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第七話  偶然たる幸せ

第七話   偶然たる幸せ



間者騒動から暫くのこと、ようやく学校が再開されて日新館には多くの若者が集まってきた。



晋太郎や白虎隊の仲間も学校に集まり、勉強や鍛錬と若者たちの意識も高まり最高の状態ではあるが、ただ一人だけ落ちている若者がいた。



近藤 花  十八歳。


学校が再開され、晋太郎と一緒に居られる時間を奪われた少女である。



「ずぅぅぅん……」

花は声に出しながら ずぅぅぅんと落ちている。 



「とにかく退屈だなぁ……少し散歩でもしようかしら」


そう言って髪を整え、身支度をして外に出ようとした時、店先に居た雪が声を掛けてくる。



「花、悪いんだけどお使いを頼めるかしら? これからお客さんが来るからお店を外せないのよ~」 雪が困った様子で話しかけてきた。



(えーっ! 少し散歩して日新館に行こうと思っていたのに……配達なんてダルいしな~。 何て断ろうかな……)



しかし、そんな花の心を見透かしたように、雪の言葉は 花の防御力を無力化させる。



「これと、これを工藤様の所へ届けて頂戴!」


雪がニヤリとして、花の前に伝票をヒラヒラさせる。



恐悦至極きょうえつしごくにございます」 



花は深々と頭を下げ、雪に大変感謝した。



花は荷物を風呂敷に包み、抱えて家を出ようとした時

「この前の行商で買った服は、着なくていいの?」


と雪はクスクスと笑いながら 揶揄からかってきた。



「〇%$#△&」


「せっかく安く買ったのに、晋太郎さんに見せなくていいの?」



「あんな痴女ちじょまがいの恰好で城下を闊歩かっぽしろって言うの? それに晋太郎さんに見せたら気絶するわよ!」


そう言って花は、荷物を持って晋太郎の家に向かっていく。



城下をルンルン気分で歩いていると数名の女子が日新館の門の前に立っていたが、その中に花は危険な気配を感じる。



「やはり……」

晋太郎の事が好きな鈴を見つけた。 



すると、花の脳の奥から指令が聞こえてきた。


『排除 排除 排除……』 


花は脳の指令に従い、足を一歩出した所で晋太郎や学友が出てきた。



(――しまった! 出遅れてしまった。)


花が晋太郎の所に出向こうとした瞬間に、待ち構えていた女子たちに先を越されてしまった。



その時、学校の奥から先生が大声で叫んでいた。



「工藤! ちょっと話しがある。 教室へ来てくれ!」

と呼び出しが掛かった。


晋太郎が校舎に戻っていくと、女子たちは引き上げていった。


 (先生、ナイス……)


花は一安心したが、校門を見ると鈴だけが残っていた。


(なんだよ、早く帰れよ……)


そう思いながらも、花は鈴に声を掛ける。

「晋太郎さんを待っているの?」 鈴は無言で頷いた。



「そう……じゃあね!」 花はスタスタと引き上げた途端、鈴が口を開いた。 



「あの……あなたも晋太郎さまの事を?」 

花は返事が出来ず、振り向いて歩きだしていった。




どうして無言で引き上げてしまったんだ……?)

花は自分に腹が立っていた。 




 しばらく歩いて、晋太郎の家に到着した。



武士の家系の家だけあって、特別に大きいわけではないが商家の家よりも立派である。 



工藤家の門の横に小さな扉があり、御用聞きなどは此処から出入りする。



花はその門の扉を開き、声を掛けた。

「ごめんください……品物を届けにまいりました」



「はーい。 キャーッ」 と声が屋敷の奥から声が聞こえた。



「――どうされました? あっ! 失礼します」

花は声を掛け、急いで屋敷の中の声が聞こえてきた場所に向かう。


向かった先は台所であり、釜土かまどから沸騰ふっとうしたお湯が床に散らばっていた。



「――大丈夫ですか?」

そこには手を押さえ、座り込んでいる女性がいる。



(火傷のようだな……直接、水をかけてはダメ。 皮膚が壊死えししてしまう……)

