第三十一話 越冬
第三十一話 越冬
会津が敗れ、一か月が経つ頃には花たちは越後に入ろうとしていた。
十一月も中旬、寒さとの戦いにもなってきていたが、幸いな事に鈴は自分で歩けるほどに回復している。
ただ、晋太郎は荷車の上で横になっている状態であり
「晋太郎さん、如何ですか?」 花は、一日に何十回も晋太郎に聞いていた。
「う、うん……」 晋太郎の返事は微妙で、
「まだ痛い?」 花は心配で仕方なかった。
そうして越後に入り、寒さを感じる季節になっていた。
「なんか、着る物が欲しいですね……」 鈴が身をよじるようにして言うと、
「なんとか服を探そう。 安くても、重ねれば寒さは凌げる」 小田は、雪が降る前に防寒対策を考えていた。
小田たちは宿場を見つけ、宿に入る。
これから先も長く、お金もかかるため一部屋を借りて大人数で夜を過ごした。
「畳とは有り難い……ずっと野宿だったからな」 兵士たちは疲れた身体を休める中、
「私は風呂を頂きます」 花と婦人隊は温泉に向かった。
しばらくすると花が部屋に戻ってくる。
「花さん、どうしました?」 多田は驚いたように花を見ると
「あの……晋太郎さんを風呂に入れてあげたいのですが……」
花は申し訳なさそうな顔で、多田に晋太郎を風呂場に運んでほしいと言う。
多田は頷き、数人で晋太郎を運び、風呂に入れる。
「あの……私、晋太郎さんを温めたいし、その……人払いをお願いしたいのですが……」 花はそっと服を肩から脱ごうとした。
「それは抜け駆けと言うヤツですね……」 そこには鈴が腕を組んで立ちはだかっている。
「うぐっ……」 花は奥歯を噛みしめ
(なんでコイツが先に元気になるんだよ……)
少し、人間性に問題のある花である。
「それなら私たちも……」
「―どういう事ですか?」 花はムキになって、鈴や婦人隊の人たちに食って掛かった。
「その……せっかくなら私たちもお風呂に入りたいし……」 婦人隊の一人が言った。
「―だったら、後から入ればいいじゃないですか」
花は、何としてでも晋太郎との入浴を避けたかった。
「私は、晋太郎さんと入りたいです」 鈴も引く気はないようだ。
「やれやれ……なら、女子全員と晋太郎君が入ればいいじゃないですか?」
多田は女子たちをたしなめた。
夜は冷えてきている。
このまま言い争いをしても時間だけが過ぎてしまい、晋太郎の身体も良くならないので花は折れた。
「晋太郎さんに変なことをしないでくださいね……」
花はプイッと後ろを向き、女子全員で晋太郎の入浴を介助することになった。
花を中心に晋太郎は身体を温め、ゆっくり癒すこととなる。
月明りの下、多田には理解できなかった。
「どうして晋太郎君は女子から人気があるんだい?」
多田は小田に話している。
「さぁ……」 小田も不思議に思っていたが、思い当たるフシもあった。
それは、花が側に居ることで事件を解決したり、戦にも有利に働いていた為、不思議と晋太郎の手柄になっていたことがあった。
(しかし、何故に晋太郎なんだ?) これが誰でも思うところである。
花は晋太郎の入浴をさせている。
「晋太郎さん、温かい? ゆっくり身体を癒してね」
花の目は母親のような優しさが溢れている。
しかし……花には、鈴や婦人隊がとにかく邪魔でならない。
(せっかく初めての混浴が台無しじゃないか……) 花は不機嫌な顔になっていた。
温泉で血行が良くなったのか、晋太郎の苦しそうな顔が少し穏やかになってくると
「花さん……僕、また みんなの役にたてますか?」
晋太郎の言葉は、か細いながらも勇気の出る言葉であった。
「もちろんです。 晋太郎さんが居るからこそ私も頑張れたのです。」
花は、目に涙を溢れさせ強く晋太郎を抱きしめる。
