第四十九話 斗南藩
第 四十九話 斗南藩
一ヶ月以上掛かり、花たちは斗南藩の領地へやってきた。
そこは会津の領地に比べ、小さく未開拓の地だった。
「すみません……この辺に城はありますか? 斗南藩の殿様にお目通りをしたいのですが……」 花が話しかける男性は農夫だった。
「ここには城はない。 武士はみんな農夫になったよ」
「そんな……ここに会津藩の兵士が居るはずなのですが……」
「それなら、この先に小さな集落があるよ。 そこで木の伐採などをしているはずだ」 農夫は集落の方向を指さす。
花たちが一時間ほど歩くと、そこに小さな集落がある。
建物は全て廃材などを使ったプレハブ小屋のような物であった。
(こんな所に……) 花と鈴の目に涙が溜まる。
ゆっくり集落に近づいていくと、男性の声が聞こえると
「すみません― 会津の者ですが……」 花が走って声を掛ける。
「なんで女がここに?」 集落の男性が驚いた表情を見せる。
「えっ!? ここには女性は居ないのですか?」 鈴が聞くと、
「ここは男だけだ! 女たちは会津に残り大変な目にあっている……」
集落の男性が説明をすると、花たちは絶句する。
会津に残った女性たちは新政府軍の慰み者になったと言う。
(戦争弱者の現実があった)
「ひどい……」 金子が涙ぐむ。
すると、女性が珍しいのか 沢山の男性が集まってきた。
「ここに居る方々は、みんな会津の方ですよね? 白虎隊の隊士の方は居ますか?」 花が大きな声を出すと、
「私だが?」 後方より、一人の男性が出てきた。
「よかった! あの…… 工藤 晋太郎を探しに来たのですが、ご存じありますか?」 花が男性に寄っていくと
「工藤……って、貴女は花さんじゃありませんか?」
「そうです。 近藤 花です」 花の息が荒くなる。
「私、お忘れか? 鶴ヶ城で一緒に戦った……」 男性が言うが、
「すみません……沢山の人数の中で戦っていましたので……」 花が頭を下げる。
「誰だい?」 男性が後ろから声を掛ける。
「ほら、鉄砲を撃っていた花さんだよ!」 白虎隊の隊士が言うと、
「あの、八重さんと並んで鉄砲を撃っていた花さんか?」
「そうだって。 晋太郎を探しにきたんだって!」
そんな話から、懐かしい話になっていく。
その後、この未開拓の地に流された会津の民は苦しい思いをしてきたのだ。
(そんな事あったのか……) 金子は同情している。
「よし、みんなで斗南を良くしましょう!」
花が鼓舞すると、一斉に木を切り 畑を増やしていった。
数日が経ち、一向に良くない暮らしに身も心も疲弊していく。
「もうダメだ……次の冬が来たら死んでしまう……」 斗南の男性が言う。
「そんな……ここにある畑だって、みんなが作ったんじゃない」 鈴が言うと、
「この前の冬で何人が死んだと思ってるんだ…… 残った者だけで何が出来るやら……」 男性が下を向く。
花は涙を流し、
「みんなで会津に帰ろう……」
そう言うと、男性が顔を上げる。
「でも、戻ったら殺されるんじゃ……」
「大丈夫! 兵士でなければ殺されません。 農夫として帰りましょう」
花が言うと、斗南の者の反応は鈍かった。
(困ったな~ 晋太郎さんを探さないと……)
「すみませんが、晋太郎さんを見ませんでしたか?」 花と鈴は、一人ひとりに聞いていく。
金子と船員も一緒になって声を掛けてまわる。
しかし、誰も知らないという返事に終わってしまった。
「そっか……みんな知らないのか……」 花と鈴は気落ちしていく。
「じゃ、まだここで私も生活します。 会津のみんなで頑張りましょう……」
花は、晋太郎が居ない悲しみを紛らわすように言うと、
「その必要はない。 花さんとやら……貴女は帰られよ」
そこに、たくさんの髭を蓄えた男性が声を出てくる。
「えっ? なんでよ?」 花がムッとすると
「ここは過酷で、女子が生活できる所ではない。 帰りなさい」
こう言われるとムキになるのが花である。
「おじさん……女だからって舐めないでくれます?」
男性に近寄る。
「花さん……」 鈴が花の腕を掴むと
「こんな、希望を捨てたような爺に『女子に生活が出来ない』とか言われたくないわ!」 花の語気が荒くなる。
「なにを!」 男性が怒り出すと
「何よ? やるの? 来なさいよ!」 花が喧嘩腰になり、鈴は後ろに下がっていく。
男性は持っていた鍬を振り上げる。
「花―っ」 金子や船員が声を上げた瞬間
“パンッ―”
花は男性の足下に拳銃を撃った。 すると、男性の足下に砂煙が舞いあがる。
斗南の民は言葉を失った。
花は髭の男性を睨むと、
「あなた、なんで諦めるのですか? それでも会津戦争を戦った人ですか?
