第一話 近藤 花 見参‼
第一話 近藤 花 見参‼
『タッタッタッ……』 と走る足音が聞こえ、鶴ヶ城の城下を駆け抜けている少女がいる。
少し明るめの黒く長い髪を後ろで束ね、小袖姿で足元をまくり
全力疾走している。
切れ長の目ではあるが、その大きな瞳には目的地しか見えていない。
現在は、ただの “町娘 ”
後に “会津の女鉄砲士 ” と呼ばれる少女こそが、
『近藤 花。 十八歳』 である。
花の目的地とは鶴ヶ城から北にある学校、日新館。
花は、自宅から日新館までの距離を毎日のように走っていた。
一八六七年(慶応三年)陸奥国、現在の福島県会津若松市。
ハアハア……と息を切らし日新館の門まで到着すると外壁に身を隠し、
『チラッ チラッ』 と鋭く目だけを動かし、中の様子見をしている。
そして、「居るかな~? 居るのかな~?」 と、小声でつぶやく。
花が毎日のように日新館に足を運ぶのには理由がある。
日新館の中から『什の掟』が聞こえる。
什の掟とは会津藩士の子供たちが、六歳から九歳の時に教えられる武士の心得のことである。
同じ町に住む六歳~九歳の藩士の子供たち十人前後での集まりを「什」と呼び、その年長者が一人什長(座長)となっている。
普段からその習いを日新館でも唱えている。
日新館とは会津藩の学校である。
十歳から武士の子供を中心に入学が出来て、武術や学問の勉強が出きる場所である。
この声が聞こえてくると当日の勉学の終了の合図でもあり、校舎からザワザワと楽しそうに数名の男子が出てくる。
「来た~~~♡」
花は興奮して、ソワソワと身体を動かしている。
校舎から出てきた数名の男子の中に、花のお目当ての男子がいる。
その男子の名前は 工藤 晋太郎。
十六歳で小柄、少々幼い顔立ちをした武士の次男である。
現在は白虎隊の隊士となっている。
笑った顔が愛らしく、着物姿は七五三のような晋太郎。
花は晋太郎に半年ほど前から恋をして、毎日のように決まった時間に日新館の門の前で待っていた。
しかし規律の厳しい会津藩には什の掟のひとつ
『戸外で婦人(女性)と言葉を交へてはなりませぬ』
という言葉があり、易々と花から晋太郎へ話しかける訳にはいかない。
“会いたい、顔が見たい ”
そういう想いから、日新館の門に来ては男子たちに「ご苦労様です」 と声だけ掛けては通り過ぎていた。
この行動を繰り返すこと数日が経ったある日、花の自宅に客が来た。
花の家は食材や家庭雑貨を扱う商家であり、現在のスーパーマーケットのようなものだ。
「ごめんください。 味噌と油と……」
と声が聞こえ、花が店の奥から顔を出すと
“え~~~っ‼ 何が起こっているの? ”
そう、その来客とは晋太郎である。
花は、気が動転しながらも、
「なっ……何か? 店の者は出ていて私だけですが、私が良ければ……いやっ……私でよければ、ご注文ください」
花は、明らかに興奮していた。
「はい。 味噌と油と……縫い糸を下さい……」 と晋太郎は注文する。
晋太郎は、母親に買い物を頼まれて来ていた。
「はい……お待ちください」 と、言い残して店の奥から味噌と油を取ってきた。
「……糸? 何色の糸でしょう?」 花は振り返り、晋太郎に聞くと
「すみません……何色の糸だか聞きそびれてしまって……」
と、晋太郎は困った表情で花を見つめる。
(か、かわえ~~っ♡) 花の頭に血が登っていく。
完全に理性のタガが外れてしまった花。
そして、困り顔をしている晋太郎……
俄然、花の『ヤル気スイッチ』が発動してしまった。
「晋太郎さまには、この糸かと思いますが……」 と、花は赤い糸を出してきた。
そして 「この赤い糸は、こうして使うのです♡」
花は、そう言って赤い糸を晋太郎と花の小指に結び付けた。
しかし武士の息子の晋太郎には武道と勉強の知識しか無く、理解できていなかった。
「これは何でしょうか……?」 晋太郎が聞くと、花の表情は固まった。
(そこは、盛り上がるとこだろうよ……)
そう思いながらも、
「晋太郎さまの、ご活躍を祈っております……の、お守りです」 と答えた。
