第五章 少年期・学園生活編:事実
<Side:アルト>
「…ごちそうさまでした。」
食事を済ませたアルトは…そっと手を合わせる。
今世では特にそういった儀礼作法はないのだが…
一度、習慣づいたものはそう簡単には抜けない。
食前の「いただきます」と食後の「ごちそうさま」。
それら一連の行動は…アルト自身、半ば無意識のうちに行っていた。
「もしかして…お済みになりましたか?」
そんな様子を見て、
そう声を掛けたのは…風紀委員の少年だった。
そして、少年に声を掛けられたことで…
アルトはふと、あることに気づいた。
「(あれ?…あの子はどこ行ったんだ?…)」
先ほどまで少年に呆れた様子で窘められていたはずの風紀委員の少女は…
いつの間にか、姿を消していた。
アルトは今の今まで…いなくなっていたことに気づいておらず、
一体、いつ…どのタイミングでいなくなったんだろうか?…と、首を傾げていると…
「ええと…大丈夫…ですか?…」
呼びかけに反応しなかったことで…
少年はアルトの顔を心配した様子で覗き込んだ。
「あ、はい!…大丈夫です。
その…少し考え事をしていただけで…
すみません、お待たせしました。」
「!…そうでしたか…
いえいえ、それほど時間も経っていませんので…そこはお気になさらず。」
慌てて返事をしたアルトを見て、
少年はニコリと微笑み…
「それにしても…
食べるのがかなり早いんですね…
もう食べ終わるだなんて…」
驚き半分、称賛半分といった様子で…
そう口にする。
「そ、そうですかね?…
あんまり気にしたことなかったですけど…」
今までは一度もそんなふうに言われたことがなく…
アルトは…少しばかり、困惑する。
「ええ、まだせいぜい…五分くらいしか経っていないでしょうし…」
「(ああ、なるほど…
思ってたよりも…時間は経ってなかったのか。
てっきり、もう十分くらいは経ってると思ってたんだけど…)」
室内に時刻を示す魔導具などがなかったことで、
アルトの時間感覚は若干、狂っており…
実際のところ、まだそれほど時間は経っていない。
朝食ということもあり、
比較的、軽めのメニューではあったとはいえ…
アルトはほんの僅かな時間で完食しており、
少年が驚くのも…無理はなかった。
「冷める前に…と、思ってたら…
いつの間にか、かなりの早食いになっちゃってたみたいですね…
でも、どうせ食べるなら…一番、美味しい状態で食べたいじゃないですか。」
しかし、かと言って…
アルトは別に食事を味わっていなかったというわけでもない。
ただ、アルトは誰かと一緒での食事というわけでもなければ…
食事だけに集中し、黙々と食べ続ける。
その結果…本人も意図せぬほどの早食いになっていた。
「はは、たしかに…そうですね。
僕は比較的、食への関心が薄くて…
あんまり気にしたことはなかったんですが…
先輩ならその辺、結構拘るので話が合いそう…って、すみません!
