第三話 お手柄‼
第三話 お手柄‼
一八六七年 京都御所の蛤門の変で、会津と長州の対立は激しくなっていった。
尊王攘夷を訴える長州に対し、幕府一筋の会津の図式に曇りは無く ただ激しい戦闘だけが繰り返されていた。
“いつ会津にも火の粉が飛んでくるのかと ”
心配する町民は少なからず居るが、会津の兵や朱雀、白虎、青龍、玄武の隊が町を守ってくれると信じていた。
そんな思いもあり、この間者の件は瞬く間に噂が広まっていった。
当然ながら鶴ヶ城にも話しが入り、
“間者を捕らえろ ” との命が下り、藩総出での捕り物作戦が始まる。
晋太郎の白虎隊は、領地北側を捜索することとなる。
若輩の晋太郎は先輩の後に続き、後方確認と緊急時の伝令役を兼ねての仕事となっていた。
出発した昼過ぎ頃はまだ暖かかったのだが、いくら春でも北国である。
いくらか陽が傾いてくると寒く感じてしまい、隊の中では震えてくる者もいた。
「よし! ここに陣を張れ!」
隊長の号令が一斉に隊員を動かす。
城から北に向かうこと数里、山の少し手前で陣を構えた。
晋太郎は見張り役を命じられ、陣よりさらに北側の山に入っていく。
見回りを行っていたが夕方から夜になってきた為に、見通しが悪くなってきていた。
「暗いから、気を引き締めないと……」
晋太郎は緊張感を出して見回りを行う。
歩くこと数分、 ―ガサッガサッ と音がした。
晋太郎は恐怖を感じたが、負けまいと刀を抜き左手に提灯、右手に刀と、夜の戦闘態勢に入る。
目をこらし、気配を感じとる……
すると、後方から音がすると晋太郎が振り返る。
「がお~~っ」
と、目の前に何かが襲ってきたのだ。
「――うわっ」 と、声を出して晋太郎は尻もちをついてしまった。
「ふふふっ♡ 晋太郎さん、花だよ♡」
花はニコニコして晋太郎に話しかけるが、
晋太郎は腰を抜かしたままの状態で目をパチクリさせる。
「晋太郎さん、み~つけた♡」 花は満面の笑みになっていた。
「花さん?」
まだ晋太郎は腰を抜かしたままの状態である。
「晋太郎さん、大丈夫?」
花は晋太郎に手を貸し、立たせてあげると
「花さん、なんで此処に? 危ないから来たらダメですよ。 送りますので帰りましょう」
花の手を引こうとするが、花は手を振りほどき
「晋太郎さんが心配だったのよ……体も小さいし、武術も弱いし、勘も鈍いし……」
晋太郎はメンタルを刺されまくってしまった。
(僕は、そんなダメダメなんだ……)
「隊長さんも酷いよね。 晋太郎さんに、こんな危ないことさせて……もし晋太郎さんに何かあったらどうする気かしら? 許嫁の私にも相談してくれればいいのに……」
「許嫁?」 晋太郎は驚き、花に聞き直す。
「うん。知らなかったの? 河原で私が側にいるからって言ったじゃない」
と真顔で答えた。
(あぁ……言ってた気がする…) 晋太郎は頭の中で回想する。
「だからと言って、危ないですよ。 夜で暗いし、山まで来て獣や山賊にでも襲われでもしたら……だから帰りましょう」
晋太郎は心配し、花の説得をするが、
「心配してくれるのですね♡ では『ギュー』って抱きしめてください。 なんなら~ もう少し茂みの方でも行って♡」
そう言うと、晋太郎に近寄った。
(茂みに行ったら何をされるだろう……)
と、晋太郎は不安な顔になる。
「そんな事よりさ~ 晋太郎さんに見せたいものがあるの♪ こっち来て!」
上機嫌な花の言葉に、少し不安を覚えつつ後をついていくと
「晋太郎さん、―私の真後ろを歩いて! ―決して横を歩かないでね」
花は真面目な顔で注意をすると、晋太郎は頷いた。
歩くこと数分、「晋太郎さん、ここだよ!」
花の案内によって来た場所は、木が多く鬱蒼とした所だった。