すると横から鈴が顔を覗かせ
「私も頑張りましたよ。 晋太郎さんも、もう少しです」 と、励ます。
「はい」 晋太郎は、微笑みながら言葉少なく応えた。
「あまり長湯は身体にも障りましょう。 ここらで……」 婦人隊は晋太郎の身体を湯舟から引き出そうと抱える。
「―ちょい ちょい!」 ここで花がストップをかけた。
婦人隊はキョトンとしていた。
「何故に裸で、晋太郎さんに密着しているのかしら?」 花の顔が引きつっている。
「それは……普通じゃないかと……」 婦人隊も反論していると
花がチョンチョンと指さす。
そこには横から晋太郎を抱え、大きい胸を晋太郎の顔に押し付けている鈴の姿があった。
一同が鈴に視線が向けると
「―あっ……」 鈴が白々しく、驚いた様子を見せる。
花はプルプルと拳を震わせて 「そこ、替われ……」 と、言いながら鈴を睨む。
「はい……」 鈴は震えながら返事をする。
そして鈴と持ち場を替えた花は、鈴と同じように横から晋太郎を抱えたが
「……」 それは、花の胸では晋太郎の顔まで届かなく、声が出なかった。
婦人隊のメンバーは笑いを堪えていた。
花の顔が真っ赤になり、視界に入った鈴の顔が勝者の笑みに映る。
「後は任せます……」 落胆した花は婦人隊に晋太郎を任せ、足早に脱衣所に向かってしまった。
花は着替えを済ませ、冷たい風を浴びていた。
そこに多田がやってきて、花の前に立つと
「花さん、本当に箱館に向かいますか?」 多田は改めての確認をしに来ていた。
「そのつもりですが、どうして?」
「いいえ。 特に異論はありません……ただ、晋太郎くんのことです。 長旅に耐え切れるかが心配になりまして……」
多田が気にしていたのは晋太郎のことであった。
それは花も分かっていた。
(確かに、今の晋太郎さんはお荷物だ。 戦うどころか歩けもしない……移動するにしても、時間が掛かりすぎる……)
花は顔を下に向けたままであった。
「すみません……これは私だけの満足かもしれません。 でも、私は晋太郎さんを残して行くことは出来ません……」 花は下を向いたまま涙を流す。
「……」 多田は花の涙を見て、この先の言葉が出てこなかった。
「もし、晋太郎さんが邪魔と思うなら言ってください。 私たちは二人で別行動いたしますので……」
花は、ギュッと太ももの部分の着物を強く握った。
「邪魔なんて言いませんよ。 白河から花さんと一緒に居る私は、どれだけ心強かったか……晋太郎くんは別として、私は花さんが好きです」
多田は言ってしまった。
「ありがとうございます……もったいない お言葉です」
花は立ち上がり、多田に頭を下げた。
多田は照れくさそうにしていた。
「さあ、ここからが本題です」 多田の表情が一変して真面目な顔になる。
「先程聞いたのですが、明日は港に船が来ます。 それが箱館に向かう船です。 同盟国から兵を集結させる為の船になります。 いかがされますか?」
多田は花に意見を求めた。
「小田さんには話されましたか?」
「いえ、まだ話していません」
「何故、先に私の意見を求めたのですか?」 花は不自然だと思った。
今、この部隊を率いているのは小田である。 それなのに花の意見を先に聞く不自然さに勘ぐってしまう花であった。
「もう一度、聞きます。 何故、小田さんではなく私に意見を求めたのですか?」 花は、多田の目を正面から見つめる。
「それは……私が間者への内通を疑っているからです。 この中の誰かが間者への内通があるのではないかと思っているのです」
多田の言葉は、新しい火種を作るような言葉であった。
「それが小田さんだと思っているのですね?」 花が多田に確かめる。
「確証はありませんが、少し……」 多田は言葉を濁し始めた。
