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14『バブルの森と悪魔の城・2』 

千早 零式勧請戦闘姫 2040  


14『バブルの森と悪魔の城・2』 





 學天則に似た受付ロボットに生徒手帳を見せると二秒ほどのタイムラグがあって『ヨウコソ九尾市民俗資料館ヘ』と挨拶してくれてゲートが開く。


 九尾市内の小中高生は入場無料の資料館なのだ。


 ネットに繋がっていればハンス(ハンドスマホ)の情報を読んでタイムラグ無しにゲートが開くのだが、予算不足でいまだに二十年前に寄贈された學天則に受付をやらせている。


 學天則というのは百年以上前に開かれた博覧会に出品された日本最初のロボットで、九尾市のマニアが亡くなった時に展示品として寄贈されたものだ。しかし、レプリカで資料的価値が乏しいということもあって故障した受付システムの代わりに置かれて、もう八年になる。


「いつ来ても陰気臭い ところだなあ」


「もともとどこかのお城がモデルだし、予算も少ないからね」


 入って直ぐのホールには、名産の九尾米や柿羊羹の資料に混じって百周年を迎えたゼロ戦についての展示もされていて、そういう展示物をチラ見する貞治だが。目標の決まっている千早は貞治を従えて、グイグイ奥の展示室に向かっていく。


 濃尾平野は豊かな土地で数万年前からの遺跡や遺物がゴロゴロあって、それに関する資料だけで一階は一杯。二階は古代から戦国時代、とりわけ斎藤道三や織田信長、地元の豪族九尾氏の資料が並び、三階は近世近現代の骨董品が展示されている。


 そういうものはいっさいすっ飛ばして、四つある塔の一番大きなものに直行する。


 日本の城なら天守閣と呼ぶべき塔の内部は丸ごと九尾市の伝承に関わる資料が収められていて、その最上階が九尾の狐に関するものだ。


「ラプンツェルの空き家が妖怪の棲家になったみたいだなあ(^_^;)」


「さあ、調べるよ」


 絵巻物や草紙、絵草紙が並んだり積まれたり、その全てがいわゆる草書体。21世紀の高校生には手に負えない代物なのだが、手をかざすと現代語、それもAIが生成した画像や短い動画付き出てきて、高校生の二人でも不自由しない仕掛けになっている。


『はるか平安時代の昔、鳥羽上皇に仕えた玉藻前たまものまえという美女が九尾の狐であったと言われる。しかし、それは九尾の狐の一面に過ぎず、本性はさまざまに姿形を変え、日本各地にその足跡を残している……』


「なんか、とんでもない化物みたいだなあ」


「先を見るよ」


 スワイプすると、様々な人物や妖怪に変化した九尾の狐が現れる。


『坊主になったり、武士になったり、旅の女性や尼僧に化けたり、村娘や村の子ども、時には行倒れの老婆に身を変えて旅人や九尾の人たちを惑わした。鳥羽天皇のころには更衣(女官)として側近くに仕えたが、時の天台座主に見破られて九尾に逼塞した。しかし、座主が亡くなり、天皇が上皇となって院政を敷いたころには再び玉藻前として都に現れ、都を拠点として日本各地に姿を現し、前にも増して人々を惑わした』


 その後、源頼光が当地の九尾丘まで追い詰めて退治されたとある。


『しかし、鳥羽上皇と源頼光とでは100年の開きがあって(頼光は鳥羽上皇の百年前の武将)、真相は定かではない。おそらくは様々な人々の働きを酒呑童子の鬼退治で有名な頼光に仮託させたものと思われる』


 当時は、まだ山と呼ばれていた九尾丘で、頼光が四天王とともに九尾狐の本性を現した玉藻前と戦っているホログラム映像が浮かび上がる。


「聞いたことあるよなぁ、あまりに激しい戦いだったので、山の半分が削れて丘になったって……」


 数日前のゼロ戦フェスティバルを思い出すふたり。レプリカやラジコンのゼロ戦がグラマンやコルセアと模擬戦闘をやって見せたのは、そう思うと暗示的ではある。


『……ここまでが通説の主軸ではあるが、研究者の間では、九尾狐こそが日本の中心である濃尾平野に根拠地を定めて大陸からの霊威を食い止めたとの説をとる者もあって、善悪で判別するのは早計であると言えるかもしれない』


「ううん……よく分からんなあ……」


 貞治は頭の後ろ、千春は前かがみになって胸の前で腕を組む。


 その二人の目の前を、資料をビジュアル化したホログラムが次々に流れ、資料館の学芸員も途方に暮れている感じがする千早だ。


「ムム……!」


 組んだ腕を解いて、流れていくホログラムを断ち切る千早。


「あ、見えないじゃないか」


「現物を見なくっちゃ……」


 ホログラムの下は膨大な現物資料、とても高校生の二人が読めるシロモノでは無いが、千早は字の具合や訂正、書き直しや書き加えられたところ、果ては、血だか汗だか分からないシミまで見入った。


「なんか分かるのか?」


「……うん、情熱がね」


「情熱?」


「うん、なんて言うんだろ……」


 千早の家は神社なので、古い記録が山ほどある。その八割以上は明治以前に書かれたもので、奉納やお祭りに関するものが大半。

 それらは、めでたく奉納やお祭りを成し終えた穏やかで目出度い気持ちが滲み出ていて、内容はつまらないが、とても穏やかなものだ。


 それに比べて九尾狐に関する現物資料は、荒々しく禍々しく、あるいは頼もしく、あるいは酩酊している。


 えぐい! やばい! えもい! 尊い! マジ卍 !


 父の一彦や母のさかきから「鳥居を潜ったら口にするな!」と言われている感嘆詞が頭の中で弾ける千早。


「もう降りようぜ」


「あ、うん」


 貞治に言われて塔のらせん階段を下りると、ゼロ戦フェスティバルで元気に開会の挨拶を述べていたアカリン市長の声が聞こえてきた。


 


☆・主な登場人物


八乙女千早          浦安八幡神社の侍女

八乙女挿かざし      千早の姉

八乙女介麻呂         千早の祖父

神産巣日神         カミムスビノカミ

天宇受賣命           ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役

来栖貞治くるすじょーじ  千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子

天野明里           日本で最年少の九尾市市長

天野太郎           明里の兄

田中           農協の営業マン

先生たち         宮本(図書館司書)

千早を取り巻く人たち

神々たち         スクナヒコナ


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