なんで人生を捨てる事を言うのです? 『ならぬことは ならぬのことなのです!』」
「いい? 此処で皆さんが頑張ってこれたのは『生きる希望』を持っていたからです。 だから決して諦めないでください。 私も主人を探すのを諦めていないから斗南まで来たのです…… 私は諦めません」
花の言葉が虚しく響いたかと思ったが、
「私、会津に帰りたいです……」 斗南で農夫の嫁が出てきた。
数少ない女性が隠れていた。 会津に残れば戦争弱者の悲劇がある。 そっと主人と一緒に会津から脱出をしていたのだ。
「私、生まれも会津です。 最後も会津で暮らしたいと、ずっと願ってきました…… だから……」
「わかりました。 一緒に会津に向かいましょう……」
花の言葉で心に火が付いた者が出てきた。
「女性と子供は船に乗ってください。 男性は歩きます」 鈴が率先して誘導をする。 船員は荷物を船に積み、金子は花の側についた。
「さぁ、行きましょう」 花が言うと、多くの者が集まったが
しかし、別の場所を望む者もいた。
「では、会津に行く方は一緒に……」 花が先導すると、
「おいっ、花! お前も歩くのか?」 金子が呼び止める。
「そうですが?」 花はキョトンとしている。
「お前は女なんだから、船で行こうぜ」 金子が花の腕を掴むが、花は振り払った。
「これは私が言ったこと……みんなと一緒に会津に帰ります。 それに……歩いた方が、晋太郎さんを見つけれるかもしれません」
花の目が本気だと解った金子は、船に戻っていった。
すると、「まったく~ 自分だけ『いい女』気取りは許しませんよ」
鈴が船から走ってきた。
「別に、いい女とかじゃ……」
花たちは歩いて会津に向かった。
歩くこと数日、戦争から遠ざかっていた花にも疲労が見えてくると
「花さん、体力落ちた?」 鈴が心配そうに声を掛ける。
「落ちたかも……出産してから動くことも減ってたし……」
そこに斗南の男が声を掛ける。
「あの戦場を駆け抜けた花さんでも、厳しいですかね?」
男性の笑顔が花に力を与える。
「なんの! まだまだですよ~」
●
「花、斗南で上手くやっているかしら……」
そう言っているのが雪である。 花が京を出て二ヶ月以上が経っている。
「そうね……手紙さえも送らないなんてね~」 咲も心配している。
「花、元々が人付き合いとかが苦手だし……母親の私が言うのもアレだけど、ちょっと変わった子だから……」
「晋太郎には合ってたみたいよ♪」 咲がクスクスと笑う。
そんな会話を余所に、白木は連絡が無いことにヤキモキしていた。
(花さんもだけど、金子からも便りがないのは どういうこと?)
