第三十話 優しさに包まれて
第三十話 優しさに包まれて
一八六八年 十月
会津藩は降伏し、開城への話し合いが行われている。
そんな中、花は仲間と共に北に向かっていた。
「やはり夜になると冷えてきますね……晋太郎さん、大丈夫ですか?」 花は晋太郎の頬に手を当て様子を伺う。
鈴の足の傷は幸いなことに軽傷な為、歩行が難しいものの安静にしていれば大丈夫である。
(まだ熱い……晋太郎さんの熱が高い。 このままでは……) 花は常に晋太郎の様子を伺い、脇腹の傷口の布を交換していた。
「小田さま、このままでは晋太郎さんは死んでしまいます。 どこかにお医者様はいらっしゃらないですかね?」 花は俯いて話すと
「ここらへんが何処なのか……あいにく土地勘も暗いので……」 小田は首を軽く横に振って答える。
「もう暗くなってきた……この辺で休もう」 小田の提案で、街道から横に逸れた所で休むことにした。
そして火をおこし、暖をとる。
夜になり、周辺は暗いというのに人の気配がたくさんしている。
小田は見張りをしていたが、気配に気づき街道の方まで歩いていった。
(やはり、みんな会津から出て行ったんだな……) 小田は夜の人の流れを見て、会津が負けたのだと悔しく思う。
小田の手には握りこぶしが作られていた。
その人の流れの中、小さな男の子が歩いているのが目に入る。
(まだ4~5歳なんだろうか……本当にすまない……) 小田も武士の一人、負けて小さな子供までが犠牲になった姿を見て、無念で仕方なかった。
小田が見つめていると、男の子が転んでしまう。
『ふぇ~ん』 と泣き声が聞こえてくると、小田は咄嗟に男の子の所に駆けよった。
「―大丈夫か?」 小田が声を掛けた時、
「坊や、大丈夫か? 診せてごらん」
と、年配の男性が横から出てきて男の子に話しかけた。
「どれどれ……」 年配の男性は、小さな明りで男の子の傷口を見た。
「擦りむいただけじゃ」 年配の男性は水で傷口を洗い、何かの薬をつけてあげていた。
「もう大丈夫じゃよ」 年配の男性は、笑顔で男の子の頭を撫でた。
そして男の子は頭を下げ、親と一緒に歩いていった。
小田は年配の男性に声をかける。
「私は白虎隊の小田と申します。 失礼ですがお医者様でございましょうか?」
小田は頭を下げる。
「若いときは医者だが、もう歳を取ってからは医者の真似事じゃよ」
年配の男性は、頭を掻きながら答えたのだった。
「是非、診て頂きたい人が居るのですが……お願いします」 小田は年配の男性の腕を引っ張った。
そして年配の男性に晋太郎と鈴の傷口を見せると、
「ふむふむ……」 二人の傷口を黙ってみている。
「どうですか?」
「女の子の方は大丈夫じゃ」 そう言って傷口に薬を塗って布で巻き付けた。
「これで良し……」 年配の男性は息を吐く。
「ただ……この子じゃ……」 晋太郎のことであった。
「出血も酷い……早くしないと……」 年配の男性の言葉に、花が ビクッとする。
「そ、それじゃ晋太郎さんは……」 花の顔色が蒼白になっていく。
「―だから急ぐのじゃ」 年配の男性は、灯りになる物を袋から取り出した。
婦人隊員は川まで走り、水を汲んできていた。
「まず、止血するぞ」 年配の男性は晋太郎の傷口を洗い、中を確認する。
「もっと灯りを……もっと水を汲んで来い……」 年配の男性の言葉に小田や婦人隊員は動いた。
そして数時間が経った。
「なんとか止血が出来た……ただ衛生的にも不十分じゃ。 後は祈るだけじゃな……」 年配の男性は、疲れた声で小田に話す。
「―ありがとうございます―」 花は精一杯の声で深々と頭を下げた。
婦人隊員も、小田も全員が笑顔になった時でもあった。
戦争が始まってから、数か月ぶりの笑顔であった。
