第五章 少年期・学園生活編:不実
<Side:フィリア>
目を覚ましてからしばらくして…
フィリアは今日、受ける授業の準備をしていた。
「…」
ふと、何かを思い出したかのように立ち上がると…
生徒寮の各部屋に備え付けられている学習机の鍵付きの引き出しから、
フィリアがおもむろに取り出したのは…細長い箱。
「いい加減、そろそろ…返さないとダメだよね…」
箱の中身を取り出し、
宙にかざすと…フィリアはそう呟いた。
差し込んだ朝日に照らされ…
輝くのは小さな杖。
一見すると…
どこにでもあるような何の変哲もない杖だったが、
それはフィリアにとって…
故郷のリオス村にいた頃から眺めるのが日々の日課となっていたほどの宝物。
自身の魔術の師であり、窮状から救ってくれた恩人…
アルトから…かつて、再会の約束の証として手渡されたものだった。
「(返そうとは思ってたんだけど…
アルはずっと忙しそうで…
返すタイミングも中々、無かったし…いや、それはただの言い訳か。)」
その杖がアルトにとっても大事なものだということは本人からも聞き及び、
フィリアも知っていた。
そのため、本来なら再会した際に返すつもりではあったのだが…
そのタイミングでは返すことが出来なかった。
そして、一度、機を逸してしまうと…
中々、返すに返せず…フィリアはなあなあの状態にし続けてしまっていた。
「(でも、アルもアルだよ…
せっかく、やっと会えたんだから…
もうちょっとくらい喜んでくれたっていいのに…)」
たとえ、別れた時がどれほど劇的で感動的であっても…
再会した時が同じように劇的で感動的であるとは限らない。
とはいえ、アルトのフィリアたちと再会した際の反応は…
あまりにも淡白で…実にあっさりとし過ぎていた。
実際のところ、アルトも内心では再会をかなり喜んではいたのだが…
そんなことをフィリアが知るはずもない。
「(特に何も聞いてこないし…
もしかして、約束したことも…
この杖のことも…
アルは全部忘れちゃったのかな…)」
自分にとっては大事な約束でも…
もしかすると、アルトにとってはそうではないかもしれない。
そう考えてしまい…フィリアは途端に悲しくなった。
「(やっぱり、罰が当たったのかな…
あの時、嘘をついたから…)」
フィリアのついた嘘。
それは…フィリアたちがアルトと再会した時のこと。
アルトに赤い髪の少女を見ていないかと尋ねられ…
フィリアは咄嗟に見ていないと答えた。
だが、フィリアは走り去る赤い髪の少女…グレアの姿を目撃していた。
「(なんであんな嘘ついちゃったんだろ…
グレアちゃんはあんなに良い子なのに…)」
少しでも長く…
アルトにその場に留まってほしかったがためについた小さな嘘であり、
誰かを傷つけたわけでもなく、
誰かが不利益を被ったわけでもないちっぽけな嘘だった。
しかし、アルトがいない間にも交流を重ねたことで…
グレアはフィリアにとっても初めて出来た同性の友達となっており、
フィリアは嘘をついたことに少しばかりの罪悪感を覚えていた。
…そんな時。
フィリアはあることに気づいた。
「(あれ?…なんか、ちょっと外の方が騒がしいような?…)」
時間的には授業が始まるにもまだ少し早く、
普段なら、もっと静かで…
騒がしいのは珍しかった。
少し気になったフィリアが外の様子を窺うと…
ある部屋の前に人だかりが出来ていた。
「(あっちは…たしか、男子棟だったよね?…)」
学園の各学科の寮は同じ寮でも男女で棟が分かれており、
棟ごとに決まった呼称があるわけではないものの、
生徒たちはそれらを各学科の寮の男子棟・女子棟などと呼ぶことで区別している。
人だかりの出来ている位置から…
おそらく魔術科寮の男子棟の方で何かがあったのだろう。と、フィリアは推測した。
「(まあ、でも…火事とかってわけじゃなさそうだし…
別に気にする必要はなさそう…)」
フィリアはリオス村にいた頃のようにイジメられることはなくとも…
魔眼を持っていることで奇異な視線を向けられることは少なくなく、
交友関係は相変わらず狭いままだった。
そのため、同じ寮の…ましてや、男子の知り合いなどはおらず、
自分には十中八九、関係のないことだろう…と、
フィリアはそう結論付けた。
しかし、ある人物の姿が…一瞬、頭をよぎる。
「まさか…ね…」
だが、騒ぎが起きているのは魔術科寮の男子棟であり、
その人物は…魔術科の生徒ではない。
さすがにそんな所にいるはずもないか…と、首を振ると、
フィリアは授業の準備に戻った。
そして、しばらくした頃には…
フィリアは外の騒ぎのことなどすっかり忘れていた。
…
<Side:アルト>
「さて、話は聞けたし…私はそろそろ戻るわ。
もう見張りも必要ないだろうし。」
「え?…そんなことしてくれてたの?
