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第三十五話 女の意地

第三十五話    女の意地



一八六九年 二月下旬

 箱館は雪景色である。 小さい火鉢に数名で暖をとり、寒さをしのいでいた。



 「今日から晋太郎さんも、城で演習に参加できますね♪」

 長屋の外で木刀を振り、身体を慣らしている晋太郎に話しかける鈴。



 「はい。 みなさんに助けていただいた分、しっかり働いてきます」



 「工藤様、城の給金きゅうきんは高くはございません……ゆえに、会津を守る為、存分に働きくださいませ……」


 少し言い方はキツイが、しっかり者の若菜が会津の兵をまとめていた。


「そういえば花さんは……? 最近、あまり見かけませんが……」


晋太郎には、花が別で働いている事を言っていなかったのだ。




         ●

 花は、田口の屋敷に来ている。


「結構な数の間者が来ますね……」 花が、ため息交じりの言葉を田口に向けると


「こんな商売だからね……」 田口は慣れっこのようである。


 若菜に比べ、花の仕事の方が需要と賃金は高い。 屋敷の中には今田姉妹が働いているからだ。



「そろそろ戻ります……今日は主人が怪我から回復し、城に行きますので」


「そうか、また来ておくれ……」 田口は優しく見送った。



急いで花は長屋に戻っていく。 わらの長靴が濡れて気持ち悪く、冷たくなった足で一生懸命に走った。



 「―戻りました」 花は息を切らし、長屋に戻ってくる。


 そして、慌てて支度をする。



 「では、行きましょう! 晋太郎さん」

 花が晋太郎に手を差し出すと、花の手を握ったのが……


 「――小田さん?」

 なぜか小田が花の手を握った。


 慌てて花は手を引っこ抜き、ブンブンと振ると


 「―何をするんですか?」 花が動揺しながら声を荒げる。



「あはは……すまぬ、つい……」 小田は笑って誤魔化した。


(最近、長屋に居ないが何をしているんだ……? あの手の冷たさでは、相当な時間 外に出ていたに違いあるまい……)


慣れない環境と寒さで、女子たちには苦労をさせている事に気づいている小田には、笑いで誤魔化すしか方法が無かった。



そして、箱館 五稜郭。


ここには作戦があった。


五稜郭の地形は星形である。 星形の先端場所には見張り台があり、そこから敵を監視し隙を見せぬ形となっていた。



そして演習として、鉄砲、大砲、刀の部隊に分かれる。

晋太郎と小田は刀、多田は大砲の部隊に配属された。



花は、五稜郭をウロウロしていた。 鉄砲部隊を志願したのだが、 “女子に戦が出来るか!? ” と、言い出す者がいた為に無所属となっている。



「おい、女……何をウロウロしている?」 


「―すみません……って、貴方は……」 花が驚き、相手を見ると土方であった。


「船、以来だな……息災そくさいだったか?」 

「はい、おかげさまで……」 花は、土方が大物だと知ってからは恐縮していた。



「主人は何処だ?」 

「あそこ……刀の部隊です」

(凄いな……船で主人と言ったことを覚えてたのか……確か、副長は人望があるって多田さんが言ってたもんな……)


「なんか、子供みたいじゃないか?」 土方は驚きを隠せなかった。


「十七です……」 

「まだ、子供だったか……それで主人って……?」

「まぁまぁ」 花は苦笑いするしかなかった。


「それより、私も鉄砲の訓練をしたいのですが……」 花が言いだすと、土方が目を丸くする。


「女なのに鉄砲だと……?」

「はい……一応、撃ってきましたので……」 花は淡々と答えていく。



「来い……」 土方は、花を鉄砲の部隊に連れていき



「撃ってみろ」 

鉄砲部隊の一人が、花に鉄砲を渡すと



『バン バン』 花は的を撃ち抜き、周りは唖然とした。


「女……どこで習ったんだ?」 土方が驚き、花に聞くと


「さっきから、女って……私の名前は 近藤 花です」

プイッと顔を横に背ける。



「すまんな……」 


「二度と『女』……とか言わないでくださいね」

そして、花はクスッと笑った。



そして演習が終わり、待っていたのは “雪かき ” である。


(これが一番 こたえる……) まだ二月、雪は当たり前のように降ってくる。 その度に雪かきをしなければならないのだ。



(こっちの雪って、会津の雪とは違い、サラサラしているんだな……)

花は足腰を痛めながらも、雪かきをしていく。



そして夕方、長屋に戻ってくると


「花……お米を買ってきてくれる?」 若菜が長屋の外で待っていた。


「えっ?」 花は足腰がクタクタで、若菜の追い打ちに焦っている。



「鈴ちゃんとか……は?」 額に汗をにじませ、回避しようと必死な花だが



「鈴は、雪で転んで怪我をしたのよ……」


(どーせ、胸が邪魔で足元が見えなかったんだろうな……)

