47『黒ウサギの新居』
千早 零式勧請戦闘姫 2040
47『黒ウサギの新居』
校庭の隅とは言え目立つことは控えたいので、清めの塩を振っただけで霊石の中に入った。
入ってみると、中は敷地と建物の二重構造。
片仮名のサの字に似た冠木門を入ると200坪ほどの何もない敷地。
地面は白砂が敷き詰められて神社の境内のように清げではあるが、正面に見える50坪ほどの屋敷の他には何もない。屋敷は板葺きであることを除けば小さい時に行った伊勢神宮の授与所に似ていると思う千早。
「やっぱりキチンと準備してくれていて良かった」
一言呟いて、家屋の前の八足台に準備の諸々を並べ、手に神楽鈴を持つと自然に神楽舞の巫女服になった。
それに合わせ、どこからか笙篳篥の音が奏でられ、直垂姿の十兵衛一人が見守る中、千早は静々と巫女舞の調べの中に入っていった。
天地の 神にぞ祈る…………
「ウ……微妙に土俵入りみたいだけど、きちんとした巫女舞じゃないか」
屋上の塔屋で偵察していると、十兵衛が言った通り魂石の中が見通せ、始まった巫女舞を食い入るように見てしまう黒ウサギ。
朝なぎのぉ 海のごとくに…………
「なんだ、この穏やかさは……」
はるか昔、玉藻前と出会ったころ……いや、そのもっと前……ひょっとしたら記憶にも無いほど昔かも……聞いたことがあるような……
乱されているようで、どこか懐かしいと感じる。聞けば三十一文字、普通に口にすれば十秒も掛からないそれが、もう、五分、いや十分近く続いて、胡坐をかいた制服のスカートをギュっと掴んでしまう黒ウサギだ。
…………波たたぬ世を。
そこまで聞いてしまった、見てしまった時、黒ウサギは魂石のサの字門の内に入っていた。
「あ…………」
自分の意志ではなくテレポしてビックリする黒ウサギ。
狼狽えて周囲を見渡すが、そこには千早の姿も八足台も消えて清々と板葺きの屋敷が見えるばかリ。
「わたしが居るぞ」
「じゅ、十兵衛!? また、あたしの後ろに付いていたのか!」
気持ち悪そうにお尻を押える黒ウサギ。
「いいや、おまえがのぼせ上っているだけだ」
「な、なにを企んでいる!?」
「なにも企んではおらん。校庭の隅に祀られぬままの残念石があったので、巫女殿がお祓いをされただけだ。元々は陵に設けられた宿り石の空き家。どこの宿無し神が住まおうと巫女殿は関知されぬ」
「あ、あたしは神さまなんかじゃないぞヽ(`Д´)ノ」
「そうかぁ? 巫女殿がお祓いをされたんだ、神でない者は足を踏み入れられん。そのサの字門の前で弾かれる」
「謀ったのか!」
「人聞きの悪いことを言うな。お前の中にも大気中の二酸化炭素ほどの神性があるんだ」
「ゲ、それって……400PPMもあるって! 妖には毒だぞ!」
「PPMなんて呼ぶからだ、%で言えば0.04%……そう、このペットボトルに箸を入れて、引き揚げた時に落ちる一滴ほどのものだ。隠し味にもならん。ではな……」
「待て!」
「なんだ?」
「えと、戸締りはどうしたらいい? 任務中は空き家にしなくちゃならんからな」
「鍵なら、もうお前の首にかかっている。じゃあな……」
スタスタと門を出ていく十兵衛。
あらためて振り返ると深いため息。
しばらく自分の家に入れない黒ウサギであった。
☆・主な登場人物
八乙女千早 浦安八幡神社の侍女
八乙女挿 千早の姉
八乙女介麻呂 千早の祖父
八乙女和彦 千早の父
神産巣日神 カミムスビノカミ
天宇受賣命 ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役
来栖貞治 千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
天野明里 日本で最年少の九尾市市長
天野太郎 明里の兄
田中 農協の営業マン 部下に米田瑞穂
マクギャバン ロボファクトCEO 愛称ダック
先生たち 宮本(図書館司書)
千早を取り巻く人たち 武内(民俗資料館館長) 重森歌子(同級生)
神々たち スクナヒコナ タヂカラオ 巴さん
妖たち 道三と家来(利光、十兵衛)
敵の妖 小鬼 黒ウサギ(ゴリウサギ) 蜘蛛ウサギ