「ありがとうございます。 あっ! 糸だ。 買い物の、どうしよう……」
と、思い出し慌てている。
花は、晋太郎を諭すように
「晋太郎さま、それは後程で良いじゃありませんか? 良かったら、お団子でも召し上がってください!」
そう言ってお茶と団子を差し出した。
パクパクと無心に団子を食べ、茶をすする晋太郎を見て花は
(睡眠薬でも盛ってやりたいわ~。 そして晋太郎さんが寝た後に……グフフ♡)
と、妄想をしてしまう花であった。
そこに花の母親が帰宅する。
“ 近藤 雪 ” 花の母親であり、花の実家である店の店主である。
「ただいま……花、お留守番ありがとね。 あれ? お客さん? まぁ。 工藤様の……晋太郎さん、今日は何を?」
「こんにちは。 味噌と油と縫い糸を頼まれたのですが、糸の色を聞きそびれてしまいまして……そうしたら花さんが思い出すかもと、お茶と団子をくださいました」
と、晋太郎は照れくさそうに話す。
(おぉ! 私の事を花さんって……♡) 小さくガッツポーズをする花。
「そうですか。 では、私が工藤様のお家に出向き、糸の色をお聞きしますわ。 晋太郎さん、まいりましょうか?」
雪が出向こうとしたところに、
「母様、ここは私が御用聞きをいたしますわ!」
花は、雪の前に立ちはだかった。
「いいわよ。 花は御用聞きなんてやったことないでしょ! 店番をお願いね!」
と、言い残し、晋太郎と店を出て工藤の家に向かってしまった。
「うぅ……もう少し、一緒にいたかったな……家も知りたかったな……」
そう呟きながら、結んだままの小指の赤い糸を眺めている花であった。
花が晋太郎の事を大好きになったのは三か月ほど前のこと……
城下にて白虎隊の隊士のお披露目にあたり、十名ほどの隊士で刀術の訓練があった。
花は見物客として見に行くと、その中には背が小さく幼い顔立ちをした晋太郎が目に入る。
刀術も弱く、頼りなさそうだが一生懸命な姿に感激していた。
しばらくして他の隊士の訓練の際、木刀がすっぽ抜けて花にめがけて飛んできたのである。
「――危ない!」
と、身を投げ出して花の前に立ち、木刀を取ろうとしたが そのまま晋太郎の額に直撃して出血する騒ぎとなってしまった。
「だ、大丈夫ですか? 私を庇っていただき ありがとうございます」
と、心配する花。
「いてて……なんのこれしき。 しかし、これじゃ貴女も陸奥国も守れたものじゃありません。 まだまだ精進します」
と、言い残し晋太郎は隊の中へ戻っていった。
「貴女も?……私のこと? あの小さい男の子が私を……」
花はニコニコしながら訓練を続け、晋太郎を目で追っていた。
すると、 “弱い感じ ” の晋太郎を見て
(これは、私が彼を守ってあげないとダメだわ……)
これは、ストーカー行為に発展する心理である。
それから翌日、翌々日も日新館の門の周りをウロウロする花がいた。
晋太郎に会ったら会釈をして通り過ぎる毎日だが、この日は 晋太郎から花へ声を掛けてきた。
「先日はありがとうございました。 糸の事も解決し、お団子まで頂いて……」そう言い、晋太郎は深々とお辞儀をした。
(なんて素敵な晋太郎さん……♡)
「いいえ。 本当に良かったです……またお店にいらしてくださいね♪」
と、花は笑顔で言った。
それを見ていた晋太郎の学友が、
「そちらのお店に団子とか置いてあるのですね! 今度、僕たちも行きたいです……」
と話した瞬間、花は冷めた声で
「―あっ、売り切れ中です……」 と言い、舌を出した。
学友は唖然としていた。
「そ、それでは、今日もご苦労様でした……」
と会釈をし、花が立ち去ろうとする時に晋太郎の顔を『チラッ チラッ』と見ては、小指の赤い糸を晋太郎だけに見せて立ち去っていく。
しかし、晋太郎が理解するには まだ早かったようだ。
小柄な晋太郎に対して、花は身長が五尺三寸(約一六〇センチ)と少し背が高く、スラッとした容姿。
顔立ちも良く、切れ長の目にサラサラのロングヘア。
晋太郎を好きで少し暴走してしまう会津の少女、近藤 花の物語である。