第五章 少年期・学園生活編:フェイトの事情(二)
<Side:フェイト>
フェイトの離宮での生活が始まり…
およそ五年の月日が流れた。
「…はあ。」
フェイトはぼんやりと窓の外を眺め…溜息をついた。
その目に映るのは…手入れされた庭園。
帝城お抱えの庭師の手によって、洗練された美しい草花。
だが、見た者に感動を与えられるほど芸術的なその景色も…
毎日のように目にしていれば、その感動はほぼない。
「(あの葉っぱや花ですら、
日々、成長しているのに…僕は何も変わっちゃいない。
あの頃の無力な子供のまま…)」
フェイトはそんなふうに感じていた。
だが、実際のところ…そんなことは全くない。
フェイトは家庭教師…帝城が誇る優秀な文官たちによる授業において、
非凡な成績を収めていた。
ゼオンによって、用意された最高の環境があったとしても、
それはフェイト自身の才と努力の成果であることは紛れもない事実である。
しかし、比較対象が無ければ…
成績の良し悪しは測るのが難しい。
フェイトは自分に出来るなら、
これくらい誰でも出来るだろう…そう、思い込んでいた。
「(ずっとこんなところに閉じこもってるからだろうか…)
フェイトは普段、ほとんど離宮から出ることはない。
が…別に外出を禁止されているというわけでもなく、
ただ単にフェイト一人では出る理由も機会もないというだけである。
そのため、離宮内がフェイトにとっては世界の全てとなっていた。
子供一人が暮らすには十分すぎるほどに離宮内は広い。
だが、それは世界と呼ぶには…あまりにも狭過ぎた。
「(そもそも、おじ…
いや、皇帝陛下は…)」
フェイトは家庭教師の文官たちや世話係の使用人たちの会話などから…
母の身に起きた事実やゼオンの立場について理解していた。
だが、理解したことで…より深まる謎もあった。
「(どうして、僕を引き取った?…
一体、何のために?…)」
ゼオンが母を失ったフェイトを引き取る理由も…目的も…
フェイトには何一つとして、わからなかった。
せめて、ああして欲しいだったり…
こうして欲しいなど…
なにか一言でもあれば、違ったのかもしれないが、
ゼオンはフェイトに対して…
強制も指図もせず、ただ傍観するだけだった。
「(もう…わかんないよ…
どうしたらいいの?…お母さん…)」
誰かに相談しようにも…
フェイトの周りにいる者は全てゼオンの息がかかっており、
相談するに出来ず…
フェイトはただ苦悩することしか出来ずにいた。
…
その数日後。
「…陛下。」
フェイトはゼオンと対面していた。
ゼオンはフェイトの離宮での暮らしが始まった当初から変わらず…
数日に一度、不定期に離宮を訪れる。
「いつも言っているが、
昔みたいにおじさんで別に構わないぞ?…」
フェイトに皇帝であるということが露見して以降も…
ゼオンの態度は出会った当初とそう変わらない。
「いえ、そういうわけには…」
だが、それに引き換え…
フェイトの態度はかなり余所余所しいものとなっていた。
「…まあ、仕方ないか。」
ゼオンはそんなフェイトの様子に少し寂しそうにしつつも…
そうなっている原因が自分にあることも理解していたため、
それ以上はもう何も言わなかった。
そうして、しばらく…
二人の間には奇妙な沈黙が流れ…
「…聞きたいことがあります。」
その静寂を破るようにフェイトは切り出した。
…
<Side:???>
現皇帝、ゼオン・ディステルの帝国内での評価は真っ二つに分かれる。
ある者は彼を賢帝と呼び…
また、ある者は彼を臆病者と呼ぶ。
それほどまでに評価が分かれることになったのは…
ゼオンが帝位に就いた際に打ち出した政策に起因する。
大陸内では比較的新興の国であるとはいえ、
ディステル帝国には数百年の歴史があるが…
その歴史はほとんどが争いに満ちていた。
そんな数百年もの間、続いた争いの歴史に終止符を打ったのが…
他でもないゼオンなのである。
ゼオンが帝位に就いた際に打ち出したのは…他国との融和。
侵攻・簒奪を繰り返してきた…
