23『森に踏み込む・2・黒ウサギ』
千早 零式勧請戦闘姫 2040
23『森に踏み込む・2・黒ウサギ』
戦闘姫は勧請したウズメの姿で浮いている。
これまでとは違って千早の意識は半ば眠っている。勧請の回数が増え神憑りが深くなってきているのだ。
そして時間は停まっている。
時間の停まった森を校舎の屋上ほどの高さで動くのだが、この高さで窺う限り森に異変は感じない。
「あの時は鬼退治にかまけて、ろくに見られていなかったが……外から見る限りは当たり前の森、妖気は隠しようもないが鬼も妖の姿も見えぬ……ならば潜ってみるか」
ウズメは地上50センチほどに降りると、地表の凹凸をなぞるように進んでいく。草や蔦などはすり抜けていくが木々は躱して進む。木々は生き物としての密度が高く、すり抜けようとすると人が水の中を進むように抵抗が大きくなるのだ。
「……ン?」
数分進むと、その草や蔦が微妙にまといつく。妖気が強くなり、それが草や蔦を強く(こわく)しているようだ。
「そろそろだな……」
右手を脇構えに持っていくと、その手に巫女扇が現れた。
シュリン
一振りすると、前方5メートルほどの草がなぎ倒される。
シュリン! シュリン!
二振りすると草と共に「ギエ」っと鳥を締めたような声が上がる。
扇の威力が遠巻きに様子を窺っていた小鬼たちにまで届き、首や手足を刈り取ってしまうのだ。
グギギギ……グギギ……ググ…………グガァ!!
堪りかねた小鬼たちが一斉に飛びかかってくる!
シュワーーン
放たれた風船ほどの速度で上昇するウズメ。それに釣られて小鬼たちも昇ってくる。しかし、その速度はウズメの速度には足らず、校舎の屋上ほどに上がった時には一階分の差が付いている。
ブン!
脇構えのまま旋回すると、小鬼たち数百匹の核が瞬時に両断された!
その瞬間、小鬼たちはスパークして、あたかもウズメの真下で光の傘を開いたように見えた。
「すこし零れたか……」
わずかに残った小鬼たちは青い光の尾を曳きながら森の奥に逃げ散っていく。
「おお、見えるわ……」
ついさっきまで、その高さからでは森の奥を見晴るかすことはできなかった。どうやら、森の様子を隠すのは子鬼どもの役割だったと見える。
今の一撃で大半が討ち取られ、残った小鬼たちは肝をつぶして、森の様子を隠すどころでは無くなったのだ。
数秒見ていると、その光は狼狽えて走りながらも森の四カ所に突き進んで消えた。
チ
微かな舌打ちが聞こえた。
「いや、何者かが隠したな」
ウズメには分かった。小鬼たちを束ねる妖が四匹、それが、ウカウカと逃げ戻った小鬼たちの不手際に舌打ちしながらも隠したのだ。
チ チ チ
続いて舌打ちが三つ。
「小賢しい、それで、ウズメの注意を逸らしたつもりかあ!」
ブリュン!
上空で一旋すると扇は剣に変じ、その勢いのまま急降下して舌打ちの一つに切りかかる!
セイッ! バビュッ!
小気味いい手応えと共に芭蕉の葉ほどウサ耳が宙に舞った。
「くそ、大事なウサ耳を!」
両耳の上半分を失った黒ウサギが舞い上がり、ブルンと両腕を振ると両手に剣を持った化物に変じた。
グルリ……
半円を描くようにして剣で失った両耳を補うように頭上に構えると、たちまち残った両耳は鋭い剣に変じた。双腕は頭上で交差したかと思うと、その双剣の輝きを増して、都合四つになった剣を構えて突きかかる勢いを見せた。
「なるほど……ッ!」
黒ウサギがタメを構えた瞬間、ウズメは無言でトンボを切って背後に迫っていた別の黒ウサギを両断した!
ピョーン!
ウサギらしい悲鳴を上げてその黒ウサギが消滅。
返す刀で正面の黒ウサギを仕留めようとするウズメ!
すると残った二匹が正面のウサギを庇うようにして森の中をジグザグに飛んで逃げていく。
「逃がすか!」
剣を構え直すと、ウズメは全速力で三匹の黒ウサギを追った……。
☆・主な登場人物
八乙女千早 浦安八幡神社の侍女
八乙女挿 千早の姉
八乙女介麻呂 千早の祖父
神産巣日神 カミムスビノカミ
天宇受賣命 ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役
来栖貞治 千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
天野明里 日本で最年少の九尾市市長
天野太郎 明里の兄
田中 農協の営業マン
先生たち 宮本(図書館司書)
千早を取り巻く人たち 武内(民俗資料館館長)
神々たち スクナヒコナ タヂカラオ
妖たち 道三(金波)
敵の妖 小鬼 黒ウサギ