赤い箱の事だ』
奴らの拠点がアメリカにあると伝えて保護する事も可能だったが、もし騙したと思われたその時点で、きっとこの子は二度と人を信じれなくなると隊長は直感でそう思った。
「ろしあ……? どっち……」
『あっちだ。あっちがロシアだ』
「…………わかった。おじちゃんたち、ありがとー」
幼子は、まだお礼が言えるのだ。良い子なのだ。隊員達はやるせなさで、血が出るほど唇を噛む。
『待て』
「…………なぁに? じゃましないで」
『違う、せめて乗り換えて行け。俺のカロープカをやる』
『隊長!?』
『黙ってろアキラ。元々、全滅も有り得る戦力差だったんだ。一機くらいくれてやってもお釣りがくるぜ』
隊長は幼子のラスティ・マシーンの前に立ち塞がり、そしてボルボックスの膝を折ってコックピットを解放した。
生き物の顎が開くように装甲の一部が下がり、開いた装甲に沿う様に中から座席が降りて来た。
「乗っていけ。このカロープカはソーラーシステムが搭載されてるから、太陽光から補給してロシアまで行けるぞ。その機体も、そろそろバッテリーとガソリンが尽きるんじゃないか?」
精神が不安定な相手を前に、そのボルボックスの前で、機体を降りる。当たり前だがド級の危険行為である。これが隊長の覚悟だった。
その覚悟に何かを感じたのか、幼子も同じように機体を降りる。
コックピットから降りた幼子は、黒髪で、目が紅い。日に焼けて痩せ細った子供。幼い女の子だった。
髪も顔も服も、何もかもが汚れている。皮脂とフケと垢と埃と泥、そして血肉がこびり付いて物乞いにも劣る風体。かつてはオシャレだったはずの、可愛らしいポンチョが凄惨さに拍車をかける。
「…………くれるの?」
言葉を失う隊長を見上げ、女の子は輝きを失った暗く紅い瞳を向けた。
『やっぱり、紅彩症候群……!』
紅彩症候群。生存戦争以降に見られる様になった、精神が壊れる程のストレスを短期間に受けた者が発症する病。興奮や集中をトリガーに瞳が染まり、紅く染まってる間はあらゆる身体能力が上昇する。
女の子がプロのPMCを相手に一人で圧倒出来た理由がコレである。
「ああ、君にあげよう。大事にしてくれよ?」
「…………おじちゃん、ありがとぅ」
隊長はこのまま、この子を連れ去りたい衝動に駆られた。だが相手は紅彩症候群で、その身体能力は訓練された大人にも匹敵する。
膂力も反応速度も、十分に隊長を殺せるほどだ。ボルボックスから降りた生身の子供でも、イヤがるこの子を無事に保護出来るとは思えなかった。
ふと、隊長は女の子に手が気になった。何かを必死に握り締めてるのだ。
「ところで、それは何を持ってるんだい?」
「……これ? これね、お父さんとお母さんなの」
女の子が手を開くと、そこには白いナニカの欠片が二つある。
遺骨だった。
正確には、遺骨かもしれないナニかの欠片であった。
女の子の見てる前で、ボルボックスから放たれた砲撃を受けて木っ端微塵になった両親を、パニックになりながら必死に掻き集めた血肉と臓物の中にあった、やっと見つけた欠片だった。
『もう、もういいよ……! これ以上はもう……!』
『頭がおかしくなるッッ…………! 救いは無いのかよぉ!』
隊長は、おもむろにナイフを取り出した。その姿に女の子は一瞬警戒するが、隊長はナイフのグリップに巻いてある紐を解き始めた。
「待ってろ。そのままじゃ、大事なお父さんとお母さんをどっかで落として無くしちまう。今、この紐で首に掛けられるようにしてやるから」
簡単な工作で遺骨のネックレスを作ってやった隊長は、「ありがとー」とお礼を言ってボルボックスに乗って立ち去る女の子を、そのまま見送った。
隊長達が受けた任務は、撃退が目標だ。つまりこれで、国内から排除したので任務は達成だ。
だがどうでもいい。女の子が乗った自分の愛機が見えなくなった頃、隊長は天に向かって咆哮した。
「神よォォォォオオオオッ! 居るなら答えろぉぉおッ!」
もう、我慢の限界だった。
「あの子がいったい、何をしたぁぁぁぁぁぁあああああああッッッッ!?」
きっともう、自分の為に泣いてあげられない女の子の代わりに、隊長が涙を流すのだ。
「あれほどの不幸を背負うほど罪深い子供だったのかッ!? 両親の骨を握り締めて彷徨う程の罪だったのか!? 答えろ神よッッッ! あの子がいったい何をしたって言うんだぁぁぁあああああああああああッッッ!」