第一章 幼年期編:初めての外出と七大魔術
<Side:アルト>
さらに翌日。
ステラ先生の魔術講座も二日目。
アルトは今日はどんなことを教えてくれるのだろうか…
なんてことを考えていたが…
「座学は明日以降も続くのでほどほどにして、
今日は…実践です。
バルトさんから外出許可はいただいてますし、
外に…ってアル君!?」
【アルトはにげだした!】
…
「はあ…はあ…どうして逃げるんですか…」
途中まで聞いた時点で脱兎のごとく逃げ出していたアルトであったが、
さすがに三歳児の身体能力では逃げ切れず、すぐに捕まってしまった。
「…」
実のところ、アルトは今まで屋敷の外に出たことがなかった。
屋敷の庭ですら、一度も出たことはない。
これまで散々部屋からの脱走を繰り返してきてはいたが、
正直に言うと、外に出るのがなんだか少し恐ろしくなってしまっていた。
階段から落ちた時も、溺れた時も、
自業自得だが、一歩間違えば命に関わるところだった。
ここは異なる世界なのだ。
何が起こるかもまったくわからない。
「(せっかく得た二度目の人生…だしな…)」
色々と言い訳していたが、
要するにアルトはビビっていたのだ。
「もしかして…怖いのですか?…」
アルトが目を泳がせていると、ステラがそんなふうに言った。
「(ステラ先生に考えていることがバレている!?…)」
さては読唇術ならぬ読心術の使い手か!?…
などと暢気に考えつつも、
心情をズバリと言い当てられたアルトの表情は驚きに染まる。
その表情の変化に気づいたのかステラが続ける。
「やっぱり私のことが…」
「(へ?なんでそうなるんだ?)」
無論、そんなわけはない。
アルトはステラの方に向き直る。
顔を背けていたせいで気づかなかったが、
ステラの眼は…
美しい金と銀の双眸は潤んでいた。
「アル君があの時言ってくれた言葉は嬉しかったですけど、
私は魔族です…人族の子供である君にとって、
本当は恐ろしい存在でしょうし…」
そう言った時、ステラの声は少し震えていた。
「(…どうしよう…全く違うんだが…
そもそも魔族が何かもちゃんとわかってないし…)」
人間というのは未知を恐れる。
本来であれば、知識にない魔族という存在である
ステラのことを恐れていても不思議ではない。
だが、それはあくまでも知らなければの話だ。
まだたった数日とはいえ接し、
ステラのことを少しでも知ったアルトは全く恐れてなどいなかった。
「(ん?…
だったら…俺は何を怖がってんだ?…)」
魔族も、外の世界も、
そのどちらも同じくアルトにとっては未知のもの。
知らないならば知ればいい。
未知に飛び込んでいく勇気こそ必要ではあるが、
別に恐れる必要など…ない。
「先生、行きましょう!」
丁度いい踏み出すきっかけをもらったと言わんばかりに
アルトは笑顔を浮かべ、ステラの手を引いた。
「ふぎゅ!?…」
「ぐお!?…」
声は掛けたものの、いきなり手を引いたからか
ステラはバランスを崩し、アルトの後頭部におでこをぶつけた。
「ううう…」
ステラの瞳は…今度は違う意味で潤んでいた。
…
「本当に怖くはないのですか…?」
「ステラ先生のことは怖くないですってば。
…いや、ちょっとは怖いかも。
…さっき後頭部にヘッドバット食らいましたし。
まあともかく…ちょっと外に出るのが怖かっただけです。」
未だに痛む後頭部をさすりつつ、
目的地に向かう道中、馬の背で揺られながら、
アルトはステラと話をした。
魔族を…というかステラを恐れていないこと、外に出るのが怖かったこと。
その他にも色々だ。
「(にしても…田舎だ…)」
この世界に来て、初めて見た外の景色は
あたり一面、緑色に染まっていた。
「(まあ、これはこれでなかなか綺麗な景色だが…
あれは…なんだろうか?…)」
アルトは未だにこの世界について知らないことは多い。
機会があれば、この世界の農作物の植生なんかも調べてみようか…
などと考えていた。
「…さっきのはアル君がいきなり引っ張ったからなんですけど…
まあ…そういうことにしておきます…
…でも、ちょっと意外でした。」
「え?何がです?…」
ステラの話は続いていたのだが、
アルトの思考は脇に逸れており、
半分くらい聞いていなかった。
「言動が大人びているので勘違いしてしまいますが…
まだまだ子供ですもんね…」
「(一体、なんの話だ?…)」
アルトはなんのことだかイマイチわからなかったが、
ステラは何か勘違いをしているような気がする。
