第三十六話 春の訪れ
第三十六話 春の訪れ
三月になり、雪が残っているものの厳しい寒さは和らいできていた。
「あっ、雪割草が……」 花が雪をかき分け、小さなピンク色の花を見つめる。
「ようやく春も近づいてきたのね……」 若菜は洗濯物を干しに長屋の外に出てきた。
「これからお城?」
「はい」
花が晋太郎の分の支度をし、長屋を出る用意をしている。
「晋太郎さん、行きますよ」 花は晋太郎に声を掛け、城に向かった。
城に到着し、最初の仕事は雪かきである。
花も男性兵士と一緒に、雪かきをしていた。
「はぁ はぁ……」 花の息があがってきていく。
「花さん、息あがるのが早いですね……」
晋太郎が花の心配をしていると、
「大丈夫です」 花はツンとした態度で、晋太郎に背を向ける。
(まだ怒っているのかな……?) 晋太郎は先日の一件から、花が冷たくなっているのではないかと心配していた。
(確かに、根拠もないのに『夜鷹』扱いは酷かったよな……)
晋太郎は反省していた。
そして訓練の時間がやってくる。
花は、鉄砲で周囲からも絶賛される鉄砲士になっていた。
「あの女鉄砲士は何処の人なんだ?」 周囲から花を褒め称える声が出始めていて、
その日を境に “会津の女鉄砲士 ” と呼ばれるようになっていた。
そして、男の兵士たちは花に近づこうとする。
「儂らにも鉄砲を教えてもらえんか?」 その口実で、数少ない女を男たちが取り合う構図である。
「花さん……って……」 多田が大砲の訓練を終え、花を見かけるが沢山の男たちが花を取り巻く姿に驚いている。
(流石に見逃すと晋太郎君に悪いか……)
多田は、ため息をつきながら花の所へ向かった。
「すみません……私たちの仲間なので……」 多田が切り出すと、
「そうか……」 他の兵士たちは大人しく引き下がっていった。
「ありがとうございます」 花が頭をさげる。
「仕方ないよ……此処は男ばかりだから」
「晋太郎君の所に行こう!」 多田が気持ちを切り替えて花を誘導する。
晋太郎の所に向かった花は、晋太郎の訓練を見ていた。
(相変わらずだな……) 花はクスッと笑い、そのままの笑顔で晋太郎を見つめていた。
「この戦争が終わったら、俺たちはどうなるのかな……」 多田が春の空を見つめて言うと、
「どうなるんでしょうね……」 花も、この先の未来を考えだす。
「花さんは、晋太郎君と結婚するんだろ?」
「その予定ですが……」
「晋太郎君には頑張ってもらわないとね」 多田は、花の幸せを思って言ったのだが
「でも……アレですからね……」 花が晋太郎を指さす。
そこには全く使えず、やられてばかりの晋太郎がいた。
花と多田は苦笑いするだけであった。
そして訓練が終わり、長屋に戻ってきた花がキョロキョロとしている。
「おかえり、花さん」 鈴が声をかけてくると
「鈴ちゃん、良くなったの?」
「うん、もう大丈夫」
「ところで若菜さんは?」 花がキョロキョロとしていたのは若菜を探していたのだ。
「少し、出掛けてくるって……」
(ここ最近、一人で行くのが多いな……)
若菜が単独で、田口の屋敷に向かっていることは知っていた。
何か気になる花であった。
「さて、私も出掛けますね」 花が身支度を整え、出掛けようとすると
「花さん、いつも何処に行っているの?」 晋太郎は気になっていたことを話す。
すると、
“ ボフッ ” 晋太郎の顔に巾着を投げつけた花が、笑いながら
「夜鷹よ♡」 と、冗談を言ってみせる。
そうして、花は出掛けていった。
晋太郎は、しばらく頭を抱えていた。
それを見かねた鈴が話しかける。
「まさか晋太郎さん……本当に夜鷹だと思っているの?」
「まさかとは思うけど、何をしているのか気になるし……」
「……晋太郎さん、ついてきな」
鈴は、晋太郎を連れて田口の屋敷に向かった。
「ここは……?」
「花さんと、若菜さんが働いている所……」
「兵士の給金なんて安いでしょ? ここで若菜さんは女中、花さんは鉄砲の具合を見る仕事をしているのよ……」
これを聞いた晋太郎は、自身の情けなさが恥ずかしく思え
「うぅぅ……」 晋太郎が大粒の涙を流し、悔やんでいだ。
「……」 鈴は黙って晋太郎が泣く止むまで待っている。
“いたぞ…… ”
そこに新政府軍の兵が、晋太郎と鈴を取り囲む。
「まさか……?」 晋太郎が刀に手を掛ける。
「動くなよ……」 言葉が聞こえた瞬間に、晋太郎の頭に銃口が向けられた。
晋太郎が刀から手を離す。
新政府軍の兵士は四人…… 晋太郎の実力では勝ち目がない。
戦う意思を見せない晋太郎に、新政府軍の兵士は強気になった。
「なんだ? やらないのか? 小僧が」
すると新政府軍の兵士は、晋太郎を殴りだした。
「いやーっ!」 鈴の叫び声に、花が気づく。
「―あれは?」 花が見たものは、ボコボコに殴られている晋太郎の姿であった。
