第三十三話 北の洗礼
第三十三話 北の洗礼
蝦夷に着いた初日、五稜郭で戦の説明と宿の割り振りがあった。
花たち会津の部隊には、五稜郭の外の長屋の二室を貸し与えられ、そこで生活をすることになる。
冬の蝦夷の寒さは大変なものである。
長屋に暖房器具は小さな火鉢がひとつ。 大体の時間は布団で身を包み、寒さに耐えていくこととなっていくのだ。
「寒い……」 花たちはブルブルと震えていた。
長屋の部屋割りとして、男女で別れている。 ただ、花が晋太郎と違う部屋は納得がいかないらしい。
「―なんで、私が晋太郎さんと別の部屋なの? ありえません!」
と騒いだ為に、花が男の部屋で暮らすこととなる。
多田が炭を入れて火力を上げるも、たいした室温にはならなかった。
(これじゃ晋太郎さんが寒さで凍死してしまう……) 花は布団から出て、部屋から外へ走っていく。
「花さん、何処に行ったんだろう?」 小田は晋太郎に聞いたが、晋太郎は首を横に振っていた。
しばらくの時間が過ぎ、花が長屋に戻ってきた。
「お待たせ~♪」 と、上機嫌な花は沢山の小枝を抱えている。
「花さん? 何をする気ですか?」 多田は半分、信じられないことが起きるのではないかと確認をすると
「見てて。 ほら!」 花は拾ってきた小枝を火鉢の中に投入してしまった。
「うわ~ やっぱり…… 花さん、ダメですよ!」 多田が花に注意している間に小枝に火がついてしまう。
すると小枝が燃え出し、もの凄い煙が部屋中に広がっていった。
「早く消せ! ゴホッ ゴホッ……」 多田は苦しそうに言ったが、全員が咳き込んでいて大変な状態になっていく。
隣の部屋では 「なんか臭くない? 隣、うるさいし……」 婦人隊が話しはじめる。
「―もしかして火事?」 鈴が言い出し、すると婦人隊は、慌てて長屋の外に避難した。
小田と多田は玄関と窓を開けて煙を逃がし、晋太郎を抱えて長屋の外に出てきた。
すると、同じ長屋の住民から苦情が入る。
「―何やってるんだよ。 火事にするんじゃねーぞ!」 と叱られてしまった。
「すみません……」 多田と小田はアチコチに頭を下げて謝る。
「花さん……」 小田と多田は、花を睨んだ。
花は、顔を逸らしながら 「炭って木でしょ?」 と簡単に言ってしまった。
(あぁ……そのあたりは女の子なんだな……) と多田は愕然としてしまう。
「確かに木ですが、そこから製造するので別物ですよ。 もうやらないでくださいね!」 多田は花に念を押す。
いじけた花に鈴と目が合う。
「花さん……戦は凄いけど、家庭的じゃないんじゃないですか~?」
鈴がニヤニヤしながら花を見ると
(コイツ……) 花は拳を震わせていた。
そして婦人隊は花の行動を見て、家庭的になろうと決めた瞬間でもあった。
翌日、寄せ集めの兵士たちの仕事を授かる。
それは雪かきである。 長屋の前から城に続く道の雪をかき、通りやすくするものである。
花たちは、両手に息を吹きかけて雪かきをしていた。
木製のスコップは頑丈なものではなく、苦労しながらでも雪を道の横に積み重ねていく。
(重いし、腕が疲れてきた。 会津だと兵士がやっていたから、自分の家のだけで良かったのに……)
会津の兵士は、早くも北の大地の洗礼を受けてしまった。
朝の雪かきが終わると、婦人隊は食事の準備に取り掛かるが、
「あれ? 具材が足りないかも……」 婦人隊の一人が言い出す。
「どうしました?」 花がヒョコッと顔を出すと
「この鍋……具材、少ないわよね~?」 婦人隊の一人は鍋を見つめながら悩んでいる。
「この近くって、店とかあるんですかね? うちの実家みたいな……」
花の実家は、現代のスーパーマーケットのような店であった。
「どうだろう……花さん、鈴ちゃんと買い出しを頼めるかしら?」
婦人隊は料理や掃除などで忙しいため、戦闘部隊? の花は買い物を頼んだ。
「寒い……」 花と鈴は震えながら店を探しにいく。
