第五章 少年期・学園生活編:フェイトの事情(一)
<Side:アルト>
「そうだったんだ…」
一度、ぼろを出してしまうと…
もう上手く取り繕いきれず、
アルトはこの場にいた理由とその経緯について白状した。
「たしかに変だとは思ってたんだ…
アイツら、今回はかなり本気だったし、
僕が意識を失ったくらいで終わりにするわけないのに…って。」
どうやら、フェイトも何かしらの違和感は覚えていたらしく…
アルトが白状したことで、ようやく合点がいったらしい。
「でも、凄いや…
まさかアルトがそんなに強いだなんて…
僕、思いもよらなかったよ!」
そして、フェイトはどこか興奮気味にそう続ける。
「そ、そう?…」
アルトは真っ直ぐな称賛の言葉には相変わらず弱く…
照れたように少し顔を赤くする。
…が。
「うん!…学術科の制服だったし、
とてもじゃないけど、戦ったりは出来ないだろうな…って、
なんか勝手に思い込んじゃってたから、ビックリしちゃった!」
「(これは…遠回しに弱そうだったとディスられてないか?…
い、いや…気のせいだ…)」
続けられた言葉で…
言外に弱そうだったと言われているように感じ、
アルトは…その顔をほんのり曇らせる。
実際のところ、
最近は鍛えていることもあり、
アルトの身体つきは少しずつ逞しくはなってきているのだが…
元々が小柄なこともあり、
その姿は未だ年齢相応の子供の域を脱してはいない。
そのため、見かけだけで強そうか、弱そうかを判断するならば、
弱そう寄りの評価になるのも当然と言えば当然ではある。
しかし、そもそも…
フェイトの言葉にはただ、言葉通りの驚いたという以上の意味はなく…
別にフェイトにはそんな嫌味を言うような意図も意味もない。
ただ、アルトがある種の被害妄想的に…
存在しない言葉の裏まで読んでしまっていただけなのだ。
「(も、もしかして…だから、俺は頼られなかったのか!?)」
アルトは自己評価が低いこともあり、
大したプライドは持ち合わせておらず、
弱そうと思われようが…
「まあ…実際、その通りだし。」と、受け入れ、
別になんとも思わない。
だが、それが原因で窮地にある相手にすら気遣われたとなれば…話は別。
アルトはかなり…ショックを受けていた。
「(甲冑とか兜を着ければ、
ちょっとは強そうに見えるか?…)」
などと、アルトが明後日の方向に迷走しかけていた…その時。
「やっぱり、アルトには…話さないとダメだよね。」
フェイトは口を開き…
「僕の…事情を。」
そう切り出した。
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<Side:フェイト>
時は数年前、フェイトが祖国、ディステル帝国で暮らしていた時まで遡る。
ディステル帝国は中央大陸に存在する国家の一つで、
大陸内の国家の中では、比較的、新興の国家なのだが…
圧倒的な武力で他国への侵攻・簒奪を繰り返し、
瞬く間に勢力を拡大した大陸内でも有数の大国である。
近年は帝国から他国への侵攻は行われてはいなかったものの、
他国から帝国への侵攻や過去の遺恨による報復などはあり…
防衛のために戦争は繰り返されており、
民の中には繰り返される戦火に怯える者も少なくなかったが…
フェイトは帝国の首都、ディスタリアの外れにある小さな家で母と二人、
慎ましくも…穏やかな日々を送っていた。
…
だが、フェイトが齢三歳を迎えた頃。
そんな日々は…突如として、壊れた。
「おかー…さん?…」
何の前触れもなく…母は倒れた。
いや、正確には…前兆はあった。
ただ、まだ幼いフェイトが…それに気づけなかっただけで。
戦争が繰り返されたことで…
帝国内は慢性的な物資不足の状況に陥っており、
女一人で幼子を育てるには過酷な環境だった。
だが、そんな環境でも…
母はフェイトを飢えさせまいと、
昼夜を問わず、必死に働いた。
…自身も満足に食えてなどいないというのに。
そんな状態が年単位で続けば…
いつかは限界を迎えるのも当然だった。
「ごめんね、フェイト。
お母さん、すぐに良くなるから…」
「ううん、おかーさんはゆっくりやすんでて!
