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第四十七話 花、母になる

第 四十七話   花、母になる



一九七〇年 (明治三年) 正月


「あけましておめでとうございます」 花は白木の屋敷に住みこんで半年ほど経った。


めでたく新年を迎え、穏やかな正月を迎えている。




テーブルには 花をはじめ、白木、咲、雪、鈴の五人が食事をしていた。


「花さんの出産も、あと少しですよね」 鈴が感慨深げに話す。



「雪さん、咲さん、もうすぐ お祖母ちゃんになるんですものね~」 

白木はクスクスと笑う。


「……」 雪と咲は顔を見合わせ、言葉に詰まっていた。



しかし、子供は生まれるが、子供の父親が不在。

蝦夷で捕虜になっているか、または戦死しているかも分からないのである。



ただ、花は元気に過ごしていた。

 

 「まったく晋太郎は何をしているのかしら……もうすぐ子供が生まれるというのに」 咲が晋太郎の事でボヤく日が増えていく。



 これは、咲も雪も心配、他ならないからである。



 「お母さま、そんなに焦らなくても……」 花は咲をたしなめるが、本来なら花が一番ナーバスになってもおかしくない。



 「大丈夫です。 帰ってきますから」 花はニコニコしていた。



 翌日、鈴が彼氏とデートをしていると


「えっ? その話、詳しく」 彼氏に凄んでいる。


「あ、はい……」



そして鈴の彼氏は、噂として聞いた事を話した。




「そんな……」 鈴の顔が絶望に変わる。



 蝦夷では、捕虜になった兵士の大勢が亡くなっていたことだった。


 そこに晋太郎の名前があるかは分からない。 鈴は、花には言わないように決めた。



夜、鈴が料理を作っていた。 隣には雪が付いて並んで料理をしている。



そして食事が始まると、花が気づく。

「鈴ちゃん、どうしたの? 食事が進んでないけど……」



「い、いえ 何も……」



鈴は食欲がでなかった。


理由は、昼間に聞いた話だ。

(もし、晋太郎さんが死んでいたら……) 鈴は、そんな思いから食事も喉を通らなかったのである。




花は不思議そうな顔をする。



数日後、咲は白木の経営する食事の店で仕事をしている。


昼どきは多くの客が入る店で、咲がホールで注文を受けていた時である。



ある客同士の噂話が咲の耳に入る。



「よう、聞いたか? 蝦夷で、幕府軍の話……」


「あぁ、捕虜にされた兵士が大量に虐殺されたって話しだろ?」



そんな話が聞こえた瞬間、咲の動きが止まった。

そして、持っていた皿を落としてしまう。



“ガシャン ”