すっかり、失念してました!」
「え?…」
いきなり、少年に頭を下げられ…
アルトは再び困惑する。
「先ほどは…先輩がご迷惑をお掛けして、すみませんでした。」
「あ、謝らないでください…迷惑だなんて、そんな…」
別に謝られるようなことはされていない…と、
アルトは否定しようとするが…
「悪い人ではないんですが…
少々、呑気と言いますか…
自由奔放なところがありまして…」
「あはは…まあ、たしかに…」
少年からの人物評を聞き…
思わず、苦笑する。
「ところで…その先輩はどちらに?…」
アルトはいなくなっていたことに気づいていなかったことなど…
おくびにも出さず…さりげなく尋ねる。
「先輩には食事を摂りに行ってもらったんです。
僕はもう手が空いていたので…僕との交代という形で。」
「(ああ、なるほど…そういうことね…
なら、まあ…別にいいか。)」
いなくなっていたことに全く気付いていなかったというのも…
それなりに問題ではあったが…
アルトは棚上げにし、気にしないことにした。
「なので、ここからは…
先輩に代わって、僕がお話を伺わせていただきたいのですが…構いませんか?」
「…もちろん、構いません。」
先ほどまでは…
不服な扱いを受け、聴取に非協力的だったアルトだったが…
一度、落ち着いたことで…
自身の態度を反省し、素直に聴取へと応じることにした。
…
「聴取の内容や現場の状況などから判断した限り、
寮の損壊や過剰防衛など…若干の過失こそ見受けられましたが、
アルトさんとご友人のお二人の主張には大きな矛盾などもなかったため…
正当性が認められると思います。
追って、沙汰は下されますが…
まあ、まず…今回の一件でお二人に処罰が下ることはないでしょうし、
加害者の生徒には何らかの処罰が下るでしょう。」
一通りの聴取を終え、
少年から告げられたのは…そんな言葉だった。
「そうですか…なら、一安心…」
一連の騒動が解決に向かって、
前進し始めたことに…
ひとまず、アルトは胸を撫で下ろそうとし…
「ですが…」
「ですが?…」
少年の続く言葉で阻まれた。
「今回の件は限りなく現行犯に近かったため、
対処できましたが…
その他の…ご友人への集団暴行の件などは…
なにぶん、日が経っていることもあって…その…」
少年は言いにくそうに…言葉を詰まらせる。
「対処が…難しい…って、こと…ですよね?」
「…はい。」
科学技術の発展していないこの世界では…
現代日本よりも証拠を集めるのはより一層、困難を極める。
たとえ、被害者の証言があったとしても…
それだけでは決定的な証拠にはならず、
現行犯でもない限り…
罪を立証するのはほぼ不可能に近かった。
それはつまり…事態の完全な解決には至らないことを意味していた。
「(ミスったなぁ…
あの現場に居合わせた時点で風紀委員会に即通報するのが正解だったってことか…)」
もっと早くに風紀委員会を頼るという選択肢を取れていれば、
事態が解決していた可能性があったことに気づき…
アルトは悔やむ。
「(でもなぁ…
風紀委員会って名前だけ聞いて…
学生のごっこ遊びみたいなもんだろうな…って、思っちゃってたんだよなぁ…
もっと前に風紀委員会のことちゃんと知ってたら、もしかすれば…
いや、その後でも…
誰かに相談してれば、風紀委員会を頼るっていう選択肢が出てたかも…)」
今となっては、あまり意味のないたられば。
そんなものがアルトの中ではいくつも湧き出ていた。
「(総じて言えるのは…
自分一人で解決しようとしたのは間違いだったってことか。
身体や魔術を鍛えて…多少、強くなっても…
やっぱり、俺は一人じゃ、大したことも出来ない…)」
天候を変えるほどの魔術や武術科の生徒を圧倒できるほどの体術などを身に付けてもなお…
アルトは自分の無力さに打ちひしがれていた。
…
聴取が終わり…数時間後。
時刻はお昼時。
アルトたちは…食堂へと集まっていた。
「ごめん、皆…いきなりなんだけど…
少し、力を貸して欲しいことがあって…」
アルトはそう言って…頭を下げる。
その表情は…未だ曇ったままだった。
「!…珍しいな。
お前がそんなこと言うなんて…
まあ、別に構わねえけど…」
「フェイトがいるってことは…
今朝、言ってたこと絡み?…
私ももちろん、構わないわよ!
だけど、私たちの力なんて借りなくたって…
アルトなら…大概のことはなんとかなるんじゃない?」
「?…グレアちゃんは何か知ってるの?…
でも、たしかにそうだね…
それに…フェイト君って言ってたっけ?…
彼のことも聞きたいし…
アル、詳しく聞かせてよ。」
ある程度、事情を知るグレアはともかく、
ディエスとフィリアはアルトからのいきなりの頼みに…
若干、驚いた様子こそ見せたが…
アルトのどこか思い悩んでいるかのような表情を見て、
数日間、顔を見せなかったことは特に責めもせず…協力する意思を見せた。
「ああ、それはもちろん…
グレアはもう知ってると思うけど、
彼のことも…これからする話の中で話すよ。
実はここ数日…」
アルトはそう話を切り出した。