これまでの帝国とは正反対な方針であり、
当初は戸惑う者たちも少なくはなかった。
だが、それ以降…
帝国はみるみる平和になっていき、
平和を望む穏健派の者たちはゼオンを賢帝と呼ぶようになり…
強き帝国を望む強硬派の者たちはゼオンを臆病者と呼ぶようになったのである。
とはいえ、強硬派はどちらかと言えば…少数派。
民衆の大多数は平和を望んでおり…
そんな彼らからゼオンは絶大な支持を集めていた。
そのため、帝位を継承して以降、
ゼオンには早急な世継ぎの誕生が切望されていた。
国の貴族たちはこぞって、
孫娘たちを是非とも皇帝の妻に…と、推挙した。
だが、ゼオンは頑なに…誰とも結ばれようとはしなかった。
立場上、皇帝であるゼオンには誰も強制することなどできず…
国の中枢に関わる重臣たちは頭を抱えた。
そして、悩んだ末に…
皇帝の身にもしものことがあった時のために、
大臣らを始めとした貴族たちの率いる帝国議会は大公家…
つまり、皇帝の縁戚にあたる人物たちに暫定的な帝位の継承権を与えることにした。
「何が賢帝だ…忌々しい。」
そのうちの一人が…このゼラード・ディストート。
ゼラードはディストート大公家の現当主であり…
血縁的にはゼオンの腹違いの弟にあたる。
かつては、ゼオンと帝位を争ったこともあり…
現在、帝位継承権が第一位の人物である。
「(あいつのせいで…強き帝国は死んだ!)」
ゼラードはゼオンが皇帝になる以前の旧帝国の思想を色濃く継いでおり、
強硬派の者たちの…反ゼオン派閥の旗頭となっていた。
「(やはり、俺こそが…皇帝に相応しい。)」
ゼラード自身はそう自負していたが…
強硬派の者たちの中でも、
一度は帝位争いに敗れたゼラードを本気で皇帝に…と、
思っている者はほとんどいない。
だが、万が一。
ゼオンが倒れた際に…皇帝となる可能性がもっとも高いのがゼラードであり、
いざ、そうなった時に…甘い蜜を吸えるように強硬派の者たちはゼラードを担ぎ上げていた。
そのような周囲の態度もあり…ゼラードは増長した。
今では…さも、自分が皇帝であるとでも言わんばかりに…
帝城内を我が物顔で闊歩するほどに。
「デ、ディストート卿。
ここから先は…で、出入りが禁じられている禁踏区域です。
お、お引き取りを。」
「うるさいぞ!
私の邪魔をするな!」
「お、お待ちを!」
ゼラードは衛兵の制止を振り払い…
帝城内を進む。
ゼラードは帝位継承権を持っていようが、
現在は大公家の人間であり…
本来なら、帝城内を我が物顔で闊歩することなど出来ない。
だが、裏を返せば…
ゼラードは大公。
皇族を除いた貴族の序列の中では、
上から一番目であり…
帝国内でも指折りの権力者である。
そんな相手に強く出れる者はほとんどおらず…
ましてや、一介の衛兵に止められるはずもなかった。
そうして、ゼラードは帝城内を進み…
窓の外に見覚えのある顔を見つけた。
「(む?…あれは…ゼオンか?
妻子もいないというのに…
離宮に何の用が…)」
離宮は皇帝の許可なく踏み入れない禁踏区域にあり、
本来は皇帝が妻子と暮らすために設けられた場所である。
だが、ゼオンは未婚であり、
訪れる理由などないはずだったのだが…
なぜかそんな場所から出てきたことで…
ゼラードは訝しむ。
「(妙に顔つきが険しいが…
まあ、そんなことはどうでも…む?)」
だが、憎き宿敵のことなど、
考えたくもなかったゼラードは意識から外そうとし…
ふと、気づいた。
「(!?…)」
離宮の扉からひょっこりと顔を覗かせ…
去っていくゼオンを心配そうに見つめる小さな姿に。
「(子供…だと!?…
誰の…いや…そんなのは決まっている。)」
その子供…フェイトの存在を知るのは、
帝城内でも限られたごく僅かな者だけだった。
…この時までは。
「(ゼオンの弱点…見ぃつけたぁ…)」
ゼラードは顔立ちだけは端正なその顔を大きく歪ませ…醜悪な笑みを零す。
この国で最も知られてはならなかったであろう人物に、
その存在を知られたことで…
フェイトの運命は大きく動き始めていた。




