第五章 少年期・学園生活編:フェイトの事情(四)
<Side:フェイト>
時はほんの少し遡る。
ガンッ…ガンッ…
「(ん…んん…)」
フェイトは何かを叩くような物音で…目を覚ました。
「(今…何時?…)」
眠気眼を擦りながら…
枕元に置いてある時刻を示す魔導具を確認すると、
そこに示されていた時刻は…
普段、起きる時間より一時間以上も早かった。
「(むぅ…まだこんな時間…
もうちょっとくらい寝れたのに…何?…この音?…)
睡眠を妨害されたことに若干、眉を顰めつつ、
音の発生源を探ると…
その音は部屋の外から聞こえていた。
「(誰かが…扉を叩いてる?…
もしかして…アルト?…)」
フェイトの脳裏には一人の人物が思い浮かんだものの…
「(いや、アルトじゃない…
アルトが来るのはいつも僕が起きてからだし…
アルトならこんな乱暴に叩いたりしない…)」
そんなわけない…と、すぐに首を横に振った。
「(大体、アルトはもう…来るわけない…
僕の方から突き放したんだから…)」
フェイトがアルトを拒絶した理由。
それは…アルトの身を案じたからである。
本人がどのように感じていようが、
他者から見れば…
アルトの行動は無理をしているようにしか見えず、
そんなアルトの姿に…
フェイトは無意識のうちにかつての母の姿を重ねていた。
無理をしたことで…
過労で倒れ、そのまま帰らぬ人となった母。
その原因になったのは自分の存在であり、
もし、自分さえいなければ…
母は今も元気に生きていたかもしれない。
そんな仮定に大した意味がないことも…
ありえないことも…
フェイト自身、頭ではわかっていたが、
そんなふうに考えずにはいられなかった。
…だからこそなのだろう。
フェイトが自分のために誰かが無理をすることを恐れ…
そして、忌避するようになったのは。
「(でも…じゃあ、誰が?…)」
そう考えていた時…
一際、大きな音が響いた。
「(!?)」
フェイトが慌てて部屋の入口の方を覗くと…
吹き込んだ風が頬を撫でた。
陽はまだ昇りきってはいなくとも、
季節はもう夏に近く…到底、寒いはずなどはない。
だが、なぜか…身体は震えた。
「なんだ…起きてやがったか…」
「(ま、まさか…寮の中にまで入ってくるなんて…)」
部屋の鍵を破壊し、室内に侵入してきたのは…
フェイトに暴行を加えた主犯格。
フェイトはいくらなんでもここまで強硬な手段に出るとは思っておらず、
誰の目にも明らかなほど…動揺していた。
「(お、落ち着け…なんでかはわかんないけど、相手は一人…
なら、なんとか…)」
学園の入学試験は筆記試験であり…そこで問われるのは知識のみ。
必ずしも、上位入学の特待生が一般生より実力的に優れているとは限らない。
しかし、それでも…
フェイトは持ち前の聡明さと学園入学後に重ねた努力の甲斐あってか、
魔術科特待生の名に恥じないほどの魔術士としての腕を持っていた。
以前のように囲まれて魔術を発動する隙すら与えてもらえないような状況でもない限り、
実力的には問題なく対処できる…はずだった。
「ぐっ…」
「馬鹿か?…お前。
別に真面目に取り組んじゃいないが…
武術科の俺に…この距離で敵うわけないだろ。」
本来、魔術士の間合いは中距離から遠距離。
一度、間合いを詰められると…
どれほど熟練の魔術士であっても、
近距離では剣士を始めとする戦士に到底、敵わない。
侵入してきた主犯格との間には既に十メートルもなく、
魔術を行使するよりも早く…
あっという間に距離を詰められ、
フェイトはいとも容易く組み敷かれた。
「これまでどうやって逃げおおせてたのかも…
まあ、気になる…が…」
「(いそいで…魔術…を…)」
「お前のその…諦めてたまるかみたいな顔…
ホント、ムカつくわ…
やっぱ、こうするのが…一番手っ取り早ええ…よなっ!…」
そう口にすると…
主犯格はほぼ身動きのとれないフェイトの顔面に拳を叩きこんだ。
「国に帰りたくなったら…早く言えよ?…
ま、別に俺は…どっちでもいいがな。」
主犯格による暴行は…
異変を察知したアルトが室内に飛び込んでくるまで続いた。
…
「(また…アルトに助けられた…)」
アルトが室外へと吹き飛ばされた主犯格を追ったことで、
部屋に残されたフェイトは…
「(それに引き換え…僕は…
アルトの足を引っ張り…危険に晒しただけだ。)」
一人、唇を噛んでいた。
「(情けなくて…自分が嫌になる。
なんでアルトは…僕なんかのために…)」
何度、思い返してみても…
アルトが自分を助けてくれる理由に心当たりはなく、
フェイトは不思議で仕方なかった。
「(アルトはアイツを追っていったけど…大丈夫かな?…
さすがに『水砲』をもろに食らってたし…無傷ではないだろうけど…)」
アルトによる治療は途中で中断されたが…
途中まででも治療を受けたことで、