「花さん、なんでここに?」
晋太郎は心配になり、花に尋ねる。
「上を見て! 晋太郎さん。 上!」
花が暗闇の中、空に向かい指を指す。
晋太郎が目を凝らして覗きこむと 「あっ! んっ? 誰?」
目を細めて花に尋ねる。
「ほら、昼間に言っていた間者で~す♪」
と花は嬉しそうに、両手で間者を指さした。
間者は片足を縄で締め上げられ、両手は後ろに縛られ木に吊るされていた。
「えっ? えっ? 間者? なんで花さんが?」
晋太郎は眼を見開き、花に聞く。
「どうやったの? なんで間者と分かったの?」
晋太郎はパニック状態のまま頭の整理をしてみるが、やはり思考が追い付いてこなかった。
花は冷静な口調で晋太郎に説明した。
「ん~ 町の全体を見渡して北側が山に近いから一旦隠れて、落ち着いたら どこかに逃げるんじゃないかな~って。 それで晋太郎さん達より早く山に入って、通りそうな場所に罠をしかけたの~ アチコチに罠を仕掛けてあるから私の後ろを歩いて! って言ったのも、それなのよ~」
晋太郎はポカンとして花を見つめる。 そして花の説明が続く……
「晋太郎さんが北に向かったから良かったの。 もし晋太郎さんが他の場所に向かっていたら、逃がしてあげてたんだけどね~♡」 と、上機嫌で話すと
「で、晋太郎さん。 どうする?」
花は晋太郎の顔を覗きこむ。
「では縛ったまま陣に連れていきましょう。 花さん、一緒に行きましょう!」
晋太郎は、花を陣まで連れて行こうとする。
「え~っと、私は行きません! 晋太郎さんの手柄にしてくださいまし」
花は両手で手を振るポーズをして断った。
「何故ですか? これは花さんの手柄です。 胸を張って陣に行きましょう!」
と説得するも、花は頑なに拒否をする。
そんな押し問答を続けて数十分……
「―とにかく早く降ろしてくれ……」 と間者は泣きついてきた。
「とにかく私は晋太郎さんの許嫁ですから、夫に手柄を渡すのが妻になる者の務め。 これで良いのです」
花は、きっぱりと断った。
(んっ? 僕は花さんと結婚するの? まだ十六歳だぞ?)
間者そっちのけで気になっていた。
「早く連れていきなよ!」
「あっ! じゃあ、せっかくだから褒美をくださいな♡」
と、花はルンルン声で晋太郎の顔を覗きこむ。
「はい! では陣に戻り、褒美を聞いておきますね」 晋太郎は頷いた。
すると花は頬を膨らませ、少し拗ねたように
「違うよ! 私は晋太郎はさんから褒美が欲しいんだよ!」 と後ろを向いた。
「えっ? 僕から褒美ですか? 何もありませんが、どうすれば良いでしょうか?」 晋太郎は困った顔をすると
花は手を前に組み身体を捻らせ、
「後ろから抱きしめてください♡」
「え~ それはマズいですよ。 いやいや~」 と、晋太郎はアタフタし始める。
「ちゃっちゃとやれよ! この臆病者が! 間者、逃がしちまうぞ!」
花が小さな声で呟くと
「えっ? えっ? なんて?」 晋太郎が聞き直す。
「―いやっ いやっ 独り言……」 花が焦って、首を振った。
晋太郎は我にかえり 「僕ひとりで陣に間者を連れていけるかな~? 暴れたり、逃げられたりしないかな~」 心配になっていると、
「逃げないし、暴れないよ。 大丈夫です。 ねっ?」
と間者を見上げると
「はい! 大丈夫ですから早く降ろして~」 と泣き出した。
こうして花の活躍により、晋太郎は間者を連れて陣に戻った。
花は一人で下山して自宅に帰っていった。
晋太郎は、一躍ヒーローとなってしまい
翌日、隊長は城の重鎮から お褒めを頂いたそうで、ご機嫌であった。
町は安堵に包まれて活気を取り戻したが、腑に落ちないのが一人……
晋太郎である。
「これで良かったのかなぁ……?」 と、元気なく城下を歩いていった。