第五章 少年期・学園生活編:夜と朝の境界線
<Side:アルト>
「ええと…フェイト…君?」
「僕のことも呼び捨てでいいよ?
僕の方だけ呼び捨てで呼ぶのも変だろう?」
「まあ…そうだね。
じゃあ、フェイト…
一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
アルトはたたずまいを正し…
フェイトの目を真っ直ぐに見つめつつ、
そう口にする。
「…なんだい?」
アルトの真剣な表情を察してか、
フェイトも神妙な面持ちを浮かべる。
「ええと、その…言いにくいんだけど…
どうして、あんな袋叩きに…?」
アルトがそう話を切り出すと…
「!…恥ずかしいね。
もしかして、カッコ悪いところ見られちゃった?…
そういえば、医務室まで運んできてくれたと言っていたもんね。」
フェイトはポリポリと…恥ずかしそうに頬を掻く。
「(?…
そりゃ、止めに入ったんだから…
見たっちゃ見たけど…)」
フェイトの反応にアルトは首を傾げ…
そして、気づいた。
「(あ、もしかして…
そもそも、俺が止めに入った時点でもう気を失ってたのか?…)」
どうやら、フェイトはアルトが介入した時点で既に意識を失っていたようで…
アルトの介入自体、把握していないということに。
「(まあ、それはどっちでもいいか…
別にわざわざ言うようなことでもないし…)」
だが、気づいたものの…
アルトはわざわざ「自分が助けた」などと、
恩着せがましいことを言いたくもなかったため…
その事実は敢えて、フェイトには伏せたままにした。
…だからこそだろう。
「うーん…でも、ごめんね。
そのことは…あんまり、話したくないかな。」
フェイトから返ってきたのは…
やんわりと…だが、はっきりとした拒絶だった。
「(そりゃ、話したくはないよな…
フェイトからしたら、俺は部外者もいいとこだし…)」
実際のところ、介入した時点でアルトも当事者の一人にはなっているのだが…
当然、フェイトはそんなことは知る由もない。
「そっか…ごめん。
悪いこと聞いちゃったね。」
アルトとしても…嫌がる相手から無理矢理、聞き出すのは本意ではなく、
それ以上は深く追及できなかった。
「ふふっ…でも、ありがとう。
多分だけど、僕のことを気にしてくれたんだろう?
大丈夫、僕は平気だよ!」
フェイトはそう言って笑うが…
「(嘘…だな。
あの時、フェイトはたしかに助けを求めてた。
本当なら、藁にも縋りたいはずだろうに…)」
その言葉が嘘であるのは明白。
笑みの裏には隠し切れない悲痛さが窺えた。
フェイトの抱える事情がどんなものかなんて…アルトにはわからない。
だが、窮状に置かれているということだけははっきりわかる。
そんな状況なら…誰でもいいから頼りたいはずなのだ。
なのに…フェイトはそうはしなかった。
「(どうして…)」
アルトにはその理由がわからずにいた…そんな時。
「あら、目は覚めた?…
身体の調子はどうかしら?…」
二人の話し声が耳に入ったのか、
医務室にいた教諭の一人がカーテンの隙間から…
ひょっこりと顔を覗かせ、そう声をかけた。
「あ、大丈夫です!…
すみません、いつまでもベッドを占領しちゃって…」
その声にフェイトは慌ててベッドから下りつつ…
そう詫びる。
「良いのよ良いのよ…
そんなこと気にしないで…
元気に目覚めたのなら、何よりよ。」
「すみません、お世話になりました!」
ベッドの側にかけてあったローブに袖を通しつつ、
そう口にすると…フェイトは医務室を後にした。
「…送っていくよ。
フェイトは寮暮らし…だよね?」
アルトはその背中を慌てて追いかけ、
そう声をかける。
「え?…うん、そうだけど…
別にいいよ…
アルトは学術科でしょ?…
魔術科とは別方向だし。」
しかし、フェイトは理由を付けて断ろうとする。
「別に魔術科の方に行っても、
そんなに大して変わんないよ。」
「そうかなぁ?…」
実際のところ、それぞれの寮の間にはそれなりの距離があるのだが、
日々、授業で各学科の棟を行ったり来たりしているアルトにとっては…
大して気にもならない距離だった。
「フェイトは病み上がりなんだし…甘えとけばいいんだよ。
…さ、行こう。」
「う、うん…」
アルトの言葉に少し困惑こそしつつも、
