第四十二話 女海賊
第 四十二話 女海賊
金子率いる村上水軍は、伊予を出発して瀬戸内海を通っていた。
「阿波です。 もうじき紀州が見えてきますね」 水軍の兵士が金子に話す。
「あれは?」 金子は双眼鏡で、遠くに船を見つけると
「厄介だな……」 木田が言う。
「厄介?」 金子は木田を見る。
「あれは土佐の船だろう……同じ箱館に向かうはずだ」
木田の言葉に、金子はジワジワと戦争の構図を理解してきた。
「この船は、幕府軍の味方なのだろ? つまり土佐は敵になる訳だな?」
金子が木田に確認している。
「俺たちは幕府でも、新政府の味方でもない。 ただ、目的は「近藤 花」の味方で、安全に保護をすることだ」
木田の言葉に、金子はますます花の存在が気になっていた。
(これだけの人間を動かす女とは……?)
「ならば、安全に花と言う者を救うのであれば土佐は厄介になるな……」
そして、金子は指揮を執った。
「目指すは箱館! その前に邪魔となるものは駆逐する。 前方の船を叩くぞ」
「おーっ!」 船員の掛け声と共に、速度をあげて土佐の軍艦の距離を縮める。
「俊江様、距離は十分です」 船員が大声で叫ぶと
「大砲、用意」
“ガガガッ ” 大砲の向きを土佐の軍艦に向ける。
「発射!」 金子の声に合わせ、大砲を一斉に発射した。
大砲は六機、弾は軍艦に向けて発射した。
すると、二発の弾が軍艦を捕らえた。
「よっしゃ!」 三百年の沈黙を破った瞬間であった。
ここにまた 『海賊の娘』が活躍する日が来たのである。
「船を寄せろ」 金子の言葉で、水軍は土佐の軍艦に寄せる。
ゆっくりと沈みかけた軍艦に縄を巻き、数名が軍艦に向けて発砲した。
「今だーっ!」 水軍は一気に軍艦に乗り移り、土佐軍を制圧する。
「よし、運べ!」 水軍は、軍艦から食料や武器を奪った。
そして、金子が土佐軍に言う。
「命が惜しければ、この船に乗るがいい。 しっかり働いてもらうがな。 嫌なら海に沈むがいい」
この言葉に、沈黙が続いた。
しばらく待った挙句
「時間がない……」 金子が合図をすると、水軍は船に戻った。
そして縄を切って船との距離が遠くなった瞬間に、
“ドンッ ” と、一発の大砲の音が響く。
大砲は土佐の軍艦を捕らえ、海に沈んでいく。
その中で、土佐の兵士は誰一人と水軍に寝返ることはなく、海に沈んでいったのは『武士の誉』というべきであろう。
水軍は、さらに北上を続ける。
水軍の船は決して大きいとは言えないが、大量の武器を積んだ小型の軍艦のようなものである。
小型である分、大型の船よりはスピードが出る。
しかし、困るのは『揺れ』である。
水軍は紀州に着き、船を降りた。
「うげーっ」 船員のほとんどが船酔いをしていた。
水軍が活躍していた頃は、およそ三百年以上前である。
子孫たちは海賊とは離れ、陸での生活をしている。
「いや~ 海賊なんて、名ばかり……実際は船なんて初めてですからね~」 船員は話す。
「私もだ……うぷっ―」 金子も顔が青白かった。
「……」 木田と村田は、船酔いしている船員を黙って見ているしかなかった。
「なぁ、聞きたいんだけどよ……近藤 花って娘は、どんな娘なんだい? どこかの姫なのかい?」 船員は気になっていた。
これだけの大人が、命賭けで救おうとしている娘とは何者なのかを知りたいのは不思議ではなかった。
「まぁ、少し変わっているが普通の町娘だな……」 村田が端的に答える。
「町娘?」 船員が驚くのは無理もない。
「会った事はあるのか?」 金子が村田に聞くと
「会った事も何も……鉄砲を教えたのも俺たちだし、彼女の実家で飯も食わせてもらったしな~」 村田は思い出に浸るように話している。
「姫様じゃないのか?」 金子が納得できない表情になると
「彼女の家は茶屋だぞ。 なかなか料理も旨い」 水軍の期待とは大きく差がある答えであった。
「あと、どんな特徴がある? これを知らないと救いようが無いからな」
「そうだな……彼氏なのかな……工藤 晋太郎って武家の子供で、白虎隊の小僧が好きで追い回していたな~」
「??」 水軍は目が点になる。
「そうそう! 晋太郎が好き過ぎて、白河で戦争までしてきたしな~」 木田が追い打ちをかけてくると
「??? 戦争まで……?」
「鉄砲から大砲まで撃ち込む女だぜ。 これだけは言っておくが、彼氏の晋太郎に手を出すと殺されるぞ」 村田は花の特徴を話すが、水軍は混乱してきていた。
この話しの中で、花のイメージは大柄な女性で、鬼の顔をした女だと結論付けてしまっていた。
「さて、雑談もこれくらいで、出発しようかな」 金子の顔色も戻ってきたところで、船に戻っていった。
それからも船の中では、花の話しで持ちきりになっていた。
そこには数えきれない花の武勇伝があった。
幾度となく、晋太郎を川に沈めたことや、新選組の土方にもズケズケと物言いすることなど、笑い話として木村や村田は語っている。
そして、江戸を過ぎたあたりに軍艦が見えてきた。
「あれは……長州の軍艦です」 双眼鏡で見る船員が叫ぶと
まだ遥か先ではあるが、軍艦二隻が見えていた。
「俊江様、どうしますか?」 船員は金子の指示を待つ。
「真っすぐ行くぞ!」 金子の指示で、水軍は軍艦の後方より近づき
「撃てーっ」