「……」 花は、多田の次の言葉を待っている。
そして多田は言葉を探すのに必死だった。
「それでは私の意見としては、晋太郎さんが越後の冬を越すことは至難の業です。 故に船に乗りたいと思っています」 花は、キッパリと言い切る。
「わかりました。 それでは港に行き、手続きをしてきます」
多田は一礼をして花から離れていった。
それを見送る花の顔は厳しかった。
婦人隊は、晋太郎を宿に戻したことを花に伝えにくる。
「ありがとうございます。 晋太郎さんはどうですか?」 花の心配は晋太郎であった。
「はい。 温まり、良い表情かと……」 婦人隊の言葉は、花の心を安らかにするものであった。
「引き続き、よろしくお願いいたします」 花は婦人隊に感謝していた。
(誰が、何のために部隊を引き裂こうとしているの?) 花の心配が、またひとつ増えていく。
そして花は色々と考えていたが確証が得られず、憶測だけのこととなっていた。
「遅くなりました……交代します」 花は晋太郎の面倒を看る為、婦人隊と交代をする。
夜も更けていく頃、外から小さな音がする。
花はそっと晋太郎を起こさないように立ち上がり、外の様子を窓から伺う。
(あれは……?) 花が窓から見た様子は、多田が男性二人と話しているところだった。
(ふーん…… 間者と接触していたのは多田さんでしたか……) 花は覚悟を決め、多田が戻ってくるのを待った。
花はチラッと小田を見たが、体力回復の為かスヤスヤと眠っている。
(何人も眠っている中で騒ぎはマズいか……)
花は衣服を直し、多田がいる外へ出ていった。
「そこで何をしているのですか?」 花は、多田に拳銃を向けて話し出す。
「これは……」 多田は驚き、花の方を向いた。
「そこの二人も動かないでください」 花は、三人の男性にもひるむことなく距離を縮めると
「おっ? 嬢ちゃんか?」 多田と密会していた男性の一人が声を出す。
「……?」 花は男性を気づいていなかったが、男性は前に出て花に近づいた。
「お~ それ、大事に使ってくれていたんだな~」 男性が嬉しそうに花の拳銃を見ていた。
「あなたたちは……」 花はハッした。 男性二人組を思い出した。
会津で花に拳銃や鉄砲を与え、教えてくれた古民家の二人組であった。
「村田さん、木田さん……まさか、こんな場所で……」
花は感激で目から涙が溢れ出た。
「久しぶりだな、花…… 元気そうで何よりだ。 母さんは元気か?」
二人組は花との再会を懐かしみ、笑顔になっていく。
「白木様は、元気でいらっしゃいますか?」
「あぁ 元気だよ……」
そんな数か月しか離れていなかったのが嘘のように、古い友人との再会のような感じがしていたが、花は真面目な顔になった。
「それで多田さん、どうして二人と密会していたのですか?」 花は、多田に問いただした。
「船の予約だよ。 それと武器の輸送も頼んだのだよ」 二人組の村田は明るい声で答えてくれた。
ホッとした花は、大きく息を吐く。
「それと……コレを白虎隊の倅に飲ませてやれ。 薬だからよ」
木田は、花に晋太郎の薬を手渡すと
「ありがとうございます……本当にありがとうございます……」
花は膝から崩れ、泣いていた。
「じゃ、箱館でも元気でな」 そう言って二人は去っていった。
花と多田は部屋に戻りながら話しをした。
「どうして、間者との密会の話しをされたのですか?」
花は静かな口調で聞くと
「それは、危機感を持つためです。 いい意味でも悪い意味でも……会津の人は団結し過ぎています。 小さな綻びを見る癖が必要だからです」
多田はもっともな説明をしていた。
「ありがとうございます……蝦夷はどんなところでしょうかね~」
花は夜空を見上げていた。




