第四十四話 場外戦
第 四十四話 場外戦
「オバサン……?」 金子はプルプルして怒りを堪えていた。
「俊江様……」 水軍の一人が、金子をなだめている。
しかし、金子の怒りは収まらなかった。
「テメー 上等だ!」 金子が花に殴りかかると
“カチャ……”
即座に反応した花は、金子の頭に拳銃を突き付ける。
「―俊江様」 固まった水軍の兵士は、声を出すしか出来なかった。
「―花さん」 多田と鈴も、声を出すしか出来ない。
そこに村田が、 「本当に上達したな~」 と、拍手をしている。
「まぁまぁ、仲間割れは この辺で……」 木田が仲裁に入る。
そして落ち着いた二人を確認した木田が、双方の主張を聞いていた。
「金子は早く帰りたいよな……花の救出の為だけに来た訳だから…… 花は、晋太郎と一緒じゃなきゃダメなんだろ?」
「はい。そうです」 花は一歩も引かない姿勢だ。
「ちなみに、私もです」 鈴が手を挙げ、主張している。
(お前は黙ってろ……) これは、花だけではなく、全員の意見だった。
「よし、出来るだけ船を箱館に寄せて晋太郎を救い出そう」 木田の提案で、箱館に向かうことになる。
そして、全員が船に乗りこみ
「この先に軍艦が見えたら、即座に陸に停めるからな」 金子は双眼鏡で周囲に気を配る。
段々と箱館に近づくと、軍艦が箱館に停泊しているのが目に入る。
「なんだ? 戦う陣形じゃないな……」 金子は異変を感じていた。
「よし、ここから歩いていくぞ」 金子の指揮で、敵軍から見えない場所に停泊させることにする。
「とりあえず、食事にしよう」 水軍の兵士は、食事の準備をしている。
「花さん、具合悪いの?」 鈴が花の表情を伺うと、
「なんでもない……ただ食欲がなくて……」 花は少し離れた所で気分を落ち着かせている。
「……」 金子は黙って花を見つめていた。
食事を終えた兵たちは、箱館の五稜郭に向けて出発をする。
ただ、花の体調は戻ることはなく顔色も悪いままであった。
「うげーっ」 花は嘔吐したり、フラフラと目眩を起こすようになった。
歩くこと三日、花は食事も摂れずにいた。
「お前……子を孕んでおるのか?」 金子が聞く。
「だとしたら?」
「えーっ? いつの間に?」 鈴が興奮している。
「無理をするな……後は、私たちで晋太郎とやらを探す。 お前は船で休んでいろ」 金子が花を気遣うと
「なりません……私が行かなくては……」 花がチラッと鈴を見る。
「……私も晋太郎さんの子を……ブツブツ……」 鈴は念仏のような独り言を呟いていた。
「……」 金子は納得をしてしまった。
(どんなヤツなんだ? 晋太郎という男は……) 金子も晋太郎に興味をもちはじめる。
そして、花のペースに合わせて箱館に向かう。
「大丈夫かい?」 何度も花に確認しては進む為、予定より時間が掛かってしまった。
「あれが長屋です。 先に見て来ます」 そう言って鈴は走って長屋に向かって行く。
「晋太郎さん……?」 長屋の戸を開け、中を見ると誰もいなかった。
鈴は走って戻ってきて、中の報告をする。
「誰も居ないのよ……」 この言葉で戦慄が走る。
この城下が静かなこと、大砲や鉄砲の音がしない事だ。
そして、城下に向かうと無数の死体が転がっていた。
“ポロッ……” 戦争の傷跡を目の当たりにした花は、涙を堪えられなかった。
「うわーーっ」 花は大声で泣き叫んだ。
二度目の落城は、心に堪えたようだ。
そして、 「晋太郎さん― 晋太郎さんー」 何かに怯えるような声で、花は晋太郎を探し始める。
「晋太郎さん……?」
一人で長屋の戸を一軒、また一軒と開けて声を掛ける花。
その姿に、全員が涙を流していた。
「私は城に行ってきます」 多田は、五稜郭に晋太郎を探しに行った。
「私は、田口様の家に行ってきます」 鈴は、田口の屋敷に向かった。
「私たちは、ここに居よう……合流できないと大変だからな」 金子は、会津の兵の長屋で待っていた。
「おい、花……」 金子は、花を休ませようとしていたが、
「触らないでください……主人を見つけるまでは邪魔しないでださい」
花の言葉に力が無かった。
(お前、そんな身体と精神状態で主人を探していたのか……)
花はここ数日、ロクに食べずに動いていた。
睡眠も少ししかせずに晋太郎の事だけを考えていたのである。
金子は堪らず
「晋太郎とやらは、必ず探す。 頼むから休んでくれ! ここ一番は、お前が頼りなのだから……」
そう言って、花に布団を敷いて横にさせると
「アッチの布団がいいです……」 花の注文に全員が首を傾げる。
「クンクン……クンカクンカ……」 花は、布団の匂いを嗅いでいると
(……んっ?)
