33『バブルの森と浦安の森と』
千早 零式勧請戦闘姫 2040
33『バブルの森と浦安の森と』
ワチャワチャワチャ ワチャワチャワチャ ワチャワチャワチャ
幽けき音がするたびに、余計な枝や葉っぱが落ちていく。
ゴールデンウイークのど真ん中、さくらからもらった服の中からサロペットを選んで浦安の森の手入れをやっている千早だ。
連休前に氏子の有志たちが入ってくれたのだが、年寄りたちばかりで手が回り切れていない。浦安の森と呼ばれる神社の森は小さな小学校ほどの広さがあるのだ。
江戸時代以前は幕府や大名から社領を認められていて、領民が手入れをやり、終戦までは県社の社格が与えられてなんとか回ってきたが、令和も22年の今日、氏子の減少と高齢化でいささか苦しい。
「まあ、験担ぎの奉仕だから形だけでいいさ」
祖父の介麻呂は鷹揚に言うが、父の一彦は――これでは秋に人を雇ってやらなきゃならないなあ――と気を落としていた。
「じゃあ、道三たちでやってちょうだいよ」
居候の斎藤道三に命じたのだ。先日は鳥居を塞いだ大岩を除去できなかった斎藤軍団なので「これで埋め合わせ」と働かされている。千早はこういう点抜け目がないというか、人を使う(斎藤軍団は人ではないが)機微を心得ているところがある。
「急いてはいかんぞ、気取られてはならんからな」
道三は嫌な顔もしないで家来どもに下知している。
「ああ、悪いわねえ、気を遣わせて(^_^;)」
「なあに、疾きこと風のごとしじゃ」
「殿、それは武田信玄の孫子の兵法でござります」
家老がピシリとたしなめる。
「読みが浅いぞ利光。ここで言う風とは自然な早やさと言う意味じゃ。やり過ぎを戒めておる」
「なるほど、あくまで、自然に枝葉が落ちたようにでござりますな」
「そうだ。我らの存在を人に気取らせてはならんからな」
「ハハッ、利光、気が及びませなんだ。家来どもにも念を押してまいりまする」
「うむ、頼んだぞ」
「ハッ」
「あのご家老様、利光さんて言うんだ」
「閃きはござらんが実直な男でござる、平時には頼りになりまする」
「そうなんだ」
「人を使うには気を遣わねばなりませんぞ」
「ああ、気をねえ……(^_^;)」
勧請戦闘姫になったのかならされたのか、二月がたち――神さまを使っているのか使われているのか――どっちだろうと考えてしまう千早。
「昔は糺の森と申しましてなぁ」
「タダスノモリ?」
「バブルの森でござるよ」
「ああ……って、昔からあったの?」
「いかにも、後年信長が火をかけて野原に戻してしまいましたが、いまの樹相、森の佇まいは糺の森の頃に似ております」
「……なにか因縁のある場所なの?」
「その名の通り、人を糺します」
「人を正す?」
「『糺す』の方でござる。事の是非や真偽を糺すの『糺す』でござる」
「〇かXか、AかBか……的な?」
「左様……強い志と迷いのある者が踏み込むと、その者を糺してしまいます」
「ちょっと怖いわね……でも、こないだ行ったら穢れ的なものは感じなかったけど」
「熱を持っておったでござりましょう?」
「あ、うん……草や苔の下はグジュグジュになってたとこもあったし」
「さよう、そこでござりまするよ……お、戻ってまいりましたな」
拝殿の向こう、鳥居の前で蹄の音がして、だれか鎧の音をさせてやって来る者がある。
カチャカチャカチャ、ジャキ。
「調べて参りました」
兜を背掛けにした若武者が蹲踞した。
「いかがであった十兵衛?」
「邪気は失せておりまするが、霊脈に繋がる熱を持っております」
「やはりな……ご苦労であった、暫時休息をとって、こちらの森を頼む」
「ハ」
カチャカチャカチャ……
「念のため見届けさせました、土は軟弱にはなってはおりますが、当面の災いは無いようでござる」
「確認してくれたんだ」
「戦闘姫殿の御ため、しいては美濃の国のためでござる」
「あ、ありがとう!」
「信長のように焼き払えれば数百年はもつのでござるが、令和の御代、乱暴なことも出来ませんでなあ……どれ、この斎藤入道も枝払いいたしまするか。誰か枝切ばさみをもて!」
斎藤道三も加わり、夕刻には浦安の森は夏の装いになった。
☆・主な登場人物
八乙女千早 浦安八幡神社の侍女
八乙女挿 千早の姉
八乙女介麻呂 千早の祖父
神産巣日神 カミムスビノカミ
天宇受賣命 ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役
来栖貞治 千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
天野明里 日本で最年少の九尾市市長
天野太郎 明里の兄
田中 農協の営業マン
先生たち 宮本(図書館司書)
千早を取り巻く人たち 武内(民俗資料館館長)
神々たち スクナヒコナ タヂカラオ 巴さん
妖たち 道三と家来(利光、十兵衛)
敵の妖 小鬼 黒ウサギ(ゴリウサギ)