“バン バン ” と、二発の鉄砲の音がすると
新政府軍の兵士が二人倒れる。
田口の屋敷の二階から煙が出ていた。
「―花さん!」 鈴の叫びに反応して、花が新政府軍の兵士を撃っていた。
新政府軍の兵士は、応戦の前に花が撃った為に 二人しか残っておらず、残りの二人の兵士は走って逃げてしまった。
「―晋太郎さん」 花が走って晋太郎の元に駆け付ける。
「うぅぅ……情けない……」 晋太郎が小さな声を出すと、
「しっかりして!」 花は叫び続けた。
「ごめんなさい……私が連れてきたばかりに……」 鈴が泣き崩れる。
「これは……」 屋敷から田口と若菜も出てきた。
「早く手当を……」 田口が言うと、全員で晋太郎を屋敷の中に入れる。
「晋太郎さん……」 花の顔が蒼白になっていく。
「鈴ちゃん、若菜さん……晋太郎さんをお願いします……」
そして花の顔が鬼の形相になり、立ち上がると
「花……どうする気?」 若菜が心配して声をだすが
花は何も言わず、屋敷の外に出ていった。
花が田口の屋敷にある荷車を持ち出し、新政府軍の兵士を乗せ山の方へ向かっていく。
「こうなったら花を止められない…… 田口様、ご迷惑をおかけします……」 若菜は、田口に謝りながら晋太郎の看病を続けた。
「こうなったら……って?」 田口がオドオドし始めると
「花は、この晋太郎に危害を加える者は許せないんです。 そして、花の怖さや凄さも私たちは見て来ました……」
「そうなると、新政府軍の兵士は……?」 田口が息を飲むと
「はい。 そうなります……」 若菜はため息をついた。
それから一時間ほどで、花が戻ってくると
「田口様……申し訳ございません。 主人の仇、取ってきます……」
「そこで、ミニエー銃を譲っていただけませんか?」
花の真剣な眼差しに、田口は負けた。
「なら貸してやる。 そして、自分の手で返しにきなさい」 田口はニコッと微笑み、工場に向かう。
(返しに来いとは、死ぬなと同義だ。 必ず……)
花は拳に力を込めて田口に頭を下げた。
花は、晋太郎を襲った兵士から隊の場所を聞きだしていた。
そして、その場所に一人で向かっていく。
(結構、歩いたな……)
五稜郭から南西に歩き、新政府軍の駐留地に向かっていた。
「女が、こんな夜道に感心せんな……」
突然、花に声を掛けてきたのは男の声である。
花が驚き、振り返ると
「―土方様……」
「どうして、ここに居る?」 土方が、花の恰好をジロジロ見て話し始める。
「それに、鉄砲を持って……先手を打つのか? 軍の指令なしに?」
「すみません……主人の仇を……」 花の目が鋭くなる。
「死んだのか?」
「いえ、顔が倍くらいになってしまって……」
土方はため息をつき、
「とにかく勝手な真似はやめろ!」 強く花に指示をすると
「なりません……」 ここは誰であろうと、退かないのが花である。
「「なりません」じゃないだろ……貴様、だいたいな……」
「しっ!」 土方の言葉を遮り、花が辺りを見回す。
「おい、聞いているのか!」 土方が語気を強めた時、
”バン バン…… “
花の鉄砲が火を吹いた。
「ぎゃー」 と声がすると
「まさか……?」 土方がキョトンとする。
「いましたよ。 敵軍……」 花の行動に、土方は目を丸くしていた。
「とりあえず、戻れ!」 土方が花の手を引き、城まで退却する。
「女のクセに……」
「また、女と言った……」
花は土方の言い方が、どうしても気に食わなかった。
「私も兵士で来ています。 女と見下すのは止めてもらえますか」
花の言葉で、土方は黙ってしまう。
「私の主人が、新政府軍の四人に殴られていました。 これの仇を取るのが妻の役目です」
土方は、ただ聞くだけになっていたが
(普通、妻に何かあったら夫が出るんじゃなかったか……?)
土方は密かに思っていた。
「まぁいいです……帰ります」
そうして花は、田口の屋敷に戻っていく。
「晋太郎さん……」 花は、晋太郎の腫れた顔を撫でていた。
「この後、どうするんだね?」 田口が心配そうに花に聞くと
「とにかく長屋に戻します」 そう言って花は晋太郎を担ぎ、長屋に戻っていった。
「また、やられたのか……」 多田は呆れていた。
「そんな事、言わないで」
「そうですよ! 晋太郎さんも頑張ってたのですから……」
鈴が晋太郎を庇いつつ、膝枕をしていると
「庇ってくれるのは良いけど……ソレ、何とかならない?」
花の言う『ソレ』とは、膝枕をしながら晋太郎の顔に胸を乗せていることであった。
そして春、新しいことの訪れでもある……
「えーっ!? 結婚……?」
内緒にしていた事があった。 若菜は田口にプロポーズをされていたのだ。
「一応、戦争が終わるまでは会津の者……それからは、考えるわ」
そんな若菜の顔は嬉しそうであった。