その後、年配の男性と一緒に朝を迎えた。
「少し顔色も良くなったか……」 年配の男性は、晋太郎の顔色を見て安心したようだ。
出血が止まり、顔の青白さが落ち着いたようにも見えた。
この言葉に、隣で寝ていた鈴も目を覚ます。
「―本当にありがとうございました」 鈴も声を掛けた。
「いいんじゃよ! 同じ会津の人間じゃ。 元気に暮らそう」
年配の男性は片手を挙げて、避難していく会津の人々の流れに交じり、去っていった。
「本当に奇跡のようだったな……」 小田の言葉に、一同は涙を浮かべ頷いたのだった。
花は年配の男性が見えなくなるまで見送っていた。
「晋太郎さん、晋太郎さん……」 花は涙を流し、晋太郎の頬を撫でる。
「さぁ 行こう……」 小田の掛け声に、一同は荷車を押して北に向かったのだった。
数日歩くと疲れも溜まり、歩く速度も遅くなってきた。
(疲れの割には、あまり進んでいないな……) 小田も分かっていた。
ここ数日、ほとんど食べておらず、水だけで空腹を誤魔化していたからだ。
「もう秋だ……木の実もない。 何か腹に入るものが欲しい……」 小田や婦人隊員は、辺りを見渡していた。
婦人隊員は山に入り、食料になるものを探した。
「これ、食べれる?」 婦人隊員は、知識が無いながらも隊員同士で相談を始める。
花は、婦人隊員とは別に民家を探していた。
しっかりした物を食べないと、晋太郎の傷が良くならないからだ。
しかし民家も見つからず、空腹のまま時間だけが経っていった。
「これでは工藤も助からないかもしれない……何とかしないと……」 小田の言葉は誰もが理解できている。 晋太郎だけが空腹ではなく、自分たちも助からなくなってしまうからだ。
空腹で足取りが重くなっていった花たちは、猪苗代の手前まで進んでいた。
「みんなに先を越されてしまいましたね……」 婦人隊員はボソッと呟く。
「なんとか食料を調達しないとな……」 小田は、空腹の兵士に満足に食事をさせられない自分に腹がたっていた。
そして猪苗代に入る所で、新政府軍の兵士が道を封鎖していた。
「―まさか……?」 小田は言葉を漏らす。
すると、二人の新政府軍の兵士が小田たちに向けて歩いてきた。
「止まれ! 貴様らは会津の者だな? コッチに来い!」 新政府軍の兵士は、鉄砲を小田に向けて場所を移動するように伝える。
小田たちは場所を変え、街道から外れた場所へ案内させられた。
「あの……俺たちは……」 小田は新政府軍の兵士に話し出した。
「喋るな! 男は拘束する。 女は会津に戻れ!」 新政府軍の兵士は小さな声だが力強く言い放つ。
「……」 小田たちは無念とばかりに表情を落とした。
そこに、新政府軍の兵士の一人が口を開く。
「そこの女、いや男なのか? お前だ!」 と、言って花の腕を掴んできた。
「うっ……」 花は声を漏らしたが、空腹で元気が無くなっていて抵抗する気力もなくなっていた。
「貴様、どうした?」 新政府軍の兵士は抵抗しない花を見つめ、肩を抱きよせた。
「貴様、よく見たら女だな。 俺の女になれ!」 新政府軍の兵士は、会津の兵を馬鹿にするような口調で言った。
そして、もう一人の新政府軍の兵士はニヤニヤしていた。
(何もかも ここまでか……) 誰もが思っていた時、荷車から声がした。
「や……やめてくれ……」 か細い声で、晋太郎が新政府軍の兵士に向かって声を出したのだ。
「フン。 貴様のような死にぞこないが何を言うか……」 新政府軍の兵士は晋太郎に向かって言葉を吐く。
そして新政府軍の兵士は花へ振り返り、
「しかし、この細い身体じゃ役に立たんな…… 少しふくよかになれ!」 と言い、ニカッと笑った。
「あれっ? もしかして……」 花は驚いた顔をする。
新政府軍の兵士二人は、笑いを噴き出した。
