第四十八話 愛しき者へ
第 四十八話 愛しき者へ
「お母様、糸の食事なのですが……」 花が忙しく咲を探している。
「あれ? 何処に行ったんだろう……?」
その頃、咲は神社で手を合わせていた。
(晋太郎……どこにいるの? あなたの娘は日に日に成長していますよ……)
「ふぅ……」 咲が参拝を済ませると、職場に向かいだす。
そこに噂話というものが咲の耳をかすめる。
『幕府軍は解体。 侍と呼ばれた者は商人や農民になっているみたいだ……』
そんな言葉を聞いても咲にはどうでも良かった。
ただ、晋太郎の行方だけを知りたかったのだ。
そこに手がかりとなる噂が飛び込んでくる。
『よう、知っているか? 会津藩は領地を没収され、斗南に行ったらしいぞ』
『斗南? どこだい?』
こんな会話である。 咲は斗南で晋太郎が生きているのではないかと、一縷の望みを持った。
咲は白木の家に戻り、食事の準備を始める。
しかし、咲の落ち着かない様子を花が見ていた。
「お母様? いかがされました?」 花が咲に声を掛けると、
「―っ! な、何もないわ」
咲の慌てた様子に花は感じ取った。
「何か聞いたのですね?」
「何が? 何も聞いてないわよ」 咲は黙ったままだ。
それから花は、咲の行動を監視するかのように見ていく。
「すみません……お母様の様子が変じゃありませんか?」 花が白木に相談すると、
「咲さん? 仕事も普通にやっているわよ」
「なんか変なんです……思い詰めたような感じで……」 花が言うと
「それなら探ってちょうだい。 前も脇差しで自刃しようとしたし……糸なら私が面倒みるから」
「わかりました。 糸をよろしくお願いいたします……」
こうして花は咲の監視を強化した。
咲は神社に向かっていた。 それは晋太郎の無事を祈っての事である。
参拝を済ませた咲は、噂を聞きに待っていた。
先日に聞いた『斗南』の事を知りたかったのだ。
そこに噂をしていた男性がやってくる。
咲は、その男性に話しかけた。
「すみません、先日に斗南の事でお話をしていた方ですよね?」
「あぁ、なんだい貴女は?」
「私、会津の者で、会津藩の情報を知りたくて……」 咲が言うと男性が話し出す。
それは、新政府は会津藩を取り潰して、斗南に移住してから斗南藩と名乗っていることである。 (斗南は現在の青森県の北部)
「そこに誰がいるとかは知らないですか?」 咲が男性に顔を近づけると
「分からないな……」 男性が言うと、咲は頭を下げていた。
すると、神社の灯籠から声が聞こえる。 咲は驚いている。
「なるほど……この情報は嬉しいことです」
「えっ? 花さん?」 咲が驚いていると、灯籠の裏から花が出てくる。
「お母様は秘める事が得意のようですね……」 花がニヤッとすると
「そんなこと……」
「では、何故に話してくれなかったのです?」 花が咲を見つめると
「それは……息子の事ですし、花さんや白木様に迷惑を掛ける訳には……」
咲の言葉で、花の顔が険しくなる。
「私は晋太郎さんの子供を産んでおります。 晋太郎さんは私の主人なのですよ! お母様と私、家族じゃないんですか?」
花の頬に涙が伝う。
「こんな情けない女に、母だなんて……」 咲も涙を流していく。
花は気持ちを切り替え、
「では、斗南に行ってまいります。 そして、晋太郎さんを連れて帰ってきます」 花は胸に手を置いた。
その夜、花は白木に話す。
「いつか言い出すとは思っていたけれど……」 白木が肩を落とす。
「知っていたのですか?」 花は目を丸くする。
「えぇ……」
「なんで教えてくれなかったのです?」 花の語気が強まると、
