27『始業式の侵入者』
千早 零式勧請戦闘姫 2040
27『始業式の侵入者』
今日から新学年、少しは期待して登校した千早だが、昇降口に張り出されたクラス表は変り映えがしなかった。千早は一組で担任もそのままの佐藤先生、貞治も隣の二組で担任は右田。
「とうとう同じクラスにならずじまいだね」
「まあ、家が筋向い、クラスは隣同士、こんなもんじゃねえか」
「まあねぇ、小中はずっと同じクラスだったしね」
二人は小中の九年間同じクラスだったので、高校でも同じかと思ったが、これで三年間別クラスが確定した。
まあ、いずれ卒業すれば進路は別々になるだろうから、こんなものだろうと三年生のロッカーの島に向かう。
「おお、隣同士だぞ!」
ロッカーは学年ごとの島になっていて、二人のロッカーはピッタリの隣同士だった。
「フフ、嬉しい?」
「え、いや、単に隣同士だって事実を言ったまでだ(#'∀'#)」
「そう、めちゃ嬉しそうな声だったじゃ~ん」
「ウグ(-_-;)」
「うそうそ、まあ、今年も程よい距離で、よろ~」
「お、おう」
小学校から数えて12回目の新学年、先日は図書委員の仕事で登校していたので、あまり新鮮な感動も無くあっさりと始業式のルーチンは終わってしまった。
「お、もう新入生来てるよぉ(^○^)」
4月8日は、午前中に始業式、午後からが入学式なのだ。
「まだ一時間も前なのにな(^_^)」
「制服もダブダブで、なんかメチャ初々しいねえ」
「おお、新しい制服っていいよなあ……」
「貞治、女子ばっか見てるし」
「んなことねえよ」
「ま、いいさ。うちのセーラー服は可愛いからねえ……ウフフ(*´ω`*)」
「なんだよ、気持ち悪いなあ」
「え、あ、なんでもぉ」
自分で言いながら、挿の結婚式で酒井さくらが同じことを言っていたのを思い出す千早。あの時は、いまの貞治以上に舞い上がったのだが、そんなことはおくびにも出さない。
「さぁ、式に出るわけでもないし、さっさと帰ろうか……ん?」
返事をしない貞治に目を向けると、なにか、完全に心を奪われている。
「ちょ、瞳孔開きっぱなしなんですけどぉ……おい!」
返事をしない貞治の目線を追うと、果たして、新入生の中に一人の美少女が正門脇の満開の桜を見上げている。
その美少女は他の新入生のようではなくて、キチンと身に合った制服を身につけて春風に長い髪をなぶらせている。
「あの子……」
疑問に思ったとたんに目が合って……時間が停まった。
!?
殺気を感じると同時にジャンプする千早!
校舎の倍ほどの高さに至った時にはウズメを勧請していた。
「入学式の佳き日に侵入してくるとは不埒な黒ウサギめ」
同時に上がってきた美少女、長い髪の四半分ほどが凝り固まってウサ耳に変じている。
「フフフ、気付くのが遅い。先日はよくも我が朋輩を屠ってくれたものじゃ。今日こそは、お前を倒し、九尾の前様ご支配の地固めを致すぞ。覚悟しや」
「なにを申す、我は天宇受賣命 なるぞ。我がひとたび舞えば、畏れ多くも天照大神さえ天岩戸をお開きになる。その舞を力に換えれば、その方ごとき獣神ひとたまりもないわ」
「フフ、大口をたたきおって、お前はほんの数瞬アマテラスの気を引いただけ、あの岩戸を開きしはタヂカラオの馬鹿力ではないか」
「あれは、知恵と共助によって大事を成せとの神の教え。いざとなれば天宇受賣命一人でも、その方ごとき……!」
ピシ!
ウズメが両手の人差し指と中指を立て、天冠にかざすや電光を発して黒ウサギに照射した!
しかし、一刹那早く黒ウサギは飛びのき、電光は空しく空の高みに消えていった。
「おのれ!」
ザザザザザザザザザザザザザザザ!
それを見送ったわずかの隙に、無数のツブテがウズメを襲う!
からくも躱しながらウズメは驚いた。そのツブテは植え込みの桜が身を震わせて飛ばした桜の花びら。黒ウサギの呪がかかって、枝を離れたとたんに鋭利なつぶてに変じているのだ。
「さすがは天宇受賣、桜鬼のつぶてを躱すか」
ピシ! ピシ! ピシ! 三度電光を放つが、黒ウサギも巧みに躱して、制服の襟や裾に焼け焦げをつけただけに終わる。それに、黒ウサギはウズメの下に下にと位置を取るので、しばしばウズメをためらわせる。
「フフフ、下手に撃てば、学校を撃つものなあ……おお、新入生たちが可愛く屯しておるわ。どうじゃ、どうじゃ、どうじゃあ……」
黒ウサギは挑発するように、地上スレスレや、新入生たちの間を縫って飛んでいく。
「させるかああああああ!」
ウズメは倍ほどに増速すると、黒ウサギを校舎の正面に追い詰め、行き場を失った黒ウサギは、瞬間、空に舞い上がった。
シャリン!
氷が張ったような音がして、学校全体に膜が張った。
「結界を張ったな……」
「これで電撃は中には入らぬ。お前も下には下りられぬ。心おきなくおまえを撃てる」
「弾き返すというわけか……」
「いかにも、一刻ほどだが、それだけあればお前を倒せる」
見れば、結界の端に59:15という数字が現れている。
「あの中の者たち、一時間は無事というわけだな」
「そうだ……内にあっては全ての電撃も呪も、逆に結界がアースして無効化する。おまえの眷属がいたとしてもなにもできん」
「……ならば、この黒ウサギも手伝ってやろう」
シャリン!
「気が触れたか、それは、時間延長の呪」
結界のタイマーは8759:59……つまり、一年を表示しいる。
「では、また中で会おう」
「バカな、中には……」
見下ろすと、先ほどの正門脇の桜が消えて、そこだけ結界に綻びができている。
「しまった!」
黒ウサギは一瞬で姿を消した。
結界の中に潜って、誰かに憑りついたか、あるいは変化したか。
ウズメは、上空に留まりながら臍をかんだ。
☆・主な登場人物
八乙女千早 浦安八幡神社の侍女
八乙女挿 千早の姉
八乙女介麻呂 千早の祖父
神産巣日神 カミムスビノカミ
天宇受賣命 ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役
来栖貞治 千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
天野明里 日本で最年少の九尾市市長
天野太郎 明里の兄
田中 農協の営業マン
先生たち 宮本(図書館司書)
千早を取り巻く人たち 武内(民俗資料館館長)
神々たち スクナヒコナ タヂカラオ 巴さん
妖たち 道三(金波)
敵の妖 小鬼 黒ウサギ(ゴリウサギ)