フェイトはかろうじて身動きできる程度には回復していた。
しかし、そんな状態で後を追っても…
何の役にも立たないことは自分でも理解していた。
「(せめて、僕も治癒魔術を使えれば…)」
フェイトが現在、習得している魔術は七大魔術のみで…
治癒魔術などはまだ習得出来ていない。
しかし、七大魔術に関しては…各魔術超級までほとんど習得出来ていた。
帝城で暮らしていた頃から知識としては知っていたが、
フェイトが本格的に魔術を学び始めたのは…学園入学後。
期間としては…およそ一年と少し。
アルトのような例外を除いても…
治癒魔術や結界魔術も並行して習得していたため、
単純には比較できないが…
魔眼を持ち、魔術に高い適正を持つフィリアですら…
そこまで習得するのにはおよそ二年かかった。
それを他の授業も取りつつ、
たったそれだけの期間で習得したフェイトは…まぎれもない天才だった。
「(あれ?…でも、アルト…)」
ふと、フェイトがあることに気づいた…その時。
「ごめん、フェイト!…待たせちゃって…」
アルトは室内へと戻ってきた。
肩に拘束された主犯格を担ぎ…
フェイトにとっては見知らぬ女生徒を引き連れて。
「ええと…後ろにいる人のことも気になるけど…
アルト、それ…何してるの?…」
「ん?…ああ、これ?…
さっきみたいに暴れられたら困るから…
目の付くところに転がしておこうと思って、
土魔術で拘束したんだ。」
アルトは主犯格を床に下ろしつつ…そう説明する。
「?…?…
アルトって学術科のはずだよね?…
でも、そんな器用な魔術まで使えるの?…
だけど、あれ?…さっきは体術も使ってたし…」
だが、その説明で…
フェイトはかえって混乱した。
「アルトは剣術も使えるわよ?」
混乱するフェイトに女生徒…グレアはさらにそう付け加える。
「け、剣術も?…
そんなのまるで…御伽話に出てくる英雄じゃ…」
「まあ、たしかに…
僕の名前は御伽話の英雄になぞらえてつけられた名前だけど…
英雄ってのは…さすがに大袈裟だよ。
第一、僕はまだ何も為して…」
フェイトのあまりにも大袈裟な反応に、
アルトは否定しようとするが…
「ちょっと待って!
その英雄って…もしかして、あのアルトリウス?」
グレアはそれを遮り…
どこか興奮気味にアルトへと詰め寄った。
「た、多分そう…」
「道理で!…前からいい名前だとは思ってたのよ!」
「う、うん?…
それは…どうも、ありがとう?…
でも、そんなこと初めて言われたような…
グレアってそういうの好きだったっけ?…」
「好きも何も…英雄アルトリウスを嫌いな人なんているわけないじゃない!
天魔大戦を終結に導いた人類の英雄なんだから!」
グレアはまるで憧れの有名人についてでも語るかのように、
目を輝かせ…そう言いきる。
「え、ホントに?…
アルトリウスって…皆、そんな好きなの?…」
グレアの言葉の真偽を確かめようと、
アルトはフェイトに確認するが…
「ええと…ごめん。
僕、友達いないから…
皆が好きかどうかはちょっとわかんない…」
「…なんか、ごめん。」
「あ、いや…謝らないで!…
でも、そうだね…
アルトリウスは人族の歴史でも最も有名な英雄だし、
好きかどうかはわからないけど…
たしかにその子の言うように嫌いな人はいないんじゃないかな?…」
「なるほど…」
フェイトのその返答にアルトは納得したように頷き…
ふと、何かに気づいたような顔をした。
「ねえ、フェイト…
一個だけ訂正していい?」
「訂正?…」
いきなり、そう言われ…
フェイトの頭には疑問符が浮かんだ。
「さっき、フェイトは友達いないって言ってたけど…
僕らは…もう友達だろ?」
「友…達…」
「え、もしかして…そう思ってたのは僕だけ!?
友達って…気づいたらなってるもんじゃない!?」
「いや、そうだね…」
「って…それより治療がまだ途中じゃん!
ごめん、すぐに治すから…」
「(友達…か。
そっか…だから、アルトは…)」
アルト自身はなんのけなしに発した言葉…
だが、フェイトにとってはその言葉の意味は大きかった。
フェイトは故郷の帝国で暮らしていた頃も…
学術都市に来てからも…
それが出来るような環境にはなく、
そんなふうに呼べるような存在はいなかった。
そのため、フェイトにとって…
アルトは生まれて初めて出来た…友達だった。
「フェイト、どこか特に痛むところは…
って、ええ!?…
な、なんで泣いてるの!?…
そんなに痛かった!?」
「ううん…全然。
これは…水…だよ。」
「誰かとおんなじようなこと言ってるわね…」
「う、うっさいよ!…
フェイトの治療の続きするから…
グレアはあっち向いてて!」
「はいはい、わかったわよ…」
普段、揶揄われる意趣返しにここぞばかりに揶揄うグレアをあしらいつつ…
アルトはフェイトの治療の続きへと取り掛かった。