「教えたら、貴女は飛んでいくでしょ? 身軽な貴女だったら何も言わない…… 糸がいて、母親である貴女が母親を放棄させる訳にはいかないでしょ?」
白木の言うことは尤もだ。 これは花を見て、救った白木だからこそ言える言葉だった。
そこに雪がやってくる。
「花、おつかいを頼めるかしら?」 雪が言うと、花は嫌そうな顔をして
「今、立て込んでて……」 やんわり断ると、雪の額がピクピクと動く。
(うわっ― 怒られそう……) 花は察した。
「これ、鈴ちゃんと買い出しに行ってきて!」 雪は強めの口調で花にメモを渡す。
「母様……これって……」 メモを持つ花の手が震える。
「しっかり買い物を済ませて帰ってくるのですよ」 雪が言うと、そそくさと台所に向かっていった。
「ふぅ……」 白木が息を吐く。
花と咲がキョトンとしている。
雪が渡したメモは、斗南で味噌を買ってこいと書いてあった。
咲は、心配そうに花の顔を覗き込む。
花は白木に向かい、膝をつけ
「必ず主人を見つけてきます。 そして、京で主人を馬車馬のように働かせてもらえませんでしょうか?」 頭を下げた。
「そうね……それで、どうやって行くのかしら?」 白木は胸の前で腕を組む。
「とりあえず、歩いて……になりますが……」 花が足をポンポン叩く。
「貴女はいいのよ……戦場で駆け巡ったんだもの……鈴よ」
「あっ…… なんなら棄ててでも……」 やはり花の人間性には問題があった。
「そうはいかないでしょ!」 白木と咲は苦笑いをする。
「でも、鈴ちゃんは彼氏がいるし、頼めませんよ……」 花が言うと、
「何を言っているんですか……?」 ここで鈴が出てくる。
「鈴ちゃん、いたの?」 花が驚くと
「ここ最近、声が掛からないから不貞腐れていただけです~」 鈴は頬を膨らます。 出番を待っていたようだ。
「いいの? 彼氏が出来たのに……」
「まぁ 彼氏は出来たけど、晋太郎さんが一番なので♡」 鈴がニコッとすると
「やっぱり来るな~」 と、叫ぶ花であった。
二日後、花と鈴は旅の用意をする。
「では、いってまいります」 花が声を掛けると
「花さん、ちょっと待って」 白木が呼び止める。
「これ、お守りよ」 白木は花と鈴にお守りを手渡す。
「ありがとうございます…… では、糸のこと よろしくお願いいたします」
花が玄関を出ると、そこには金子が立っていた。
「俊江様……」 花が驚く。
「お前、本気か……? 母親になっても行くのか?」
「はい。 子供にとって父親が必要なので」 花の目は本気だった。
「コッチだ……」 金子が案内する。
「どちらへ行くのです?」 花が聞くと 「あの先だ……」 金子はそれだけ言って歩いていく。
「あの……私たち、斗南に行かなくではならないのですが……」
鈴も堪らず声にする。
それから半日掛けて歩くと、
「ここだ」 金子が指さすと、船が用意してあった。
「俊江様……」
「白木様に頼まれたからよ…… これで斗南まで行くぞ」
金子が水軍の者に合図をすると、船に乗れるようにセットしていた。
そして港を出た水軍は、斗南に向けて行くのだが……
「すみません……この船を出すにあたり、どれくらいのお金が掛かるのでしょうか?」 花が言い出すと、
「う~ん…… 私たちは分からないが、白木様なら分かるはずだが……かなりの金が必要だよな……」
花は借金として心得た。 必ず返そうと誓っていく。
そこに鈴が顔を出して、
「花さん……私、遊郭で働いて返すから……」 突然、言い出した。
「何を馬鹿なことを…… これは私が招いたこと。 鈴ちゃんは気にしなくていいわよ……」
「花さん、子持ちだし仕事ないじゃん…… 鉄砲の役目も終わった訳だし……」 鈴の言葉に、花が考え込む。