別に送られるのが嫌というわけでもなかったのか…
フェイトは存外、すんなりと寮の自室まで送られていった。
…
翌日、早朝。
魔術科生徒寮前。
「(!…)」
アルトが訪れた時には…そこには複数人の生徒たちが屯していた。
「フェイトの野郎…まだ出てこねえのか…」
その生徒たちの中心にいたのは…
昨日、アルトが投げ飛ばした生徒。
あの時はアルトの投げが見事に決まり、
すっかり伸びてしまっていたが…
治癒魔術を使ったのか、
一日(正確には半日程度だが。)経ったからなのかはわからないものの…
すっかりそのダメージからは回復しているようであった。
「(マジか…
いや、でも…そりゃ、こうなるか…)」
フェイトと彼らの関係性はアルトにはわからないが…
少なくとも、彼らはアルトの情報よりもフェイトの情報の方を握っている。
居場所のわからないアルトを適当な場所で待ち構えるくらいなら…
当然、居場所の割れているフェイトの方を待ち構える。
アルトもその可能性は考慮していたため、
昨日の時点でフェイトの部屋を把握しておき…
彼らの手が伸びる前に…と、早めに様子を見に来た。
だが、さすがに…まだ日も昇らないこんな早朝から待ち構えているとは思いもよらなかった。
「(ちょっと面倒だな…
昨日は相手が油断してたから、すんなり片付いたけど…
昨日の今日で…そうすんなりは行かないだろうし…)]
アルトが姿を見せれば…当然、警戒するだろう。
警戒する相手との正面戦闘は難易度が上がり…
人数差があれば、さらに一層。
「(まあ…一度、相対した感じ…
正直、負ける気はしないけど…
あんま騒ぎになるのも困る…)」
とはいえ、これまで…
天神流上級に手が届きかけているグレアと
日々、競い合ってきたアルトにとってはまるで相手にならない。
だが、ここは寮の目の前。
乱闘騒ぎになれば…他の者の目や耳にも入り、より大きな騒ぎとなる。
それはなんとか避けたかったアルトは…
「(こういう時は…これだな。)」
とある魔術を構築し…そして、放った。
「ん?…急に…なんか暗く…」
その魔術は屯する生徒たちの足元から充満していき…
「なん…だ?…眠…zzz…」
容易く彼らの意識を奪いさった。
「(やっぱ凄い効くな…これ。
最初は闇魔術とかいつ使うんだよとか思ってたけど…)」
アルトが発動したのは…
もはやお馴染み、アルト独自開発の魔術の一つ。
炎・水・風・闇属性混成魔術:『睡眠霧』
周囲が暗くなると、
『メラトニン』と呼ばれるホルモンが分泌され…眠気が生まれる。
そこに丁度いい温度と丁度いい湿度が合わさることで、
睡魔に抗えなくするというのが…この魔術の大まかな概要である。
それだけ聞くと…あまり大したことのようには思えないが、
その効果は絶大。
作り出したアルト本人ですら、この魔術をかけると…
どれだけ寝付けない日でも、秒で眠りについてしまうほどの強力な睡眠導入効果を持つ魔術である。
「(大丈夫だろうけど…一応…)」
持続時間や範囲の調整はしっかりしており…
放った魔術は徐々に霧散していたが、
魔術が消えるまでに…
もしかすると、誰かが寮から出てくるかもしれない。
間違っても、関係のない相手を巻きこんでしまないように…と、
念のため、アルトが風魔術で霧を散らしていた…その時。
「あれ?…アルト?…
こんな朝早くから何してるの?…」
走り込みでもするのか…
その人物は軽装で部屋から出てきた。
「あ、フェイト…とりあえず、おはよう?」
「ああ、うん…おはよう?…」
まだ、早朝過ぎることもあり…
お互いにこの挨拶で合ってるのか首を傾げつつも、
二人はそう挨拶を交わす。
「ん?…
あの人たち、何であんなところに…」
そして、視界に入ったのか…
フェイトは倒れている生徒たちの存在に気づいた。
「(ど、どど…どうしよう?…なんて言おう?…)」
アルトは一瞬、すっとぼけようとしたものの、
この場所にいた理由の説明もつけなくてはならず、
なんとか、うまい言い訳を。と、慌てて考え…
「な、なんか…いきなり眠くなったのか、みんな勝手に寝ちゃったんだよね…」
「え?…あの人たち、みんな寝てるの?…
こんなところで?」
「(し、しまったぁぁ!?…)」
口に出した結果…思いっきり、墓穴を掘った。