「(もしかすると…馬に乗るのが怖いと思っていたと誤解されているのだろうか?)」
たしかに…馬に乗ったのは前世も含めて初めてということもあり、
内心ちょっとドキドキはしていたアルトではあったが、
そもそも屋敷に馬がいることも、
馬に乗ることも知らなかったので、
そこを怖がっていたわけではない。
「(…別に今世では子供で間違いないのだが…
なんだろう。釈然としない。
…ん?…あれ?…そういや、どこ向かってんだ?)」
馬を御する技術もないし、背丈も足りないアルトは
馬を御すステラの前に座り、ステラにもたれかかるような形になっていた。
だが、目的地を知らないことを思い出し、
微妙にむすっとした顔のまま、
振り向きつつアルトは言った。
「…ステラ先生、どこに向かってるんです?」
「ふふ…あ、ええっと…
屋敷から十分ほどなので…
もうそろそろ…って言ってる間に見えてきましたね。」
むくれているアルトを見て笑みを零しつつ、
ステラがそう答える。
「…?」
ステラは見えてきたと言ったが、
一本の大きな木…木というよりも樹といった感じだが…
それ以外には何もない。
あの木が目的地なら正解だが、それ以外は、
ただ、だだっ広い平原が広がっているだけであった。
「先生、何もないですけど?…」
「あはは…
魔術の練習で水以外の六つの属性も使用するので、
何もなくて正解なんですよ。
燃え移ったり、壊したりする心配がないですからね…」
アルトが訝し気に言うのに、
ステラは笑いながら答えた。
「(…確かにそうだ。
この間も家ぶっ壊したし…
てか、水以外の属性もってことは新しい魔術か!…)」
父からくらった凄まじい威力のデコピンを思い出し、
アルトは思わずおでこをさすりつつも、
わくわくが隠せないでいた。
「さて、少し休憩したら始めましょうか…。」
「よろしくお願いしまああああす!!」
まるで声出しを強いられた部活生や
某夏の戦いのような気合でアルトは言った。
「いきなり元気になりすぎじゃないですか?…
まあ…こちらこそよろしくお願いします…」
アルトの妙なテンションについていけていないが、
ステラはそう返した。
…
「…珍しいですね。」
ステラが呟いた。
「え?そうですか?」
休憩の後、魔術の実践が始まったのだが、
別にとんでもない規模の魔術を使ったわけではない。
ただ七大属性の各属性の初級魔法…じゃなかった。
初級魔術を一通り使ってみただけだ。
各属性の初級魔術は…
炎属性:【炎】、水属性:【水】、雷属性:【雷】、土属性:【土】
風属性:【風】、光属性:【光】、闇属性:【闇】
それぞれこのようになっている。
魔術の規模は【水】の時とどれも同じ程度だった。
「…ええ…七大属性のどの属性も万遍なく扱えているのは珍しいんですよ。
多くの魔術士は多かれ少なかれ得手不得手がありますし…
ちなみに私は風属性が得意で、水属性が苦手、
他の五つはまあ万遍なく…といったところでしょうか。」
「(ほえー、知らなかったなあ…)」
ステラによると、
魔術の得意・不得意はその人が過ごしてきた環境や幼少期の体験などで左右されるらしい。
例えば、海辺で過ごしてきた人は水属性が得意になったり、
幼少期に火傷を負った人が炎属性が不得意になったりするらしいのだ。
「(だったら俺は水属性が苦手になってても
おかしくはないんだけどなぁ…)」
前世から含め…既に二回も溺れてるアルトが苦手になってなかったら、
どうなったら苦手になるんだ…っていう話ではある。
意識的な問題なんだろうか…イマイチ信憑性に欠けるし、
個人差もあるような気もする。
「(…俺がおかしいだけなのか?…ん?)」
アルトは心の中でそう独り言ちつつも、違和感に気づく。
「ステラ先生…水属性が苦手なんですか?…」
アルトは使用人たちから
ステラがどのようにアルトを助けたか経緯を聞いていた。
そのため、水属性は得意なのだとてっきり思っていたのだが…。
「ふふ…ええ、あくまで相対的にですけどね。
それでも…」
「…まだまだアル君には負けませんよ。」
不敵な笑みを浮かべつつ、ステラはそう言った。
…
その後も初級魔術の練習を続け、
日が暮れてきたので、ステラと共に屋敷に戻った。
自室に戻ったアルトは机に向かう。
「(途中から思ってたんだが…この魔法陣…)」
詠唱によって構成される魔法陣は属性や位階によって異なる。
だが…共通している部分や似通っている部分が何箇所かあった。
「紙…紙…」
アルトは羊皮紙とペンを取り出し、