でも、うん…わかった。
わざわざ来てくれてありがとね…」
「そんな何回も言わなくてもわかってるわ…それじゃあね。」
アルトがフェイトの治療を終えたことで一段落すると…
グレアはそんな言葉を残し、早々に帰っていった。
「彼女、良い子だね…」
「…そうだね。
グレアは言動で誤解されることもあるけど、
根は優しくて良い子だよ。
まあ、でも…本人の前でこんなこと言うと…
照れ隠しなのか殴られちゃうんだけどね。」
「な、殴?…え?…良い子…なんだよね?…」
「ああ、もちろんさ。」
「へ、へー…」
アルトからの人物評に困惑しつつも…
フェイトはそれ以上、深くは聞かなかった。
「(あ、そういえば…)」
気にはなっていたものの…
バタバタしており、後回しにしていたことをアルトはふと、思い出した。
「そういえば、聞きそびれてたんだけど…
さっき、フェイトが使ってたのって…もしかして、上級水魔術の『水砲』?」
「うん、そうだけど?…」
魔術名を発動時に言っており…
アルトが何を聞きたいのかはイマイチわからなかったが、
フェイトはとりあえず頷く。
「気のせいじゃなかったら…詠唱もしてなかったよね?…」
「…してなかったね。」
「やっぱり、そうだよね!?
うわー…フェイトも無詠唱使うんだ…
あんまり使ってる人に出会わないから、
なんかちょっと嬉し…」
アルトがこれまで出会った中で無詠唱を使う者は片手で数えれる程度しかおらず…
まるで仲間を見つけたような興奮した様子でそう口にする。
「でも、それだけ魔術を使えるなら…
こいつ一人くらい…全然、どうにか出来たんじゃない?…」
「はは…無理だよ。
適度に距離のある状態ならともかく…
屋内での近距離なら武術科の彼に敵うわけないよ。
詠唱する隙も無いし…」
アルトの言葉に…フェイトは表情を少しだけ曇らせ、そう返す。
「え?…こいつ、武術科だったの?…
で、でも…無詠唱なら…フェイト、さっきは当ててたし…」
「いや、あれはアルトたちが隙を作ってくれたから当てれただけで…
もっと集中する必要もあるし…無理だよ。
第一、詠唱する隙もないのに…無詠唱で間に合うわけないじゃんか。」
そう…本来はフェイトの言うように…
無詠唱魔術はかなりの集中を要する上に、
独力で魔法陣を構築する都合上、発動までに相応の時間がかかる。
要するに…詠唱するより早く無詠唱で魔術を発動出来るアルトがおかしいだけなのだ。
「中途半端な状態で発動しても…
大した効果は見込めないし、
ほら…一番最初に会った時、僕は外套を焦がしてただろう?」
「(!…ああ、なるほど…あの時のあれはそういう…
相殺しようとして、しきれなかったってことだったのか。)」
数ヶ月越しに起きていた現象をようやく理解し、
アルトが納得していると…
突然、部屋の入り口の扉が勢いよく開かれた。
「(ん?…もしかして、グレアが戻って…)」
一瞬、そんなふうに考えたアルトだったが…
「(いや、違う…この足音…一人じゃない。)」
すぐに、そうではないことに気づいた。
「(!…もしかして、こいつの取り巻きたちが…)」
アルトが警戒していると…その集団は姿を現した。
「(?…誰だ?…こいつら…
取り巻きの連中なら、一人くらい見覚えがあってもいいはずなのに…)」
暴行犯の一派であれば…
多少なり見覚えがあるはずなのだが、
その姿に…アルトは全く見覚えがなかった。
その集団は数人の男女からなっており…
全員が同じような腕章を付けていた。
「動かないでください!
通報を受けて来ました…風紀委員会です!」
室内の様子を見渡すと…その集団の一人はそう宣言した。