「やっと分かったか♪」 新政府軍の兵士は、笑顔で花の顔を見ると
「もしかして……多田さま?」 花は、間違っていたらどうしようと思ったが、つい名前を呼んでしまった。
「そう! 久しぶりです。 花さん……」 多田は元気よく挨拶をし、もう一人の兵士も笑顔で花に挨拶をした。
多田は荷車を見ると
「おっ、確か鈴ちゃんだったね? 撃たれたのか……」
「う~ん……晋太郎くんは重症だね……」 多田は現状を納得したようだ。
小田や婦人隊員はキョトンとしている。
「―花さん、彼らは……?」 小田は、花に新政府軍の兵士の関係を聞くと
「本当の新政府軍じゃありませんよ。 一緒に白河で新政府軍と戦った仲間です」 花は懐かしそうに話す。
小田もホッとし、「ここまでかと思ったよ~」 と、胸を撫でおろした。
多田は身に付けていた袋から中身を取り出す。
「そんなに多くないが食料だ……みんなで食べてくれ」 多田は袋から握り飯を何個も取り出す。
「本当にありがとうございました。 感謝します」 小田や会津の兵は涙を流して握り飯を食べた。
花は、握り飯を小さく小分けして晋太郎に食べさせていく。
そこに多田が花に近寄ってきて
「しかし、晋太郎くんは相変わらずだね~」 そう言って、苦笑いしている。
「まぁ 晋太郎さんに強さを期待しても無理なので、隣で笑ってくれてさえいれば良いのです……」 そう言った花の笑顔は、多田には眩しく見えていた。
「そうです。 晋太郎さんの笑顔は最高なのです」 その隣で鈴は、握り飯をモグモグと食べながらドヤ顔をしていた。
「それに、いつも花さんが戦っているので……もし花さんが死んだら、晋太郎さんは一人ボッチになるでしょ。 そしたら先は私が嫁になって晋太郎さんを守らなくてはいけないのです」 この状況で鈴は後妻宣言をしてきた。
「そうしたら、化けてでも私が身の回りをするわよ!」 負けずに花も宣言していた。
こうして、疲労と飢えの危機を脱した小田たちに笑顔が戻っていった。
「ところで花さん、この先は箱館ですか?」 多田は笑いを遮って、現実に戻す。
「えぇ……その予定です」
「実は、この先の猪苗代で新政府軍の検問があります」
「男性は拘束。 子供や婦女は会津に戻されます。 猪苗代には入らず、迂回されるのが良いです……」 と、多田は話してくれた。
多田は白河の戦いの後、新政府軍の兵士として紛れていたので情報は正しかった。
「このまま猪苗代に行っても無駄足になりますね……わかりました。 では、どの道を行けば宜しいのでしょうか?」 花は、多田に聞くと
「ここからであれば……道は険しくなりますが、同盟国の所が良いでしょう。 越後から庄内を抜けるのが良いと思います」
多田は紙に地図を書き、小田に手渡す。
「感謝申し上げます。 多田様は新政府軍の兵士として、これからも……」
小田が感謝の言葉を話している最中に多田が遮る。
「この先、ご一緒いたします。 ただ、これより先は道も険しく用意も不十分です。 しばらく待っていてください……」 多田は、言い残して二人で抜けていった。
しばらく待つこと多田は戻ってきた。
その多田の恰好はボロボロになっており、返り血のような跡もあった。
「これは……?」 花は多田の恰好を不思議に思い、多田に尋ねる。
「近くに新政府軍の部隊があって、食料を獲ってきました。 少々、もめましたので、奪ってきました。 では行きましょう」
多田は笑顔で答えたが、会津の兵士たちは顔から血の気が引いていった。
(たくさんの人からの優しさに触れたな……どんどん心に感謝が積もってきた。 どんな形にして恩を返そうか……)
花は生きている事の実感と感謝と共に、次の目的地に向かっていくのであった。




