48『梅雨明け間近』
千早 零式勧請戦闘姫 2040
48『梅雨明け間近』
梅雨明け間近の九尾は蒸し暑さはともかく、少しだけ穏やかな時間が流れている。
『宅配便です』
モニターにクロクマのロボットが映ったので社務所の玄関まで出ると、宅配ロボットのクロック。
「またクロックが来るようになったのね(^・^)」
「サインおねがいします」
「うん、よかったわね、調子は……」
調子はどう? と聞こうとしたら『ありがとうございました』とだけ言って帰って行ってしまった。
「そうか、別ものになっちゃったんだ……」
胸の型番が04になっている。
03で実用になったクロックはコミニケーションのギミックが気持ち悪いと苦情が入ってバージョンが変わってしまったのだ。ちょっと面白いと思っていたので、ちょっとだけ残念に思ったのを思い出す千早。
思い出したのは体育の授業で体育館に入った時だ。もうとっくに水泳に切り替わっているのだが、今週いっぱいは男子がプールを使っているので女子は体育館でマット運動なのだ。
体育館の梁の上に黒ウサギが居るのだが、迫力が無い。
ちゃんと千早のことを見ているのだが、監視しているという緊張感が無い。小学校の四時間目、お昼の給食が気になって先生の話がぜんぜん頭に入ってこなかった自分に似ていると思った。監視の監視をやっている十兵衛も距離を置いて見ているが、どこか微笑ましい顔で黒ウサギを見ている。
壁の鏡に映してみると、チラチラと校庭の隅を見ている黒ウサギ――そうなんだ、霊石の新居が気になってるんだ――と、このバージョンチェンジは丸かなあと、ちょっと微笑ましくなる。
神さまも妖も家が必要なんだ。
神さまは神社やお社に祀られ。
妖は山や森や湖やらに憑く。
バブルの森の妖たちは岐阜県内のあちこちに飛んで行ったけど、黒ウサギのような下級の妖は野良にならざるを得ない。
野良神だ。
神の字は付いているが、実体は妖、野良妖はフワフワと漂って人に害をなす。人は古くから野良神と呼んで怖れ疎んじてきた。
――だから嬉しいんだ――
十兵衛たちも一つ間違えば野良になっていたかもしれない。だからこそ、黒ウサギを哀れにも思って残念石が霊石であることを見抜いて、千早に進言したのだ。
思えば、その十兵衛たちを四百年以上に渡ってまとめてきた道三も偉いと思った。
――とりあえずよかった――
そう思うと、クソ暑い体育館のマット運動も少しはがまんができた。
そんな調子で六時間目が終わって図書室当番の放課後、貞治とカウンターの番をしていると元気な発声練習が聞こえてきた。
ア・エ・イ・ウ・エ・オ・ア・オ! カ・ケ・キ・ク・ケ・コ・カ・コ!
「元気だなぁ、演劇部」
演劇部は、この炎天下、塔屋の陰とはいえ屋上で練習をしている。冷房のために締め切った図書室の中に居てさえ声が聞こえてくる。
アメンボ赤いなあいうえお……浮藻に小えびも泳いでる……
「アメンボの方が涼し気に聞こえるかなあ……」
「なんなら見てきたらぁ、演劇部って可愛い子多いからあ」
「そ、そんなんじゃねえ!」
「声大きい」
「ウ…………」
屋上には黒ウサギも居るのだが、やはり、グラウンドとこちらを交互にチラチラ。
ちょっと微笑ましい放課後だ。
青巻紙 赤巻紙 黄巻紙…… 東京都特許許可局許可局長…… 武具馬具武具馬具三武具馬具……
「お、早口言葉になった……」
美濃の蛇池にゃ蛇がいるげじゃが 牡蛇か牝蛇か何じゃか判らんじゃ
「お、ご当地早口!」
「声大きい」
注意しながら千早は思った。図書室は冷房が効いているので利用者も当番の図書委員も、はんぶん涼みに来ているようなものだ。じっさい、今日は返却も貸し出しもまだない。まあ、声を出さなきゃボンヤリしていてもいいかぁ(^_^;)。
「フフ」
新入りだろうか『美濃の蛇池』を『ミニョの蛇池』と発音して怒られてる部員がいる。
――聞き慣れた早口言葉だけど、あの『美濃の蛇池』って本当にあるんだろうか?――
そう思った時、まさかそれが災いの始まりになるとは思いもしない千早であった。
☆・主な登場人物
八乙女千早 浦安八幡神社の侍女
八乙女挿 千早の姉
八乙女介麻呂 千早の祖父
八乙女和彦 千早の父
神産巣日神 カミムスビノカミ
天宇受賣命 ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役
来栖貞治 千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
天野明里 日本で最年少の九尾市市長
天野太郎 明里の兄
田中 農協の営業マン 部下に米田瑞穂
マクギャバン ロボファクトCEO 愛称ダック
先生たち 宮本(図書館司書)
千早を取り巻く人たち 武内(民俗資料館館長) 重森歌子(同級生)
神々たち スクナヒコナ タヂカラオ 巴さん
妖たち 道三と家来(利光、十兵衛)
敵の妖 小鬼 黒ウサギ(ゴリウサギ) 蜘蛛ウサギ