ちょうど、その時に一通の文が届く。 白木が開封し、その文を読む。
「えっ?」 白木が頭を抱える。
「どうされました?」 咲が白木に声を掛けると、白木の顔が青ざめ手紙をテーブルの上に置く。
それを読んだ咲も顔が青ざめる。
「あらあら、二人で青い顔をして どうしました?」
まだ文を読んでいない雪がやってくる。
「あの……」 咲が口ごもると、雪が首を傾げる。
「その……何て言うか……花さん、斗南で拳銃を発砲したらしいの……」
白木が言うと、雪の気が遠くなる。
「雪さん―」 咲が肩を抱く。
「こうしちゃいられない。 花さんが罪人になってしまう…… 木田と村田を呼んでちょうだい!」 白木が大声を出す。
一時間後、白木の屋敷に来たのは多田であった。
「すみません……木田様と村田様が見つからなくて……」
多田は、京に来てから役所で勤めるようになっていた。
以前に新政府軍の格好をして潜入していたのが知れ渡り、元軍人の扱いで役所の仕事を斡旋されていたのだ。
「多田……花さんが大変なのよ……」 白木は、花の斗南での出来事を話すと
「はぁ……」 多田は、ため息を漏らし、肩を落とす。
「すみません……花がご迷惑をお掛けしまして……」 雪が頭を下げる。
「いえいえ……事件になったら、もみ消しますね」 多田が苦笑いをする。
「それで、花は戦場でも同じ感じだったのでしょうか?」
「いえ、普通の女の子でしたよ。 拳銃など、お守りとして持っているだけでしたから……」 多田が説明をする。
(言えない……最前線で敵軍に鉄砲や大砲を撃っていたなんて……)
戦場での功績を言いたいが、我慢している多田であった。
それには白木がクスクスと笑っていた。
●
斗南を出発してから一ヶ月後、金子たちは平(現在の福島県いわき市)に到着していた。
「ここから真っ直ぐ行けば会津だ……」 金子が説明をする。
船員が大荷物を船から降ろし始めると、金子が文を書き出す。
そこには『会津まで同行して、内情を知らせる』と書いたものであった。
金子が合図をし、船は港を出る。 船員数名は京に戻っていった。
「さ、行こう!」 金子の先導で、斗南にいた女性と子供たちは会津に向かっていく。
金子は女性や子供の体調を労りつつ、足を会津に向けていく。
花たちも順調に会津に向けて……は、いなかった。
「足が痛いーっ」 花が大騒ぎしていた。
(やれやれ……出産とは、これほどに体力を奪ってしまうものなのね……)
鈴は将来の勉強になったようだ。
金子が平に到着した頃は、花たちは仙台を過ぎたくらいだった。
「花さん、大丈夫かい?」 斗南の男性が気遣うと、
「少し、体力が落ちていただけです。 問題ありません」 花は、やせ我慢をする。
「すみませ~ん、荷車に乗せてもらえますか~?」 鈴が大声を出す。
「ちょっと……大丈夫だから―」 花が拒否するも、
「いいから、いいから……私は、まだ若いし」 鈴がドヤ顔をする。
「まだ私も二十歳ですが!」 花がムキになっていると、
「花さん……乗ってください。 私たちは貴女に助けられたのです。 会津戦争も、貴女が率先して城から鉄砲を撃ち、助けてくれたじゃないですか……その恩を、小さいですが ここで返させてください……」 斗南の男性が言う。
「……」 花は不本意ながら荷車に乗った。
「懐かしいね~♪ 私や晋太郎さんも荷車に乗って運んでもらったっけ~」
鈴はニコッとして、鉄砲で受けた傷を見せる。
鈴は十八歳の町娘である。 普通なら鉄砲で撃たれるなんてことはない。
しかし、これが戦争の傷跡であった。
もう消える事のない傷跡は、身体だけではなく 心にも刻まれるものであった。
それから一ヶ月が経ち、花たちは米沢まで来ていた。
「ここが米沢かぁ……ここも同盟国だったんだ……」 斗南の男性が説明する。
「もうすぐだ……」 花の目に力が入っていく。




