44『十兵衛の報告・1』
千早 零式勧請戦闘姫 2040
44『十兵衛の報告・1』
――蜘蛛ウサギを倒したぐらいでいい気にならないでよね!――
校門を潜ったところで黒ウサギの声。
『また言ってるのか?』
バイホ(バイクホログラム、自転車用通信端末)の貞治が少し怒った口調で言う。
「大丈夫よ、言ってるだけだから」
霊岩渓谷の蜘蛛ウサギを倒して貞治には凡そのところを話してある。特に能力があるわけではない貞治だが、なにくれとなく心配してくれる。農協の車の中では二人に興味津々の米田瑞穂の相手を一人でしてくれて、鳥居の前で下ろされて、それぞれの家に戻る前に話しておいたのだ。
昇降口で上履きに履き替えている時も、教室への階段を上がっている時も視線を感じ溜息や舌打ちが聞こえる。
黒ウサギは千早を監視するために玉藻前(九尾狐)から送られてきている妖だ。一年の女子生徒に化けてはいるが、クラスに所属しているわけではない。校内のあちこちを移動して、嫌味を言ったり意地悪をしたり。まるで寂しがりの問題児。
――ああ、あんなところに居るよ……――
教室に入る前に廊下の窓をチラ見すると、渡り廊下の上に腹ばいになっている黒ウサギと目が合う。瞬間で居なくなったけれど、背後の小さな影も同時に消えた。
――ちゃんと見てくれているんだ――
小さな影に感謝して、同級生の重森歌子に「「おはよう」」と挨拶し合って一時間目の英語の準備にかかる。
「下調べしないとカミナリだからね、今日は小テストも有るっぽいし……」
歌子も二つ横の席で辞書を引き始める。
近ごろ勉強どころではない千早、少しは身を入れようと英語の一式を机に出す。すると、辞書の上にさっきの黒い影が現われて、十兵衛の姿になった。
「ありがとうね十兵衛、黒ウサギの番までさせちゃって!」
「いえ、物見(偵察)は十兵衛の役目と心得ております。先日の蜘蛛ウサギも十兵衛の物見を元に戦っていただき、身の誉れと存じておりまする。予習はよいのでございますか?」
「あはは、硬いなあ十兵衛は(^_^;)。大丈夫だよ、で、どう、黒ウサギのやつ?」
辞書と睨めっこになる千早。歌子は――今朝の千早は気合いが入ってる!――と思って熱が入る。
「ハ、身の置き所がないことが原因の一つかと見ました」
「ああ、やっぱり……」
「主の玉藻前殿のことはおおよその輪郭しか分かりませぬが、かの唐土において不遇をかこち、本朝においても……」
「あ、難しい言い回しは苦手かなあ(^_^;)」
「ご無礼申し上げました……中国においても正体を見破られ不幸な身の上になられ、我が国に来てからは後鳥羽上皇さまに取り入って玉藻前として、その美しさ賢さに磨きをおかけになり、権勢並ぶ者のない妃になられました。しかし、陰陽師の安倍泰成に正体を見抜かれ都を追放になり、三浦義明や上総之介広常らによって討伐されて、世に云うところの殺生石という石に変化して、その殺生石も玄翁和尚の玄翁にて粉々に砕かれて……」
「え、ゲンノウって?」
「金槌のことでございます、こういう字を書きまする」
「ああ、ゲンノウって読むんだ、絵巻物に坊さんが石を砕くところがあったけど、それなんだ……」
「いかにも。その後、ひそかに魂が、この美濃の九尾丘に移り、美濃の妖を配下に置いて様々な災いをもたらしておられるのでございます」
「そうか、資料館じゃ絵巻物でしか見れなかったけど……」
「絵巻物の中に書かれておりませんでしたか?」
「古文苦手で、それに草書ってか、崩し字だから……あ、えと、つまりは人間不信的な?」
「いかにも」
「そうだろうねえ、資料館の絵もそういう感じだったし……ありがとう、自分で調べても分からなかったところが埋まった感じだよ」
「お役に立ったのなら幸いです」
「で、あの黒ウサギは?」
「さて、それなのでござりますが……」
「うん……」
いよいよ授業の準備どころではなくなった千早であった。
☆・主な登場人物
八乙女千早 浦安八幡神社の侍女
八乙女挿 千早の姉
八乙女介麻呂 千早の祖父
八乙女和彦 千早の父
神産巣日神 カミムスビノカミ
天宇受賣命 ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役
来栖貞治 千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
天野明里 日本で最年少の九尾市市長
天野太郎 明里の兄
田中 農協の営業マン 部下に米田瑞穂
マクギャバン ロボファクトCEO 愛称ダック
先生たち 宮本(図書館司書)
千早を取り巻く人たち 武内(民俗資料館館長) 重森歌子(同級生)
神々たち スクナヒコナ タヂカラオ 巴さん
妖たち 道三と家来(利光、十兵衛)
敵の妖 小鬼 黒ウサギ(ゴリウサギ) 蜘蛛ウサギ