「大丈夫? 咲さん」 店の同僚が咲に駆け寄る。


咲は呆然としていた。



そして仕事にならなくなった咲は、帰宅させられる。



「おかえりなさい。 早かったですね」 花が笑顔で咲に話しかけるが、


「……」 咲は返事をすることもなく、自室に入っていった。




「お母さま……」 



夕食の時、また鈴の食事が進まない。

そして、この日は咲までもが食事を摂らなくなっていた。



「どうしたのです? 冷めてしまいますよ」 花が声を掛けると



「うん……ちょっと、要らないかな……」 咲は、そう言って自室に戻っていった。



それから数日、咲が部屋から出てくることがなく


「お母さま……ちょっとよろしいですか?」

花が咲の部屋の襖ごしで声をかける。



しかし、部屋から返事がない。



「お母さま、失礼します」 花が襖を開けると、目を見開く。



「―何をしているのですか?」 花が大声を出し、慌てて咲に飛び掛かった。



「離して! 離して!」 咲は大声で叫んでいる。


咲は脇差しで自刃しようとしていたのだ。



「なりません。 お母さま!」 花が叫ぶと、白木が駆け寄ってきた。


「咲さん、何をしているの?」 白木は、咲から脇差しを取り上げた。



「咲さん、貴女は……」



「もう、私は生きていても仕方ないのです」 咲は、そう言うと大声で泣いてしまった。



部屋の中には沈黙が流れる。



その時、 「―うっ」 花が声を漏らした。



「花さん?」 白木が花に声を掛けると


「始まったようです……」 


「まさか? 医者を呼んで」 白木は、慌てて村田に叫んだ。




そして夜。 花の陣痛が激しくなり、苦痛の表情になっていた。



「花さん、しっかり!」 鈴は花の手を握り、励ましている。

咲も花の横に座り、祈っていた。




「ただいま戻りました。 えっ? 花?」 雪が仕事から戻り、家の異変に気付く。


後に、「おぎゃー」 子供の泣き声がする。

明け方近くに花は無事に出産をした。



「おめでとうございます。 元気な女の子です」 医者が言うと、白木の屋敷は歓喜に沸いた。



「雪さん……」 咲は、涙を流して雪と抱き合った。



「花さん、おめでとうございます」 鈴が言うと


「そう……無事に生まれて良かった……」 花は、そう言って目を閉じた。 




翌朝、雪と咲は孫の顔を眺めていた。


「女の子だってね~」 雪は満足そうな顔をしていた。


 

 「あの……落ち着かないんだけど……」 花が言う。


赤子は花の横で寝ている。

その横で、祖母の二人が居ることにより花が落ち着かなかったのだ。




「まったく……」 花は、ため息をついた。


  

 (晋太郎さん、無事に生まれましたよ……) 




 「おぎゃー おぎゃー」 赤子が泣きだすと、咲と雪は競争のように部屋に飛び込んでくる。



「おーよし、よし」 咲と雪は、交代で赤子を抱くと、見た事のないデレデレな顔をしていた。



「花、乳の用意を! 急いで!」 雪は孫の事になると、出産翌日でも容赦しない。



花が赤子を抱き、服をずらすと


「花、妊娠してても胸は大きくならなかったのね……そんな胸で乳は入っているのかしら……」 雪の心無い発言に、



『イラッ……』 花は雪を睨みつけた。



赤子の誕生から一週間が経った頃、花の体調も戻ってきていた。



「そろそろ名前を付けないとな……」 花は考えている。


紙に色々と書き始めると



「う~ん……悩むな」 書いていた筆が止まる。



そして、花は思い出を辿っていく。

晋太郎との出会いから、鶴ヶ城。 白河、箱館、そして京……



運命の出会いと呼べる、数多くの出来事を思い出していた。



「晋太郎さん、逢いたいよ……」 花の目には涙が溢れてくる。




そして、晋太郎の事を思い出していた。


『晋太郎さん、ウチの店に来た時だったな……お母さまに買い物を頼まれたんだっけ…… そこで赤い糸を小指に結んだのが最初だったな……』



花は思い出して、一人で笑っていた。


そのとき

「そうだ、それだよ」 花の目に力が入る。




花は、紙に筆を走らせる。



夜になり、全員で食事をするとき


「あの……名前、決まりました」

 花が言いだすと、全員が唾を飲み込んだ。



 「そ、それで……?」 雪が聞く



 花は、紙に書いた名前を全員に見せる。



そこには 『糸』 と、書いてあった。


「いと……」 咲が呼ぶ。


「はい。 ここに居る全員と出会えたのは運命です。 その運命の糸から付けました。 この子も運命を背負って生きていくし、この名前にしました」



花は、少し恥ずかしそうに説明すると


「いいじゃない♪ 素敵な名前よね」 白木は拍手をしながら喜んだ。



「糸ちゃんか~♪ 鈴お姉ちゃんですよ~」 鈴は早速、糸の名前を呼んでいた。



「十人目の子供は、白木様の名前を貰う予定です」 花が言うと、


「えっ? 私は了よ?」 


「そうです。 お母さまに十人産みますって言ったので……十人目は完了の意味で、了を貰おうかと……」 花が自信たっぷりに説明すると、



「あはは……母体を労ろうね……」 白木は苦笑いをしていた。



「それじゃ、糸の誕生に乾杯~」 花は母親となった。



こうして糸を中心に、明るい雰囲気の中で食事が進んでいく。


その中で、咲の顔から笑みが失っていくのを、まだ誰も知らなかった。






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