各属性の初級の魔法陣を描いた。
そして、その八つの魔法陣を比較し、
その中から全ての魔法陣で完全に一致している部分だけ…
つまり、魔法陣の共通項を取り出してみる。
すると…
「…もはや何かわかんねえな…コレ…」
かなりすっきりとした(もとい、スカスカとも言う)魔法陣が出来上がった。
対応する詠唱が存在しないので、
無詠唱でこの魔法陣を描き、放ってみる。
「おっおおっっ?…」
なにかが発動した感覚はあった。
しかし…周りを見渡してみてもなにも起きていない。
「んん?…ああ…うーん…
多分…魔法陣の情報から属性に関する部分も省かれたのか…」
途中まではいい線いってるのでは?と思ったものの、
現時点では情報が足りていないようで、
まだまだ魔術の勉強不足感が否めない。
「(にしても…結構長い間、魔術使い続けたのに、
魔力切れ起こしていないんだよな…。)」
魔術の暴走などもあり、
実のところ、アルトは正確な魔力量がわからなくなってしまっていた。
魔力量を把握するために初級魔術を放ち続けていたが、
日が暮れても底が見えなかった。
どこかで頭打ちになるであろうと思われた
アルトの魔力量は未だに増え続けているようだ。
「(まあ、多いに越したことはないんだけど…)」
アルトは増えすぎて逆にちょっと怖くなっていた。
今日は初級魔術だけしか使っていなかったので、
もしかすると、そこまで魔力を使っていなかったのかもしれない。
「そうだ。そうだ。苛性ソーダ。
きっとそうだの宗田節~♪」
アルトは独特な歌詞の奇妙な歌を口遊む。
(なお、当人は語感の良さで適当に歌っているので大した意味はない。)
「ふぁ…ちょっと眠たくなってきた…。
別に疲れてはないんだけどなあ…?」
そこまで疲れていないと嘯きつつも、
睡魔がアルトを襲う。
前世では一徹ぐらいは余裕でしていたアルトではあったが、
今の身体になってからどうにも夜更かしが出来なくなっていた。
肉体的にはまだまだ子供なので別におかしくはないのだが、
どうにも肉体だけではなく、精神も肉体に引っ張られているのかもしれない。
そのままベッドに転がったアルトは、
数秒後にはスヤスヤと寝息を立てていた。
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<Side:ステラ>
アルトがすっかり夢の世界に旅立っていた頃、
ステラは割り当てられた私室で思考に耽っていた。
「(…あの子は逸材…なんてもんじゃない。)」
この日、ステラが目にした光景は常軌を逸していた。
アルトは半日もの間、初級魔術を使い続けていた。
使い続けられる魔力量も驚異的だが、問題はそこではない。
ステラ自身も魔力量的には初級魔術程度なら数日でも使い続けられる。
「(驚異的なまでの集中力だった…)」
人間の集中力というのは…最大でも九十分と言われている。
だが、アルトはその数倍もの時間、魔術の練習に没頭していた。
ちょくちょく休憩するように声をかけてみたものの、
頑なに「いえ、大丈夫です。」と言い続け、
ほとんど休憩せずに続けていたのだ。
「(しかも…当たり前のように…無詠唱ですか…)」
それだけに飽き足らず、アルトは途中から詠唱すらしていなかった。
つまりは…無詠唱魔術を扱っていたのだ。
彼はまだ魔術を学び始めて一週間やそこらの子供である
というのにもかかわらずだ。
初級魔術だったとはいえ、
無詠唱魔術は難易度が高く、そう簡単に習得できるものではない。
しかも、無詠唱魔術というのはかなりの集中を要するのだ。
そんな状態で魔法を使い続けるなんてのは、
はっきり言って無茶苦茶だ。
精神的疲労がないのか彼には…と言いたくなった。
なにがそこまでアルトを駆り立てているのかはわからない。
だが、ひとつだけ確かなのは…
「(あの子は…いずれ、世界に大きな影響を与える…)」
まだ出会って数日しか経っておらず、
彼のことは知らないことの方が多い。
それでも…確信めいた予感がステラにはあった。
「(その影響が良いものか悪いものかはわからない…)」
色々とおかしなところはあるが…あの子はまだ子供だ。
大人びてはいるがそれでも危うい。
一歩間違えれば、全てを滅ぼす破壊者にも、
全てを救う救世主にもなりうる。
だから…
「(誰かが導いてあげなくては…)」
その役目が…たとえ、自分のものではなくとも。
「(まあ、そのためにもアル君には負けていられませんね…)」
存外、ステラも負けず嫌いなのであった。




