第六話 女の戦 (おんなのいくさ)
第六話 女の戦
「おはようございます!」
初夏の城下は爽やかな季節であり、朝早くから町には多くの人が外に出ていた。
田畑に向かう人、仕事に向かう人、商店の前を掃除する人などが朝早くから活動している。
冬は雪もある為、活動が難しい。 初夏は会津の人々にとって最高の季節となっている。
武士も同じである。
武術の鍛錬にも良い季節。
よく体も動くので、晋太郎も朝早くから
「せい! せいっ!」 と掛け声を掛けながら木刀を振り回して鍛錬をしていた。
しばらくして晋太郎の朝の鍛錬が終わり、町を歩いてから河原へ向かう。
そして、心を穏やかにするのが日課である。
川の水で手ぬぐいを濡らし、体の汗を拭いていると
「晋太郎さん、み~つけたっ♡」 これである。
鍛錬の後、河原に来れば花がやってくる。
もはや、これも『お約束』にしても良さそうな光景である。
「はい。 これを……」
花は晋太郎が河原で汗を拭いている所へ手ぬぐいを渡し、体の汗が付いた手ぬぐいと交換している。
晋太郎には有難いのだが、止めてもらいたい事でもある……
何故なら手ぬぐいを交換した後、花は晋太郎に背を向けて汗の染み付いている手ぬぐいを
「スーハ―、スーハー」としていることだ……
「……」
これには晋太郎も、チョット困っていた。
花は汗の付いた手ぬぐいで何度か深呼吸した後、真顔に戻る。
それも何事も無かったように……
「そういえば町に旅の行商が来るらしいですよ。 何を売りに来るのでしょう? お城の方で何か聞いていますか?」
花は両手に手ぬぐいを持ったまま話し出す。
「いえ。 いつもなら殿とか城内だけに行商が来ていましたが、今回は違うんですか? 花さんまで知っているってことは……」
晋太郎は城内での行商は見たことがあるが城下では見たことがなく、少しワクワクしていた。
それから数日後、城下に行商がやってきた。
出品物は藩の者に検品され、武器や毒物などの持ち込みは禁止されている。
問題の無い物だけを販売が許可されるのだ。
主たる出品物は京や江戸で流行っている着物や陶器、農具などが多く見られた。
その中で僅かではあるが海外からの輸入品もあり、鎖国もなくなってからは輸入物も少しずつではあるが出回ってくるようになったのだが……
ただ、会津という田舎には無縁であったが、今回は行商を通じて会津にも来るようになったのだ。
晋太郎は隊士数名で見学に来ていた。
もちろん町の治安と、ほんの少しの興味で周辺を見張りながら出品物をキョロキョロとしていたが、
城下は町民で溢れていて、なかなか通行も難しくなってきた。
しかし、活気が出て賑わっている町民の楽しみを邪魔する訳にもいかず、ゆっくりと城下を歩いていた。
その群がる人たちの中に、同世代の女子の集団がいた。
五~六人だろう。 人が多くハッキリとした人数は把握できないが、その女子の集団の中に鈴がいた。
晋太郎に手ぬぐいを渡した娘であるが、それ以上のことは花の神的な嗅覚により、事前に芽を狩り取ってきていた。
晋太郎は周囲を無意識にキョロキョロと確認し始めた。
晋太郎は特に鈴を意識しているとかではないが、刷り込まれた習慣とは恐ろしいもであった。
もはや、鬼嫁的な存在であり、不思議と花の乱入を意識しているのである。
そこへ、女子の集団の一人が晋太郎に気づく。
晋太郎が間者を捕らえた件から会津で晋太郎を知る者は少なくない。
「―工藤様」 と声が聞こえる。
数名の女子が隊士たちの元に歩み寄った。
隊士たちも笑顔で女子たちと話しているなか、鈴は周りをキョロキョロと確認しながら晋太郎の所に歩みよる。
「見回りご苦労様です」
「ありがとうございます」 晋太郎は笑顔で応対する。
「もうすぐ夏祭りがありますね。 その為の服を……可愛い浴衣などを探していまして……」 鈴は少し照れたように話した。