そのぶん、ぼくががんばるから!」
フェイトは知識がないなりに…
必死に看病した。
母が倒れた原因は…過労と栄養失調。
本来なら…適切な治療を施しさえすれば、死に至りまではしないはずだった。
だが、栄養のある食事も薬も満足に手に入らない状況では、
弱っていく一方で…
「おかーさん…おかーさん…おきてよ…」
ある日を境に、母はもう二度と目覚めなくなった。
しかし、それでも…
フェイトは母が再び、目を覚ますのを…
いつまでも…いつまでも…待ち続けた。
どれほど、腹の虫が鳴こうが…
少しづつ冷たくなっていく母の側で。
フェイトのその行動は…
空腹で動けなくなっても続き、
異変に気づいた者によって救出されるまで…
意識を失っても、なお、続いていた。
…
「ここ、どこ?…」
再び意識を取り戻した時、フェイトは見知らぬ宮殿の中にいた。
「…目が覚めたか?」
「!」
ベッドの側にいた見知らぬ男はフェイトにそう問いかける。
「おじさん、だぁれ?…」
「おじ!?…」
男はまだおじさんと呼ばれるような年齢でもなかったこともあり、
初めて受けたおじさん呼ばわりに…少々、面食らう。
だが、フェイトはそんなことはお構いなしに、
あたりを見渡すと…
「それより…おかーさんは?…」
男にそう問いかけた。
フェイトの問いに…男は目を見開き、神妙な面持ちを浮かべる。
そして…
「君の…お母さん…は…遠いところに…っ…
行ってしまった…んだ…」
男は溢れだしそうになる何かを堪えるように…
肩を震わせ、そう絞り出した。
「おかーさん、どこいったの?…
もうあえないの?…」
フェイトは目の端に涙を溜め、
今にも泣きだしそうな顔で…尋ねる。
「すぐには…会えない…っ…けど…
いつかは…っ…きっと、会える…」
男は…まるで、自分にも言い聞かせるように…
そう言った。
「おじさんも…かなしいの?…」
「俺にとっても、知り合い…ではあったからな。
というか…俺はまだおじさんではない。」
「じゃあ…おじいさん?」
「余計ひどくなってるじゃないか…」
男は苦笑しつつ…
少しばかり乱暴にフェイトの頭を撫で、
今にも泣きだしそうな顔で笑った。
男の名は…ゼオン・ディステル。
またの名をディステル帝国現皇帝。
これがフェイトにとっては、
ゼオンとの初めての邂逅だった。
…
それからの経緯はフェイトにはわからなかったものの、
フェイトはその日以降、目覚めた宮殿…
帝城にある離宮の一つで暮らすこととなった。
ゼオンはフェイトに詳しいことをあまり語らなかったが、
最低でも、数日に一度はフェイトの元を訪れ…
フェイトが何かしらの希望を口にすれば、
可能な限り、それを叶えてくれた。
…だからだろうか。
フェイトは母がいなくなり…天涯孤独となったはずだったが、
悲しくはあれど…不思議と寂しくはなかった。
「あなたもいつか…お父さんみたいに立派な人になるのよ。」
母が繰り返し…フェイトに言い聞かせた言葉である。
父はフェイトが生まれたばかりの頃に命を失ったと、
母から聞かされており…
父との記憶はほとんどなかったものの、
女手一つで必死に育ててくれた母のその言葉は…
フェイトの胸に深く刻まれていた。
「おじさん、どうしたら…りっぱなひとになれる?」
「立派な人か…」
フェイトの問いに…ゼオンは難しそうな顔をする。
…が、別におじさんと呼ばれることに渋い顔をしているわけではない。
下手におじいさんだとか呼ばれるくらいなら、
もうそれでいいや…と、
フェイトからのおじさん呼びに関しては半ば諦めていた。
ゼオンが頭を悩ませたのは…
何を以て、立派とするかということ。
そんなものは個人によって、定義は異なる。
それゆえ、ゼオンは深く考え込み…
「立派な大人の定義なんてのは俺にもわからないが…
よく学び、よく遊び、よく笑い、よく食べ、よく眠り、よく育つ。
子供のうちはそれだけで…十分、立派だよ。」
そう答えた。
だが、その答えはまだ幼いフェイトには少しわかりにくかったようで…
「うーん…あんまりわかんない…」
若干、不満げに頬を膨らませる。
「フェイトにはまだ少し難しかったか…
まあ、とにかく…
フェイトは元気に過ごしてくれれば、それだけでいいんだよ。」
そんな様子を見て…ゼオンはそう搔い摘む。
「そう…なの?…」
「ふふ…そうさ。」
フェイトは「ホントかなぁ?…」と言わんばかりに、
首を傾げていたが…
それを見たゼオンは笑みを零していた。