(確かに戦争が終わった。 私は鉄砲を撃たなければ、ただの人…… 子持ちだし、何が出来るのだろう……) そう考えてしまった。
「なら、私が遊郭に行けばいいか!」 花が言うと、鈴が目を細めて花を見る。
「なによ?」 花が鈴を見る。
「花さん…… 子持ちで、それと…… その胸で遊郭? 無理でしょ」 鈴は花を馬鹿にするような声で笑う。
「はぁ?」 花がムッとする。
そして鈴が花に向かってニヤニヤしていると
「なによ!? 私だってモテるんだからね―」
「誰が? 誰に? 恐れられてるの間違いじゃなく?」 鈴がしつこく聞いていると
「うぅぅ……」 花は、何も言えなくなってしまった。
そんな賑やかな船旅が始まる。
そして数日が経ち、 「もうすぐ紀州ですが降りますか?」 船員の声に、
「お願いします」
紀州(現在の和歌山県) で停泊をすることになった。
そこで鈴が 「せっかくだから遊郭を見てみませんか?」 突然の提案に、
「よし、見てみよう」 何故か金子が賛同していた。
「なんで俊江様が……? 俊江様じゃ、無理ですよ―」 花が金子に、思いとどまらせようとする。
「なんでだ? 私じゃダメなのかい?」 金子がキョトンとしている。
金子は遊郭を知らなかった。 どんな所で、何をするかを知らなくての発言だったのだ。
やってきたのは、紀州の花街。
江戸や大阪などとは比べものにならないが、華やかな街である。
「ここが遊郭か~ なんか人がたくさん居るんだな~♪」 金子がはしゃいでいる。
「ちなみに俊江様は花街って来たことがあるんですか?」 鈴が聞くと、
「ない。 初めてだ」
「何をするところかご存じですか?」
「知らない。 何をするんだ?」
「はぁぁ……」 鈴は大きなため息をつく。
鈴は十八歳。 金子は四十を過ぎている。 金子は十八歳の女の子にため息をつかれていた。
花がチラッと船員を見る。
そこには頭を抱えた姿があった。
「俊江様、ここは……」 鈴が金子に耳打ちをする。
それを聞いた金子が、
「ば、ばかな! そんな事、出来る訳ないだろ!」 顔を真っ赤にしていた。
(予想通りの反応だった……)
ちなみに花魁と呼ばれる人は一晩に七十両も掛かるみたいですよ。
(一両が約十三万円の価値と言われていた。 ここで言うと九十万円ほどである)
「そんな高額なのか? それなら……」 金子が鼻息を荒げるが、
「ちなみに三十歳を越えると、ダメだそうです…… 花魁とかは二十歳程度と言われてますよ」 さすがに船員が口を挟む。
『シュン……』 金子は肩を落とした。
(すみません…… 流石に悪いことを言った気がする……) 船員は顔をしかめる。
「帰ろう……」 金子が落ち込んだ声で言うと、全員で船に戻っていった。
船の中では空気が重くなっていた。 そんな中、
「その……なんだ……そういうのは好きな人とするもんだよな?」 金子が口を開く。
「そりゃそうですよ。 私、蝦夷では何回も危ない目にあいました……戦争中って、見境ないですから……」 花が言うと、
「危ない目って、ソレをか?」 金子が目を丸くする。
「はい。 民家の物置に連れ込まれたりして……」
「それで、受け入れたのか?」
「いえ、鉄砲で頭ごと吹っ飛ばしました…… この身体は晋太郎さんの物なので……」 花が言うと、全員が絶句する。
(俺たちゃ、なんて女性を乗せているんだ……)
「……」 これには金子も絶句する。
「きっと遊郭で働く人は、何かしら事情があるんですよ……私たちは愛しい人に身体を預けた方がいいです…… それが女の幸せなのですから……」
花は遠くを見つめ、晋太郎を想ってのことを言うと
「そうだよな……」 金子がそっと花の肩に手を置いた。




