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36『手負いの道三家臣団と大国主命』

千早 零式勧請戦闘姫 2040  


36『手負いの道三家臣団と大国主命』





 ワチャワチャワチャ……ワチャワチャワチャ……



 幽けき音で目が覚めた。


 カーテンの隙間から覗くと道三の軍勢が出陣の身支度……いや、鳥居の方からは、まだ入って来る武者や足軽たちの姿が見える。これは、どこかでひと戦して帰ってきたところだと気づいた千早だ。


 ガラ! 


 窓を開けると、ワチャっと一瞬の音がして軍勢たちは姿を消す。


「もう、他の人間ならいざ知らず、わたしの目はごまかせないんだからね」


 数秒の沈黙があって、十兵衛が前に現れた。


「これは、戦闘姫殿、お目を覚まさせてしまったようで申し訳ございません」


「なんで、十兵衛が謝るのよ。これだけの軍勢を動かしてるんだ、十兵衛じゃないでしょ!」


「そ、それは……(;'∀')」


 十兵衛が言い淀んでいると、家老の斎藤利三が姿を現した。


「いや、申しわけござらぬ。拙者が軍勢を動かしたのでござります」


「もう、それもウソでしょ」


「「…………」」


「いやはや……」


「キャ!」


 視界の外から声がしてビックリする千早。八畳の間で声がして四つん這いのまま跳びあがってしまった。


「いや、驚かせて申し訳ござらぬ」


 道三が緋縅の鎧姿で座っている。千早の六畳とは段差があるわけではないが、夜中にむづかった姫君をなだめに家来が下段の間から仰ぎ見ているような塩梅である。


「なんなのよ!」


「散り散りになっていた家臣どもが見つかりもうしたので、出迎えに行っていたのでござります」


「散り散りの家来?」


「いかにも。恥ずかしながら、この道三、倅の義龍に攻め滅ぼされましてなあ」


「知ってる、国史で習った」


 岐阜県の子どもは、他府県の子どもより道三や信長のことには詳しい――おらが国の二大英雄――として、折に触れて話を聞かされているのである。ちなみに、令和22年では日本史という教科は国史という本来の呼び方に戻されている。


「その折、残った家臣どもの大方は散り散りバラバラになり申して。その家臣共、この道三が浦安八幡に身を落ち着けたことを知って姿を現しておるのでござります」


「ふーん……だったらさ、なんで、そんなに物々しいわけ? 迎えに行くんだったら普通でよくない? そんなにワチャワチャして、なんだかひと戦して帰ってきたところって感じ。それもぉ……!」


 一気に窓を開ける千早。


 家来どもは千早が道三と話していると思って油断をしていた。数百の家臣どもは姿を隠す余裕もなく、ヘタクソな『だるまさんが転んだ』状態でフリーズした。千早も息を呑んでしまった。


 実に家来どもの三人に一人は大小の傷を負っており戸板に載せられたり、仲間に担がれたり、槍を杖にしてビッコを引いていたりの哀れな姿なのだ。


「………………」


 あまりの惨状に窓を開けたまま固まってしまう千早。


 ドサ


「十兵衛!」


 直立したまま倒れた十兵衛の背中には二本の矢が付き立っていた。



『いますぐ治療が必要よ!』



 ウズメの声がして、いつものように自分の中に勧請しようとする千早だが、ウズメは止めた。


「え、なんで……」


『ウズメの力では治しきれない』


「え、じゃあ、どうすれば」


『ええと……少彦名』


「え、スクナヒコナ?」


『あ、僕の手にも余る。僕って、基本的に薬の神さまだから……そうだ、この神さまだ!』


 ドドン


 心臓が爆発するんじゃないかというほどの衝撃があって、千早は大きな袋を担いだ男神に変身した。


――あ、大国主命オオクニヌシノミコトだ……――


 途切れる寸前の意識の中で、それが因幡の白兎を治療した大国主命であると分かった。


「ようし、みんな、この大国主の周りに集まりなさい。みんなまとめて治療してあげるからねえ!」


 担いだ袋を下ろして、その口をくつろげるとタンポポの綿帽子を伸ばしたようなガマの穂先が空中に飛ぶ。一つ一つのガマの穂は地面に落ちるまでクルクル回って、小さな綿毛を四方にまき散らす。

 このままでは境内も浦安の森も綿毛で埋もれてしまうのでは……十兵衛を介抱している斎藤利三は、実務家らしく心配するが、綿毛は静電気にでも引き寄せられたように手負いの家来たちを覆って、たちどころに家来たちの傷を治してしまった。


「おお、聞きしに勝る効き目じゃあ!」


 家来たちの回復に道三は目を丸くして喜び、家来たちは手を取り合い、肩を抱き合って喜んだ。


「よしよし、それでは十分養生するのだぞ」


 大国主も目をへの字にしながら勧請を解いていく。


 意識が戻って来る時、一瞬戻っていく大国主と目が合ったような気がした千早――あ、ちょっとイケメン――と不埒なことを思った。



 明くる朝、氏子総代の天野太郎が社務所に来て父の一彦にこう言った。



「いやあ、森の枝うちは気になっていたんです。夕べ、世話役さん達から『浦安の森にえらい埃がが立った』と聞きまして。梅雨までには、なんとか人を入れて片づけますので」


「いやあ、それはそれは(^○^;)」


「いや、挿さんもお嫁に行かれてお目出度くはありますが、神社の方も大変じゃないですか?」


「あはは、千早もおりますが、まだまだ子どもでしてねえ。いや、しかし、総代さんや氏子さんたちも気を配って頂いて、心強い限りです。総代さんのところもお子さんの宮参りもお済になって、子育てもいよいよこれからが本番ですねえ(⌒∇⌒)」


「いやいや、こちらこそお陰様です、あははは(^▽^)」



 まずはめでたいと貞治を誘って学校に向かう千早。


 ただ、夕べは道三の家来たちの治療が無事に終わってやれやれだったが、そもそも家来たちを総動員しての大騒ぎ。今夜は、そのわけをしっかり聞かなければと思う千早であった。


 


☆・主な登場人物


八乙女千早          浦安八幡神社の侍女

八乙女挿かざし      千早の姉

八乙女介麻呂         千早の祖父

八乙女和彦          千早の父

神産巣日神         カミムスビノカミ

天宇受賣命           ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役

来栖貞治くるすじょーじ  千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子

天野明里           日本で最年少の九尾市市長

天野太郎           明里の兄

田中             農協の営業マン

先生たち           宮本(図書館司書)

千早を取り巻く人たち     武内(民俗資料館館長)

神々たち           スクナヒコナ タヂカラオ 巴さん

妖たち            道三と家来(利光、十兵衛)

敵の妖            小鬼 黒ウサギ(ゴリウサギ)


 

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