「いい服が見つかるといいですね」
晋太郎は笑顔で鈴に声を掛けた後、隊士たちと町の見回りを再開する。
しばらく歩くと、大きな規模の衣類などを扱うお店があった。
京や江戸、海外の服や着物が多数ある。
そこには老若男女、沢山の人たちが集まっていて、そのお店は少し風変りな店になっていた。
試着した服をギャラリーに見せて、拍手や歓声が多いほど値引きをしてくれるというイベント付きの服屋となっていたのだ。
つまり町民が観客となり歓声を上げる事により、試着した者の購買意欲を高めるという事らしい。
このイベントには沢山の人が集まってきた。
定価よりも安くしたい思いもあり、若い人から年配の方までもが服を選び、人前に出る準備をしていた。
晋太郎は観客にも目を配り、怪しい事がないか見張っている。
そこに花が母親と服を選んでいる姿が目に入った。
「花、こんなのどう?」
花の母親である雪が服を手に取り、花の肩に掛けて似合っているかを確かめている。
「母様……これでは地味です! 今回の目的は晋太郎さんが振り向くぐらいの刺激を出していきたいのです」
花の目的を雪に伝えると、
「晋太郎さんねぇ……じゃ、攻めてみましょうか♡」
そう言って雪は輸入品を手に取り、服を物色し始めた。
ここで雪がニヤリとする。
「工藤様の晋太郎さんは、ここ最近では有名になり恋敵も増えましょう。 しかし 花、あなたが本当に晋太郎さんを好きならば勝ちなさい。 これは女の戦ですよ」
こう真顔になって、ハッパを掛けてきた。
「うぅ……はい……」
花は、雪の圧力に押されながらも闘志をみなぎらせた。
「これしかないわ♪ 花、これを着なさい!」
そう言って、雪が手に取った服を花に試着をさせる。
花は よく分からないまま 雪が選んだ服を着てみたが、試着した服はチャイナドレスであった。
細身で長身の花にはピッタリのサイズで、美しさが際立つ姿となっていた。
スカートの裾からのスリットが腰あたりまで伸びていて足も長く見えたが、
花は
「……」 (―何が起こっているの? 何がどうなったら、この格好に?)
ただ唖然としている花に、雪は
「攻めたわ♡ 晋太郎さんもビックリするわよ♡」 と満足そうに頷いた。
「いやいや母様、これはマズいわよ。 この切れ込み、この横から見る体の線が目に入らない?」 かなりの斬新な服に慌てる花。
それに対し雪は 「なんか水戸の御老公様みたいね」 と笑う。
「何を言っているの? 『体の線が目に入らない?』 と言っているのよ。 “この印籠が目にはいらぬか! “ と言っている訳じゃないのよ!」
と、花の焦りがますます出てくる。
下着も細くしないと見えてしまう為、きつく細く絞ったようで食い込みが痛そうだった。
雪は色々な角度から眺め、
「なんかお尻も前も見えそうね……うん、晋太郎さんも興奮するんじゃないかしら」 とニコニコしていた。
現代であればプロのコスプレイヤーが着るような恰好を百年以上も前、それも会津の町娘が叩き出して良いはずのない切れ込みはまさに攻めの姿であった。
雪に押されて町民の前に……
見事なランウェイとなった姿は言うまでもなく、後にも先にも花以上の喝采を浴びる者など居なかった。
ある意味、晋太郎よりも花の方が有名になってしまったのだ。
これ以上ない歓声や拍手の嵐に花は、 「あわわわわ……」
これしか言葉が出なかった。
一方、晋太郎は両手で目を覆いながらも食い入る様に花を見る。
これを何度も繰り返していた。
そして、盛り上がった行商のイベントが終了した。
花は歓声により格安で買った衣装を持ち帰り、家に飾って正座をして眺めては額を床に擦りつけて溜息ばかりついていた。
(安く買ったは良いが、いつ着るのよ……)
一方、晋太郎は悶々とした夜になってしまい、寝不足のままの朝を迎える事となってしまった。