花は火傷の上に衣服を被せ、ゆっくりと水を何度もかけた。


 

「ありがとうございます……あなたは?」

火傷をした女性が話しかけてきた。



「私はご注文の品を届けにきた近藤です。 近藤 花です」


突然だったとはいえ、晋太郎の家の者に挨拶をする花は緊張していた。



「あの、これは軟膏です。 塗って包帯で押さえましょう」

そう言って花は、ふところにある巾着から軟膏を取り出して女性に塗ってあげた。



花は、火傷の手当をしながら女性を見る。


(見た感じ、若い女性みたいだ。 まだ三十くらいかな……使用人かな?)


そう思っていた花に、女性が話す。


「ありがとうございました。 近藤さんの所のお嬢さんなのね。 偉いわね、家の手伝いをしているなんて……」 と、お礼を言われた。



「いえ、突然のことで大変でした。 安静になさってください。 少し、お仕事を休まれると良いと思います」



花は使用人らしき女性を労ったつもりが、その女性の反応は……


「えっ? 仕事?」 女性はキョトンとした。



「えぇ お仕事です。 こちらの使用人の方ですよね? 奥様に言ってお仕事を休まれては…… まだお若いので、少し休めば元通りになりますので」


そう花が言うと、女性はクスクスと笑い始めた。



「えっ? どうかされました?」 花は首を傾げ、女性に尋ねた。



「若いだなんて~♡ 私、工藤幸太郎と晋太郎の母親の咲です。 それに若いだなんて、もう四十半ばですよ……」


いきなりの母親を名乗ってきた女性に、花は意識が軽く飛んでしまった。



「あれ? 近藤さん、どうしたの?」 

咲は、目を丸くして花の顔を覗き込んだ。 



「いえ。 驚きのあまり、脳の半分が溶けてしまっただけです……」


 と、真顔で話す花に


(大丈夫かしら、この……) 咲は苦笑いをした。



「お母様、この手では大変でしょうから、私がお手伝いをいたしますね?」


と、花は咲に提案すると



数秒して咲はニコッとして

「お願いできるかしら? 後で近藤さんの奥様にはお礼しなくちゃね♡」



そして咲は立ち上がり、花を台所での仕事を説明した。



花は料理を終え、次に部屋の掃除を済ませる。 そして、晋太郎の帰りを待っていた。



しばらくの時間が経過した頃、

「ただいま帰りました」 と、玄関から晋太郎の声がした。



「お帰りなさいませ。 晋太郎さん♡」

花が玄関に向かい、正座で三つ指を立てて出迎えると



「えっ? 花さん? なんで? 母上は?」 と慌てる晋太郎に花は、


「お母さまは台所で火傷を負っていまして、部屋で休まれていますよ」 

そう説明すると、晋太郎の荷物を持った。



「火傷? かなりの火傷ですか? 大丈夫ですか?」

晋太郎は、心配になり花に訊く。


「手を少し……私が配達に来た時にちょうど火傷をしてしまったので軟膏を塗っておきましたから、少ししたら良くなると思いますよ」


花は、そう答えて晋太郎を安心させた。



「そう言えば晋太郎さん、大事な事を聞かなくてはなりません……」



花は晋太郎に真面目な顔をして言い、

「??」 と、晋太郎は首を傾げた。




「晋太郎さん、お風呂にしますか? お食事にしますか? それとも…… わ・た・し ?♡」



花は顔を赤らめ両手で頬を抑えると、晋太郎は

「―わ~っ」と慌てる。



数秒の無言の後……



「ここは わ・た・し♡ の一択だろうがよ」 と、花は晋太郎を睨みつける。



アタフタしている晋太郎に「まぁいいわ。 コッチに来て」

と、晋太郎を台所に連れてきた。



テキパキと料理をする花の姿を、晋太郎は呆然と見ていた。



(花さん、ただのメンヘラじゃないんだ……しかし、これは言えない……)