仕方なく、花は城下へ向かい、米を買いに向かった。



城下の店に行き、米を注文しようと

「あの、すみませ……んっ?」 言いかけた時に田口の姿が目に入る。



田口の後ろには、見知らぬ男たちが後を付けていた。

(またかよ……) ため息をつき、田口の後ろを付けている男の背後に立つ。



「おい……」 花が声を出すと、男たちは逃げていった。



「あれ? 近藤さん……」 田口が花の存在に気づくと


「また、後を付けられていましたよ……一人で出歩かない方がいいのでは?」

田口は頭を掻いて、恥ずかしそうにしていた。



「すまんね……」 田口はお礼にと、米一俵を長屋に頼んでくれた。


「ここまでして頂いて……」 若菜が米の多さに感動している。



その後、城の演習の終わりには田口の屋敷へ頻繁に顔を出す。 そこには若菜も一緒であった。



そんな事が続くと、会津の部隊に問題が生じることになっていく。



「近頃、花と若菜は何処に行っているんだ? 夜まで帰ってこない日もあるじゃないか……」

小田が真剣な顔をして、花と若菜に詰め寄る。



(田口の事は言えない……確かに金や食料を提供してくれてはいるが、武器の製造の仕事は……必ずしも幕府の味方とは言い切れないし……)


花と若菜は押し黙ったままだ。


「何故に言えないんだ? 言えない事をしているのか?」 小田の語気が強くなると


「それは……その……」


「米が大量に来たり、金も給金以上になっている…… まさかとは思うが、『夜鷹よたか』とかしていないだろうな……」  ※夜鷹とは、現代の売春である



「――何故に!?」 この言葉に、花と若菜は驚いていた。 まさか、同郷の者に そんな疑いを掛けられた事にショックを受ける。



「小田さま、言葉が過ぎますぞ……」 多田が小田に注意をするが、花と若菜の怒りは収まらなかった。


「多田さまも思ってらっしゃるのですか?」 若菜が厳しい口調で言うと


「いや、思いたくはないが……」 多田も、ここから先の言葉が出なかった。


 若菜は、着物を強く握りしめる。



「……晋太郎さんも、そう思っているのですね……」

花の声は震えていた。



「……」 晋太郎は言葉が出なかった。


 「―もういい!」 花は長屋を飛び出していった。

 「花さん!」 慌てて晋太郎が花を追いかける。



 「少し、休ませてください……」 若菜も長屋の女性の部屋に戻っていく。



「花さん、待って……」 追いかけた晋太郎だが、まだ体力が戻っておらず、花を見失ってしまった。



 (晋太郎さんの馬鹿……) 泣きながら走った花は、田口の屋敷に来ていた。



 「どうしたの……? こんなに泣いて……」 今田姉妹が、花に手ぬぐいを渡し


 「このままじゃ風邪をひくわ……お風呂に入りなさい」

 佐江が、花を風呂場まで連れていく。



 しばらくすると、花が風呂から出てきた。 そして今田姉妹は何も言わず、寝室に案内をする。


「ありがとうございます」 花は一言だけ言い、布団で横になった。

その夜、花は布団で泣いて朝を迎えていく。



その日から花は昨日の嫌な事を忘れようと、田口の屋敷で働いた。



「……」 それを見ていた今田姉妹も、花の痛々しい様子に声を掛けられないでいる。


 田口は、傷心の花を優しくフォローするように仕事を与え続けていく。



そして数日が経つと、


「失礼します……」 田口の屋敷に来たのは若菜である。


若菜は今田姉妹に経緯いきさつを話すと、


「なんてこと……」 二人は、花と若菜に同情している。



すると、花が若菜の前に顔を出す。

「花……戻ろう……」 若菜が弱々しい声で花に言うと、


「申し訳ありませんが……」 花は拒んだ。



「正直に話そうよ……そして会津のみんなで……」 若菜の言葉に花がピクッと反応する。



「会津のみんな? その会津のみんなが、私たちを疑ったんですよ!」

花は大声で若菜に怒鳴った。 その瞬間に、若菜は驚きで言葉を失う。



「ですから、私は戻りません……若菜さまだけ、お戻りください」

花は若菜に背を向け、部屋に戻ろうとすると



「もう大丈夫だから……帰ろうよ……」 若菜は泣いてしまった。


若菜に背を向けていた花も、涙を流し始め



「戻りません! 私にも、女の意地がございます!」



花の涙が頬を伝う。

それを見て、若菜は号泣しながら田口の屋敷から出て行った。



それから花も部屋に戻り、ただ泣き崩れていた。



「……」 心配そうに、襖の外から今田姉妹が立っていると


そこに田口が現れ、首を振る。 すると今田姉妹も花の部屋から離れ、仕事に戻っていった。



その翌日、スッキリした花が田口に声を掛ける。


「昨日は、すみませんでした……頑張って働きますので、どうか……」

花は田口に頭を下げた。



「食事にしよう……」 田口がニコニコして誘う。



居間に通されると、若菜が来ていた。


今日は働いているらしい。 若菜はテーブルに皿を並べていた。


「若菜さま……」

「おはよう……花。 私も意地があるからね……」 若菜は、花にウインクをして笑って見せると



「クスッ」 花は、いつもの花の顔になっていった。



そして、田口の屋敷での仕事は続いた。

若菜も長屋には戻らず、今田姉妹と一緒に働いていたのである。



「この部分の重心を重くした方が、精度が高くなりそうです……」 

花も工場で鉄砲の改良の仕事にはげんだ。



そして、長屋に戻らなくなり 二週間が経った頃



「そろそろ、長屋に顔を出しなさい……」 田口がニコニコして話し出すと、


「はい……」 花の感情を見計らい、言葉を出した田口に感謝をして長屋に戻っていく。




そして……


「すまん、花……」 小田、多田、晋太郎の三人は花に土下座をしていた。

後から若菜が説明をしていたそうだ。



「……」 花は無言で、汚物を見るかのような目で三人を見ている。


「二度と女を甘く見ないことですね!」

若菜の言葉に、さらに深く頭を下げた三人であった。









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