第三十七話 復讐の花
第三十七話 復讐の花
「これでよし……」 朝、一番で花は晋太郎の手当をしていた。
腫れあがった顔、傷だらけの体の晋太郎は起き上がることさえも難しかった。
「これじゃ、城での演習も行けないな……」
若菜は朝早くから田口の屋敷に向かう事が増えていて、婦人隊の仕事が多くなっている。
花も婦人隊の一人として、会津兵の身支度をしないといけない。
「では、小田さま、多田さま、いってらっしゃいませ」
花が二人を見送る。
「大丈夫だろうか……?」 多田が声を漏らすと
「何がです?」 小田が尋ねる。
「花さん……普通に振舞っているが、相当、はらわたが煮えくり返っているんじゃないかと……」 多田は、 “花が何かしでかすのではないかと ” 気になっていた。
「確かに……晋太郎に危害を与える者には容赦しませんからね……」
二人の心配は晋太郎の事ではなく、花の行動の方だった。
「鈴ちゃん……田口様のところへ行くから、晋太郎さんをお願い」
花は鈴に晋太郎を任せると、急いで支度をする。
「いってらっしゃい」 鈴は花を見送ると、悪魔の顔になっていく。
「ぐへへ……晋太郎さん、膝枕をしましょうね♡」
鈴は晋太郎の頭を膝に乗せ、至福の時間を味わっていた数秒後……
“スチャ…… ” と、音がする。
音がした方を見ると、花の拳銃が鈴の方向へ向いていた。
「ひえぇぇ……」
「まったく……油断も隙もないな……晋太郎さんは怪我をしているんだから、しっかりね……」
そう言い残し、花は長屋を出ていく。
(本当に撃たれるかと思った……) 鈴の胸は、ドキドキが治まらなかった。
「おはようございます」 花が田口の屋敷に着く。
「あの……鉄砲、ありがとうございました」 ミニエー銃を田口に返しに来ていたのである。
「無事で何より……で、ミニエー銃の性能はどうだった?」
「はい、安定しています。 これで連射は可能でしょうか?」 花が鉄砲の扱いを聞いてくると
「あれ? こうすれば七発くらい可能なのだが……」
「すみません……試してもいいですか?」 花は射撃場まで急いで行った。
「慌ただしい娘……クスッ」 見て笑ったのは若菜である。
しばらく時間が経ち、屋敷に工場の職人が走ってくる。
「田口様、大変です。 工場に……」
慌てて田口は工場に向かった時、
“バン バン ” と、発砲音が聞こえた。
田口の足が止まり、静かに工場の様子を伺う。
すると、工場の中は静かになっていく。
田口はそっと工場の中を見てみると、花が鉄砲を持ったまま立ち尽くしている。
「花さん……」 田口が言葉を出すと、花に近寄る。
すると、花の足元には新政府軍の服を着た男が四人倒れていた。
「これは……?」 その光景に田口の声は震えている。
「おそらく、田口様の武器が欲しかったのでしょう……」 花が淡々と答える。
「すみません……これ、お返しします。 弾を使って、申し訳ございません」
「いいんだよ。 守ってくれて、ありがとう……それに、人の生き血を吸った鉄砲は売り物にならんよ。 貰ってくれ」
田口は粋な主人であった。
(歳はいってるけど、情に厚い感じで素敵だな……若菜さまも惚れるのが頷ける……)
そこに時間差で、騒々しい形で若菜が現れた。
「敵か? 出合えーっ」 若菜は着物に襷、ハチマキを締めて薙刀を持って出てきた。
「あれ? 終わったの?」 若菜がポカンとする。
しかし、それより先に花と田口が口を開けていた。
「ははは……」 若菜は恥ずかしくて屋敷の奥に引っ込んでいく。
その後、花は田口の屋敷で時間を過ごし
「では、ありがとうございました」
「もう行くの? もう少し……」 若菜が花を引き止めようとしたが、
「晋太郎さんを殴ったヤツを探しださないといけません……」
そう言って、屋敷を後にした。
(そう言っても、近くで見た訳じゃないし……鈴ちゃんの言葉も、アテにならないしな……) 花は、晋太郎を殴った男の情報が入らずに困っていた。
段々と城下に近くなると、やたら頭の髷が無い人が目に入る。
(もう間者だらけだ……ここまで増えると、もはや間者ではないか……)
幕府の味方であれば髷はしている。 晋太郎も、前は剃ってはいないが頭上の髪結いをしている。 見分けは簡単である。
そうなると問題が必ず起きる…… それは、町民との喧嘩だ。
「なんだ貴様……文句あるのか」 遠くから男の怒鳴り声が聞こえてくると
花は、物陰から様子を見ていた。
すると新政府軍の兵士は町民を怒鳴り、そして殴り始める。
(あの姿……アイツじゃん)