一斉に砲撃を行い、一隻の軍艦に命中した。
そして、もう一隻の軍艦が水軍に気づき砲撃を始める。
「右に旋回。 そのまま右に流れろ」 金子は指示を出していく。
(ほう、判断が早いな……) 村田と木田は感心していた。
そこに金子が指示を出す。
「軍艦の後方に回れ。 大砲は前方にしか使えん」
この日の為に勉強したのであろう。 的確に軍艦の弱点を突いていた。
「この船の動きを計算して大砲を撃て。 常に敵艦の旗を目がけて撃つんだ」
そして船は旋回を繰り返し、敵の砲撃をかわしながらチャンスを伺っている。
幾度となく砲撃が来る中、水軍は徐々に敵艦との距離を縮めていき
「この機を逃すな! 弾も無駄にできないから、確実に仕留めるんだ」
「おーっ!」 金子の声に水軍の士気が上がっていく。
「まだだ、もう少し…… そこだ! 真っすぐ突っ込め!」
水軍は、敵艦に向けて体当たりをするように真っすぐに突進していく。
「ぶつかれーーっ!」 金子の大声が海原に響く。
●
五稜郭では、新政府軍の猛攻で蝦夷は防戦一方だった。
「土方様、書簡です」 蝦夷軍の兵士が土方の元にやってきた。
「こんな時に、誰だ……」
「白木殿……あの娘を??」 土方は唖然としていた。
手紙の内容は、恵山岬に花を誘導して欲しいと書いてあった。
恵山岬は、五稜郭から東に数百キロもある場所である。
この大事な局目で花を離脱させること、そして共を要する事である。
土方は困っていた。
「近藤殿、話しがある」 土方は真剣な表情で、花に向き合い
「恵山岬……?」
「あぁ、ここから東に向かう」 土方が説明するが、花は納得しなかった。
「困ります。 晋太郎さんを置いて箱館を離れる訳にはいきません」
花はキッパリと断った。
土方は考えていた。 白木の文を言えば、間違いなく花は断る。
どうしたら花が納得するかを考えていた。
「これは軍の作戦だ。 私も行く」 土方は仕方なく、箱館から離れる決意をする。
「東の恵山は、重要な要だ。 ここを守りたい。 そして、軍艦に鉄砲隊を送り込みたいのだ」 土方は無理も承知な話しをしていた。
軍艦には大砲がある。 ここで鉄砲は必要ないが、それに賭けるしかなかった。
「わかりました。 ただ、距離があります。 誰か、同行をお願いします」
花の注文に、土方が快諾する。
「早速だが、向かおう」 土方が同行メンバーを指名した。
そのメンバーは、花と土方、多田と鈴が同行することになる。
残った会津の婦人隊は、晋太郎の看病をすることになった。
「さぁ、行こう」 土方の先導で、箱館を離れた四人は東に向かった。
しかし、ここは戦場である。 離れ離れになる可能性がある為、全員に地図を持たせていた。
そして、その心配が的中する。
東に向かい、十キロほど進んだ場所には新政府軍の兵士が道を封鎖していた。
「ざっと見たところ、百人はいるな……」
話しにならない数の差である。
「少し厳しいが、山を登ろう。 道は完全に封鎖されている」
土方は地図を広げて説明していく。
「花さん、どうかしました?」 多田は、花が遠くを見ている事が気になっていた。
「ほら……城の方が……」 花が五稜郭の方向を指さす。
遠くから見て、五稜郭の方向から黒い煙が上がっていた。
「……」 花は黙って城の方向を見つめ、涙を流し始める。
「近藤殿……」 土方は、花の涙の理由を知らなかった。
「すみません……これで二度目なのです。 最初は会津で、今回は箱館で……会津では、城下が燃えて晋太郎さんの仲間の白虎隊の方々が命を落としました…… そして、白虎隊の方々の最後を見たのを思い出しました……」
花は大粒の涙を流している。
「花さんは、落城まで戦っていたのです。 それも最前線で……」
そして、鈴も涙を流し始める。
「そうか……頑張って、恵山まで行って勝とう」
土方は慰めにもならない言葉を言って、歩きだした。
そして、夜になる。
四人の足は、膝が曲がらなくなるくらい疲れていた。
「いたた……」 花は、自力でマッサージをし始めると
「私、食べれるものを作るね」 鈴は、持ってきていた食材で簡単な物を全員に渡した。
「よし、交代で寝よう」 土方と鈴が見張りをして、多田と花は仮眠に入った。
「おい、起きろ……」 土方が花を起こす。
「は、はい……」 花は睡眠が深かった為、少し寝ぼけていた。
花と多田が見張りになって、周囲を警戒し始める。
(晋太郎さん、大丈夫かな……)
遠くに見える煙を見つめ、花はため息をついていた。
そして、朝陽が昇ると四人は歩き出す。
そんな山道を歩くこと、半月が経っていた。
「おそらく、あれが恵山だ……」 土方は、地図で確かめていた。
「ようやく……」 花の顔がやつれてきている。
ただでさえ細身の身体が、より細くなっていた。
そして、下山をすること一時間
「―きゃっ」 鈴が足を滑らし、急スピードで山道を滑り落ちて行く。
「―鈴ちゃん」 花は走って鈴を捕まえようとした時
“ドンッ ” と、銃声がした。
「―何?」 花が しゃがみ込む。
「敵襲か?」 多田が声をあげる。
花は急いで鈴に駆け寄った。
「鈴ちゃん、大丈夫?」
「う、うん……」 鈴は小さい声で答えると
「うん? 鈴ちゃん、何を見て……?」
鈴が転がり落ちた先には、新政府軍の兵士が待ち構えていた。




