第二話 守りたい人
第二話 守りたい人
季節は冬から春になり、会津では田植えが始まっていた。
雪解け水が冷たい川で、晋太郎が顔を洗っていると、水辺にはもう一人の姿があった。
「おわっ! 花さん!? おはようございます!」
「偶然ですね♪ おはようございます♪」 と笑顔で挨拶をする。
「花さんは、よくこちらへ来られるのですか?」
「そうですね。 たまに散歩をしに……晋太郎さんは何故ここに? よく来られるのですか?」
すると、晋太郎の表情が少し暗くなりながら話しだす。
「ここは静かで好きなのです。 今、兄上が京で殿の護衛をしていますので、この静かで穏やかな時を過ごして兄上や殿のお帰りを待っているのです……」
現在の会津藩主 松平容保は京で帝の守護職に就いて、兵を連れて京に滞在している。 その中には朱雀隊の一員である晋太郎の兄、幸太郎が派遣されている。
「そうですか……無事にお戻りになれるといいいですね……」
“私は晋太郎さんが元気ならそれでいいんですけどね♡ ”
と、思いながら相槌をうった。
キョロキョロと周辺を見渡す花が
「いつも此処には お一人で来られるのですか?」
「はい。 一人で来ています」 と、晋太郎は答えた。
すると花が急に早口になり、
「やっぱり静かな所は一人でも最高なのですが、一人で居ても退屈だったりしませんか? そんな時って誰かが側に居たら良いと思いませんか? 例えば、私とか? 私とか? 私とか……」
花の言葉が機関銃の様に向かってきた為、引き気味に絶句する晋太郎。
「そ、そうですね……」 と答えるしかできず、圧倒されていた。
後に晋太郎も知る事になるのだが、この瞬間こそ花の
“メンヘラ女子 ”開花の序章となっていくのである。
他愛のない会話の中で散歩をする二人。
その会話から晋太郎の情報は、しっかり入手していく。
一時間ほど会話をして、晋太郎が家に戻ることを伝えると 花が晋太郎の手に両手を被せ、
「私が側に居るからね……大丈夫だからね……」
と晋太郎に伝えた。
「は、はい……」 と会釈を交わし晋太郎は帰宅し始めた。
(しかし、何の大丈夫だったのだろう……) と考えていた。
翌日、花はいつも通り晋太郎に会いに日新館へ向かい、門の所で待っていた。
すると、花の後ろに数名の女子たちが日新館の門を見つめていた。
(は~ん……同じように、お気に入りの男子を見つけたかな~?)
と、なんとも察しの良い花である。
門の奥から男子生徒の元気な声が聞こえだした。
花は晋太郎の姿を確認し、いつも通りの
「ご苦労様でした……」 と声を掛け、頭を下げると
花は、着物の袖口から手ぬぐいを晋太郎に差し出した。
「晋太郎さま、良かったら使ってくださいませ!」
会津の女子の中では “好きな男の子に手ぬぐいを渡し、汗を拭いてもらうことが さり気ないアピール ” と流行っていた。
それを見ていた男子が
「これは工藤に先を越されたの~。 僕らの名前も覚えてくれているのか?」
と、食い気味に聞いてきた。
「も、もちろんでございます。 猿太郎、犬吉、雉之介……あとは……」
(全然違う……なんか桃太郎になっちゃってる……) と、絶句した。
そうしているうちに、花の後ろで待機していた女子たちが男子の方へ歩み寄ってきた。
花は晋太郎に目配せをする。
(―逃げろ! 校舎へ戻れ!) と合図を送る。
そして晋太郎は小さく頷き、周囲にニコニコし始めたのだった。
(……はい? お前は馬鹿野郎かよ? 愛想を振りまいて何してるのよ!)
キレそうになる花を横目に女子たちがやってきて、その一人が晋太郎に手ぬぐいを渡してきた。
その女子は身長も低く、 顔も幼い。
女子と言うよりは、女の子といった雰囲気の娘であった。
「どうぞ♪」 その女の子が、晋太郎に手ぬぐいを差し出す。
そして手ぬぐいを受け取り、汗を拭いたのであった。
“はぁ? ”
慌てて晋太郎の背後に回ってきた花の目は、殺気に満ちていた。
「誰? その女……」
花の目つきが変わると、晋太郎はオドオドしながら小さな声で
「近くに住む、鈴さんです……」
と答えたが、花の機嫌が増々悪くなっていく。
「はぁ? 聞こえませんけど! 名前じゃねーよ! 関係はよ?」
と、花が畳み掛ける口調になっていったが、
(名前って、聞こえているじゃん……) とは言えずに晋太郎は下を向いてしまった。
花の殺気に気づき、そそくさと引き上げる女子たちを目で追いながら
「ちっ!」 舌打ちを漏らした瞬間、周りがザワついて聞こえた。
“舌打ちが聞こえちゃった? ”
花は我にかえり
「晋太郎さま、その他の皆さま……今日もご苦労様でした♡」 と可愛い声で、帰っていく。
(やっぱり晋太郎以外の名前は、誰一人として覚えてないのな……)
少し、寂しさも感じる思春期ボーイたちであった。
そして、気も落ち着いた晋太郎と学友一同は会話を楽しみながら帰宅を始めた。
それから数分後のこと、一人の町民が晋太郎たちのもとに駆けてきた。
「間者が町に現れたようじゃ……」 ※間者とはスパイのこと
そう言って、町民は色々な所で話しに向かう。
晋太郎の学友の一人が噂を持ってきた町民を引き留め、この話しを広めぬように話した。
一同で手分けをし、話しの真偽や城への伝令などに奔走する。
晋太郎が情報収集をし、先輩に伝える役割となった。
そして、この噂が彼らに緊張感を走らせる。
(何も起こらなければいいが……)
と、晋太郎は不安を隠しきれなかった。