花は、晋太郎が殴られている時の光景を思い出していた。
すると花は、新政府軍の兵士の方へフラフラと歩きだし、
“ドンッ ” と、花が新政府軍の兵士にぶつかりに行く。
「何だ? 貴様……女のクセに、俺たちに文句があるのか?」
新政府軍の兵士は、花に怒鳴りつける。
「すみません……芸の練習が厳しくて、腰に力が入らずに当たってしまい申し訳ございませぬ……」
花は芸子を演じていた。 持っている鉄砲を布で包んでいるが、鉄砲とバレない為にだ。
よく、芸では傘を使った舞を披露することがある。 花は、そのように見せていた。
「なんだ……なら、儂らの前で踊ってみせよ」
新政府軍の兵士は、ニヤニヤしながら花を見ている。
(どうする……? この人数で、周りには町民もいる……鉄砲の流れ弾とか、可愛そうだしな……)
花は喧嘩を売ったは良いが、焦りが出てくる。
「これ! 芸子はまだかと探しておったぞ……」 そこに一人の男性が花に声を掛けてくる。
その男性は、頭に大きな傘を被っていて顔がよく見えなかった。
「ほら、芸の続きだ。 行くぞ……」 男性は花の手を引き、新政府軍の兵士から引き離そうとすると
「待て! 今は、この芸子はワシらと話しているんだ! 邪魔するな」
そう言って、新政府軍の兵士は男性に殴りかかった。
男性は飛んできた拳を避けたが、その瞬間に 被っていた傘が外れて顔が出てしまう。
(あれ? 土方様……?)
「お前、新選組の土方……うっ……」
一瞬の出来事であった。
土方は、飛んできた拳を避けながら刀を抜いていたのだ。
“バン バン…… ” そして二発の銃声か鳴った。
その音は、拳銃で撃った花からの音である。
そして花は、残った新政府軍の兵士を睨み
「お前だな……晋太郎さんを殴ったヤツは……」
凄む花を見て、土方は黙って見ていた。
(また、弱い旦那がやられたのか……)
花は残った新政府軍の兵士の頭に拳銃を当て、武器を捨てさせる。
そして花が新政府軍の兵士を顎で誘導し、連れ去った。
「おい! この者を城に運べ!」
土方は、倒れている新政府軍の兵士を連れていけと町民に指示をし、
土方は花の後を追いかけていく。
花が向かったのは、人っ気のない山奥であった。
「どうする気だ?」 土方が花に聞く。
新政府軍の兵士は、花に縄で縛られ 猿轡をされていた。
「どうするも……決まっていますが?」
こう言って、花は新政府軍の兵士の縄を解き、服を脱がせて裸のまま木に縛り付けていく。
「さて……最後の言葉を聞きましょう」
花が新政府軍の兵士の猿轡を外すと
「助けてくれ……」 新政府軍の兵士は命乞いをしていた。
「ダメだ……貴様は一番 手に掛けてはいけない人に手を掛けた……」
そして、花は新政府軍の兵士から数メートル離れた場所で鉄砲を構える。
「おいっ!」 土方が花を止めようとする。
抵抗できない男を裸にして、鉄砲を撃つなど鬼の所業だと思ったからだ。
“バン バン……バンッ ” 花の鉄砲は五発の火を吹いた。
土方は目を閉じた。
そして……
「帰りましょう……」 花の言葉で、土方は目を開ける。
(あ、当たっていない……?) 土方の額に汗が流れる。
「この人への復讐は、これで終わりです。 尤も、寒さで凍死しないのが前提になりますけどね」
花はニコッと笑い、縛られたままの新政府軍の兵士を置いて去っていった。
「しかし、女一人で四人の男を相手に戦うなんて……どんな神経をしているんだ?」
土方は興奮して、帰り道に花に聞くと
「私は、いつも通りです。 晋太郎さんが危ない目にあったら救う……そして、二度と晋太郎さんに危険な目に合わせないようにするだけです……」
「それでは……お前が危険な目に合うだろう?」
「それは承知……ですけど、一年以上もそうしてきています」
「そうなのか?」
「それが…… “いつも、いつもの花なのです ”」
花は、真面目な顔をして土方に言うと
「……そうか、いい嫁を貰ったな……お前の旦那」
そう笑って、土方は城に戻っていった。
花も長屋に戻り、晋太郎の様子を見ていた。
濡れた手ぬぐいを晋太郎の顔に乗せ、ただ黙って晋太郎を見つめていた。
(晋太郎さん、仕返しをしておきましたよ……)
そこに若菜が田口の屋敷から戻ってきた。
「お早いですね、若菜さま……」 花がニコニコして出迎える。
「そりゃ、会津の人間ですから……」
そして夕飯の支度の時刻となり、若菜は忙しく動いていた。
会津の婦人隊も手伝いに集まる。
「さぁ、もうすぐ小田さまと多田さまが戻ってくるわよ」
少し、雪が解けてきた長屋の前には明るい雰囲気があった。