時間は経ち、食事の用意ができたが少し夕飯の時間には早い。

そこで、花は目をキラキラさせながら



「晋太郎さん、お部屋を見せて♡」


 そんな花のお願いも無視できず、 

「はい。 こちらです」 と、台所から出て晋太郎の部屋に案内をした。



「……」 花は表情を変えず、部屋の中を見渡した。



無表情になっていたのは、言葉も出せずに押し寄せる感激に必死で耐えていたからである。



(うぇ~い♡ 晋太郎さんの部屋、感激♡)

実際の心の中では、万歳を繰り返していた。



晋太郎の部屋は布団も敷きっぱなしになっており、男の子という部屋であった。



“じ~~ぃぃぃ ”

花は、ずっと部屋の隅々まで見渡していた。



それを見て、晋太郎は恥ずかしさに耐えきれず、

「もういいでしょ!」 と、言い出すも花は居なくなっていた。



「―あれ?」 と思っていたら、花は瞬間移動したように晋太郎の布団の中に入って、晋太郎に手招きをしていた。


 『チョイ チョイ……』 と、手招きする花……



「――何をしてるんですかーっ?」 晋太郎は叫んだ。



「ちっ! ウブだな~」 と舌打ちをし、花は残念がった。



「そんな事をするなら帰ってくださいよ~」

晋太郎はドキドキが止まらず花に言うが、花の顔がまた怖い顔になった。



「は~っ? 何それ? ご飯を作らせたら、さっさと帰れ? あなた殿様? 親の顔が見てみたいわ!」 と、まくしたてる。



「親の顔なら結構な時間、見てたでしょうが……」 と、晋太郎はボソッと言った。



花はケロッとして話題を変え、

「そんな事より、これ晋太郎さんの刀?」 花は寝室に飾ってある刀に興味を示す。



「はい。父から(いただ)いた刀です。 まだ実際(じっさい)には使っていませんが……」

と、鼻を()きながら恥ずかしそうに言った。



「晋太郎さん、刀を振っている所を見せてもらえませんか?」

花は、晋太郎にお願いをする。 



「えっ? 今ですか?」

晋太郎は驚きながら花に聞くが、花は無言で頷いた。



そして晋太郎は着物の右上半身を脱ぎ、刀を振ってみせる。



「……」

その姿は男らしく素敵な立ち振る舞いに、花は晋太郎に見惚(みと)れていた。



「花さんもやってみますか?」 晋太郎は笑顔で花に刀を渡してみたが、花は引き気味になり、


「私、そんな授乳スタイルで刀を振るのですか?」

と晋太郎に言ったが、晋太郎は確かに右上半身を脱いでいた。



「――いやいや、恰好は別にで……」 アタフタする晋太郎であった。



花は晋太郎の慌てる姿を早々に無視し、刀をさやから抜き出した。



真剣(しんけん)は初めて見た花だが、見事なまでの美しさに花は見惚れている。


そして花は無言のまま刀を鞘に納め晋太郎に返した。



こうして夕方まで晋太郎との時間を過ごしたのち、夕飯の時刻となり食事の準備を始める。



花は咲の部屋に向かい、夕食の準備が整ったことを伝えて居間に連れてきた。



咲が、食事が二人分しか無いのに気づくと、 


「あら? 近藤さんの分は? せっかく作ってくれたのだから、皆で食べましょう♪」 と優しく声を掛けてくれた。



そして花も有難く食卓を囲むことになった。



「この料理、美味しいわね。 近藤さんが晋太郎のお嫁になってくれたら嬉しいわ♡」


「――っ」

そんな咲の言葉に、花は幸せな夜となったのだ。



食事、片付けなども花は精力的に動き、咲に挨拶をして工藤家を後にする。


 もちろん夜になってしまった為、晋太郎は花を自宅まで送っていった。



「今日はありがとうございました。 本当に助かりました」

晋太郎は花に礼を言った。


「そんな……でも、私も嬉しかったです」 花は満足そうだった。



「お母さま、私が晋太郎さんの嫁に……だって♡」

花は嬉しそうに晋太郎を見つめた。



(あぁ……こうやって外堀から埋めていかれるんだな……)


慎太郎は苦笑いをしていた。










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