「コレです♪ 晋太郎さんのお布団♡」 花は、ニコニコして布団に入っていた。
花の行動は、飼い主の匂いが落ち着く犬のようである。
(うん、犬だな……) これには水軍も苦笑いをしていた。
「少し、城下の様子を見て来ます」 水軍の兵士は周囲の確認をしに出掛けた。
安全面の確認である。
少しすると、鈴は田口の屋敷に到着した。
「鈴―」 若菜は、鈴に抱き着いた。
その後ろには、会津の婦人隊も揃っている。
「花はどうした?」 若菜が息せきって鈴に訊くと
「それが……」 鈴が小さい声で話す。
「うひょーーー♪」 歓喜の声が上がった。
こんな事態でも、花の懐妊は素直に喜んでいる。
「アイツ、中野様に宣言してたもんな~ 「子供を十人産みます」って……」
中野は会津の『婦人決死隊』の隊長である。
「それで、晋太郎さんは……?」 鈴が聞いたが、
「身体も良くないのに、戦場に向かったのよ……私たちも砲撃が来たから、田口様の元でお世話になったきりで……」 そんな婦人隊の言葉に、鈴は愕然とした。
「そんなの花さんに報告できないよ……」 鈴が肩を落とすと
「まさか、晋太郎……工藤さんと会えていないのか?」 若菜の顔色が変わった。
「はい……少し前に来たばかりなので、ここに居るかと迎えに来たのですが……」
婦人隊は沈黙に包まれた。
「もう、戻りますね……」 鈴が田口の屋敷から出ようとすると、若菜が
「なぁ鈴……お前も此処に残らないか?」
「私も晋太郎さんが好きなので……」 鈴は静かに屋敷を後にする。
鈴が長屋付近まで戻ってくると、水軍の兵士たちに会った。
「どうだった?」 水軍の兵士が聞くと
「会津の人たちは元気でした。 ただ、晋太郎さんは居ませんでした」
鈴の元気のない返事を察した水軍は黙って頷く。
長屋に戻ってから報告をする。
「田口様の屋敷にも顔を出していないそうです……」
「そう……ありがとう。 鈴ちゃん……」 花は下を向いてしまった。
「花、もう少しの辛抱だ。 多田が戻ってくるまでは身体を休めてくれ」
金子は花を労っている。
そして翌日になり、多田が戻ってきた。
「遅くなった。 少し前に蝦夷軍は降伏して開城をしていた。 新政府軍がウジャウジャいたから情報収集に手間取っていた」
多田も疲れた表情だった。
「花さん……晋太郎とは言い切れないが、だいたいの兵士は捕虜となっている。 その中に晋太郎も居るかもしれない……」
多田の言葉に、花の顔が上がる。
「そうですか……みなさん、本当にありがとうございました」
花は頭を下げた。
「いいんだ。 さあ、行こう」 金子は花に船に誘導をしようとしていたが
「いいえ、皆さんで船に乗ってください。 私は一人で晋太郎さんを探しますので……」 花が決意する。
「捕虜になっているかもしれんぞ?」 木田が花に説明をするが、
「ならば、戦って晋太郎さんを解放させるまでです。 相手が何万の兵であろうと、私は諦めません」 花の目に力が入ってくる。
「ならば、私はお前を止めてみせる。 無駄死にはさせん」
金子が花を睨む。
「そうですか……」 そう言って、花が立ち上がった。
“パチンッ ” 今度は金子が花の頬を叩く。
「なめんな……妊婦に負けるほどヤワじゃない。 それに……」 金子は、懐から拳銃を取り出す。
「それ……?」
「そうだ。 お前が寝ている時に抜いておいた拳銃だ」 金子はドヤ顔をしている。
「返せーッ」 花が金子に襲い掛かる。
金子は身体を反転させ、かわした。
「ふぅ……」
「やめてーーっ」 ここで鈴が絶叫する。
全員が黙ってしまった。
そして長屋の戸が開くと
「失礼する! っても、私たちの部屋だった……」 ここで若菜が長屋に入って来る。
「若菜さま」 花が唖然とする。
「花、おめでとう……これを言いにきた」 そう言って、若菜がニコッと笑った。
「この喧嘩、会津婦人決死隊が預かる。 文句はないな?」
若菜が啖呵を切ると、
横には婦人隊が薙刀を持って立っていた。
それほどの月日は経っていないが、この懐かしい姿に花も大人しくなっていく。
「花よ、ここから先は私が工藤を探して保護をする。 お前は、まず丈夫な子を産むことだ」 若菜が花の頬に手を当てると
「若菜さま……」 花は頷き、布団に入った。
「それで、金子殿……花を頼みましたよ」 若菜は一礼し、花に寄り添った。
水軍は、会津の女の凄さに圧倒されている。
「迫力あったな……」
それは、『負けを知り、さらに己を高める姿』に他ならなかった。
会津の誇りを賭けた婦人隊は美しく見えている。
若菜が金子に手を出し
「これか……」 金子は若菜に拳銃を渡す。
「結構、撃ったな……」 若菜は拳銃と鉄砲の弾を花の布団の横に置き、
「もう二度と使わない事を祈っているよ……銃声が子供に良い影響があると思わないからな……」
そして、婦人隊は田口の屋敷に戻っていった。
「行こうか……」 金子が言うと、花が渋っている。
「またかよ……」
「いえ、お願いがあります……」
金子は、花の条件を飲んだ。
「条件って、コレかよ……」 水軍の兵士は苦笑いをしている。
花の条件とは、晋太郎の布団と服を持っていく事であった。
そして船では晋太郎の布団で寝て、枕元には晋太郎の衣服を置いていた。
「クン クン……スーハ―」
「犬だな……」 金子は苦笑いをしていた。
そして、その犬が二匹になっていた。
花と鈴は、晋太郎の服を抱いて船旅を過ごしたのであった。