しばらく歩くと鈴は人の行列を見つけると
「花さん、あれ何だろう……?」 鈴は人の行列を見つけ、指さす。
「―行ってみよう」 花と鈴は早歩きで行列に向かっていったが……
『―ステンッ』 と、見事に二人で転んでしまった。
「いたたたっ……」 二人とも、尻や背中を打ってしまった。
「もう……痛いし、服も濡れて冷たいし……」 鈴が半泣きになっている。
「泣いている場合じゃないわ。 早く並ばないと……」 花は気を取りなおして行列の最後尾に並んだ。
しかし、並んだのは良いが何の店に並んでいるのか花たちは知らなかった。
順番が進むにつれ、店の中が見えてくると
「酒屋……?」 花たちは目を丸くした。
実際に寒い時期に酒で身体を温めることは聞いてはいたが、まだ花たちは酒を飲むことはなく、無駄に並んで時間を使ってしまった。
「お~ん……」 花たちは半泣きで行列から離脱し、周辺をキョロキョロしていた。
「どうする……?」 周辺には目的に店はなく、落ち込んでいる。
そのとき、一人の商人らしき男性が花たちの方へ向かって来ては通り過ぎていく。
「クンクン……この匂い……火薬?」 花は、そっと通り過ぎていった男性の後をついていく。
「どうしたの?花さん?」 鈴が小さい声で花に話しかけると、
「しっ!」 花は口に人差し指を縦にあてる。
花たちは男性の尾行を続け、男性の自宅らしき場所まで辿り着いていた。
「―デカい家だな……」 男性が入っていった家は、とても大きく立派であった。
「せっかくだから行こう!」 花は男性の家に行き、声を掛ける。
花は物怖じせず、グイグイと行ってしまう性格である。
「すみません。 お尋ねしますが……」 花が男性に切り出すと
「この辺に鍋の具材を売っている店を知りませんか?」 まずは怪しまれないように、店探しの会話から始める。
男性は少し考え、城下まで戻ると店があると話してくれた。
「あの、凄く大きいお家ですが何かの商売をなさっているのですか?」 花は興味を男性にぶつけると
「ちょっと花さん……」 鈴は花の袖を引っ張り、止めようとしていた。
「すみません。 私たち、会津から来たもので知らなくてつい……」
花は恐縮しながらも聞いていた。
「あぁ、そうなんだね……ここは火薬などを扱っていて、鉄砲の弾などを作り、売っているんだよ」 男性はニコッとして答えてくれた。
「しかし、女の子が知らない土地に来て大変だね~。 外は寒いから中に入りなさい」
そう言って男性は、花たちを家の中に招き入れてくれたのである。
そして花たちは家の中に入り、温かいお茶と残り物ではあるが、食事を出してくれた。
「……モグモグ」 花と鈴の勢いよく食べる姿に、男性はニコニコして見つめていた。
「すみません。 食事までいただいてしまって……」 花はしっかり食べた後に恐縮し、男性に謝っている。
「いいんですよ。 私は田口三郎といいます。 そちらさんは?」 田口は笑顔を崩さずに話してくれている。
「私は近藤 花です」 「私は春野 鈴です」 と名乗った。
花は驚いていた。 (―鈴は知っていたけど、春野 鈴なんだ……初めて知ったわ)
何回も登場していたが、苗字を出したのは初めてだった。
「それで、鉄砲の弾とかを見てみたいのですが……良いでしょうか?」
花が田口にお願いをすると
「構わないけど……鉄砲に興味があるのかい?」 田口は面食らったように目を丸くしている。
そして蔵に行き、鉄砲の弾を見せてもらう。
「凄い数ですね……」 花は驚きを隠せなかった。
「戦だと大量の弾を使うからね。 ここで作って、城に運んでいくのさ」
田口はニコニコして教えてくれた。
「実は、コレの弾ってありますか?」 花は懐から拳銃を取り出して田口に見せると
「これか……少し待っててな」 田口は蔵の奥に行ってしまった。
しばらくして田口は箱を持って現れた。
「これがそうだね。 どれ、裏で試してみるかい?」
田口の申し出に、花が頷く。
田口の屋敷の裏は射撃も出来るようになっていた。
花は拳銃や鉄砲を並べ、実際に撃つこととする。
(女の子が鉄砲に興味なんて……危ないから一回撃ったら腰を抜かすだろう……) 田口は、女の子に鉄砲なんか撃てまいと思っていた。
『バン バン……』 と発砲音が鳴った。
花が撃った弾は的に命中させていく。
「よし……次は拳銃」 花は自分で持っていた拳銃を取り出し撃つと、
これも綺麗に的を貫いたのである。
(なんて子だ……反動で腰を抜かすと思ったのに、臆することなく撃った……それも、かなり上手い……) 田口は、花の能力に唖然としていた。
「いやいや~驚いたよ。 こんなに上手に鉄砲を扱うなんて……良かったら私の元で仕事をしないか? 金は出すよ」
田口は花の射撃の腕を絶賛し、雇いたいと申し出ていたのである。
花と鈴は田口に現状を説明し、丁重に断りを申し出たが、田口は納得しなかった。
「とにかく、今回は申し訳ありません……あと、お食事ありがとうございました」 花は丁重に断り、田口の家を出た。
去っていく花と鈴を、窓から田口が見ている。
(なんとか、あの娘を……)
花と鈴は城下まで戻り、食材探しの続きに向かった。
(だいぶ時間掛かったな……)
そして、ようやく食材を売っている店を見つけると
「これと、これ。 それもください……」 花は急いで買い物を済ませ、長屋に戻ってきたが……
「遅い! 何時間かかったのよ!?」
怒鳴ったのは、残った婦女隊の最年長である 若菜 陽子である。
最年長と言っても、まだ二十四歳だ。
「すいません……」 花と鈴は謝るしかなかった。
「とにかく食事にしましょう……具材、持ってきて!」 若菜の言葉に従い、鈴が台所まで食材を持っていった。
そして若菜の作った鍋を、会津の兵士で囲む。
そして、食後……
「―冷たい……手が痛い……」 花は、長屋の前で皿洗いをしていた。
すると、田口が現れ、
「お嬢ちゃん、探したよ……そんな寒い事をしてたんじゃ、身体に悪いよ。 ウチでなら温かくしていられるよ……」
田口は、花の事を諦めきれず探していたようだ。
「いえ……私には仕事がありますので……」 花が断ると、
「仕事? お嬢ちゃんは、どんな仕事をしているんだい?」
「それは……」
「コレです……」 ピッタリのタイミングで晋太郎は、花の手伝いをしようと長屋の外に出てくる。
そして花は晋太郎の襟を掴んで、猫をつまむように田口に見せる。
「コレって……」
「だから、コレ……の妻をしておりまして……」 花が少し恥ずかしそうに説明をすると
「そうか……主婦だったのか……」 田口はニコニコしていた。
「だから、その……そんな時間がなくて……」
「旦那さんは城に行くんだろ? その時間だけでも働いてくれないか?」
田口は必死だ。
そこに若菜が長屋から出てきた。
「―花、まだ皿を洗っているの? って…… どちら様?」
田口は礼をする。
「私は、近くで商売をしている田口と言います。 近藤さんに、仕事のお誘いに来たんだが……」 田口が若菜に説明をすると
「あぁ……ただ、会津の兵士の世話をしないといけないので……」
若菜も、やんわりと断りを入れるが……
「貴女が一番のお姉さんになるのかな? なら、近藤さんにも言ってくれないだろうか?」
「いや……その……どんなお仕事なのでしょうか?」 若菜は “聞くだけ聞いてみよう ” と、思った。
「主に、私の身の回りと……」 田口が言い出したところで、若菜が声を被せる。
「身の回りって、花は絶望的ですよ! 無理です!」
若菜は自身の事ではないが、田口を思っての返事をしている。
(絶望的って……) 花は、苦笑いするしかなかった。
「ならば、私も行きましょう……二人分、大丈夫ですよね?」
若菜は、兵士の安い給金を補うために志願すると
「はい。 では、行きましょう……」 田口は、花と若菜を連れていった。




