第五章 少年期・学園生活編:目撃
<Side:アルト>
ある日の暮れ方。
その日、アルトはいつも通り授業を受けていた。
アルトはグレアたちとのちょっとしたすれ違い以降、
取る授業数を少し減らしており…
現在、アルトが取っているのは一日に十時限。
取る授業数を減らしたことによって出来た時間は…
昼と夕方にそれぞれ一時限分ずつ、休憩時間として充てていた。
「(次の授業は一時間後だし…一旦、寮に戻るか。
…こうやって、ちょこちょこ寮に戻れる時間が作れたのはいいな。)」
アルトが無茶なスケジュールを組んでいたというのもあるが…
これまでは学園内が広すぎることなども相まって、
合間の十分間の休憩は講義室や演習場間の移動でほぼ潰れており…
寮に戻る余裕はほとんどなかった。
だが、こうして三~四時間毎に休憩時間を設けたことで、
時間や体力に余裕が生まれ…
アルト自身的にもかなりやりやすくなっていた。
「(まあ、予定カツカツで時間に追われるのも悪くはないんだけどね。
…退屈過ぎるのよりはマシだし。)」
アルトは転生したばかりの頃の…
大して身動きも取れず、
ただひたすら、天井や空をぼーっと眺めることしか出来なかった
あの頃の退屈さを思い出し…苦い顔をする。
つい先日まで十二の時限全てを授業で埋めていたことや、
少し減らしたとはいえ、
現在でもほとんどの時限を授業で埋めていることなどからもわかるように、
アルトは多忙中毒…
別に仕事というわけではないものの、
ある種のワーカーホリックのような状態に陥っていた。
(…学生は勉強が仕事のようなものとも言われたりするが。)
アルトはステラと別れて以降、
暇さえあれば…トレーニングや勉強などに勤しんでおり、
何もしていないのはそれこそ、眠っている時くらい。
はっきり言って、異常だが…
もはや、本人はそのことに違和感すら覚えていない。
「(今のバランスが一番いいとは思うけど、
これはこれでちょっと物足りなさもあったり…ラジバンダリ。)」
むしろ、取る授業数を減らしたことで…物足りなさすら感じている始末。
…重症だった。
「(ま、あんま取り過ぎると…
グレアたちに怒られちゃうし、取らないけどね。)」
だが、アルト自身のブレーキはかなり壊れ気味ではあるものの…
グレアたちの存在がブレーキ代わりとなっており、
踏みとどまる理性はかろうじて残っていた。
「…って、こんなとこでダラダラしててもアレだな。
時間ももったいないし、とっとと寮に戻るか。
とっとと~戻るよアル太郎~♪…」
アルトはそんな自身の状態のことなど気にも留めておらず…
どこかで聞いたことのあるメロディーを呑気に口遊みながら、
寮の自室へと戻って行った。
…
日が傾き始めていたことや、
授業が行われている時間だったことも相まり…
寮と校舎の間に人通りはほとんどなく、
どこからか烏の鳴く声が聞こえるだけで…
あたりは静寂に包まれていた。
だからこそ…その音はアルトの耳に届いた。
「(…何の音だ?)」
寮の裏手から聞こえたその音は…
何かと何かがぶつかるような音としか形容できず、
始めはアルトにも何の音だかさっぱりわからなかった。
「(!…もしかして…)」
だが、何度も何度も繰り返し耳にしたことで…
アルトはその音の正体に気づいた。
そして…その答え合わせをするかのように、
アルトは音の発生源の…寮の裏手を覗き込んだ。
「(ひでえ…)」
アルトが目にしたのは…
一人の生徒が複数人の生徒に囲まれ、
ボロボロになりながら蹲っているという光景。
アルトは以前にも似たような光景を目にしたことがあったが、
その時よりも…もっと直接的で、物理的。
蹲っている生徒は囲んでいる生徒たちに痛めつけられたのか、
至る所から出血しており…見るからに痛々しい。
激しく…そして、質の悪いイジメ…いや、暴行の現場だった。
「(どうする?…止めるか?…
でも、相手の方が人数は上だし…俺だけで止められるのか?…
誰か呼んできた方が…)」
アルトが逡巡していると…
「…はぁ。
お前、とっとと国に帰れば?
まあ…帰ったところで、どこにも居場所なんかねえだろうけど。」
囲んでいた生徒の一人は腰を落とし…
蹲っていた生徒の髪を掴み、
無理矢理、顔を上げさせ…そう言い放つ。
「…もん…か…」
「なんて?…」
「…帰る…もん…か…」
蹲っていた生徒は全身傷だらけで血塗れ。
いかにも…死に体(ボロ雑巾)という言葉がお似合いだった。
だが、どれほど痛めつけられても…
その目は死んでおらず、
その目には…光が宿っていた。
「…あっそ。
じゃあ、ここで死ねば?」
囲んでいた生徒の一人はまるで玩具で遊ぶのが飽きたかのように…
掴んでいた髪から手を離す。
すると、蹲っていた生徒の頭は…
重力に従い、力なく地面へと落ちていく。
既に…頭を上げておく力すら残っていなかったのだ。
「…だれ…か…たす…」
蹲っていた生徒はなんとか、言葉を絞り出そうとするが…
身体はとっくの前に限界を迎えており、上手く言葉にならない。
「くく、聞いたか?…」
「誰か助けて…だってよ。」
「そんな小さな声じゃ…聞っこえまちぇーん!」
「つーか、誰も聞いちゃいねえし、
聞いてたところで…
誰もお前なんか助けるわけなんてねえのによ。」
たしかにその声はくぐもったような…呻くような…
か細く、そして…弱々しい声だった。
だが、その声は…助けを求める声は…たしかに届いていた。
「(今、あの子を助けられるのは…俺しかいない。)」
アルトはいつの間にか、飛び出していた。
「なにがあったかは知らないけど…
あんま、そうやって…寄って集って一人を甚振るもんじゃないよ?」
そう口にしながら…アルトは両者の間に立った。
蹲っていた生徒を後ろに庇い、
囲んでいた生徒たちと向き合うようにして。
「…誰だ、お前?」
いきなり現れたアルトに…
囲んでいた生徒の一人は誰何する。
「僕が誰かとかはどうでもいいよ。
今はそんなの関係ないし。」
だが、アルトはその問いには答えない。
「おいおい、関係大ありだろ…
カッコつけてんのか?…
でも、あんま部外者が首ツッコむもんじゃねえぞ?
でないと…」
「でないと?…」
「こういう目に遭うからなぁ!…」
その返答が気に入らなかったのか…
囲んでいた生徒の一人は…アルトに殴りかかる。
至近距離からいきなり拳を振るわれたこと…
加えて、蹲っていた生徒を後ろに庇っていたことで…
アルトは躱すことが出来なかった。
…躱すことは。
「…!」
パシッ。
乾いた音を立て…アルトはその拳を受け止めた。
「で、どういう目に遭うのかな?…」
「クソがっ!!」
アルトの煽りで…
頭に血を昇らせたその生徒はそのまま反対の拳を振るおうとする。
だが、アルトはそれを読んでいた。
「!?…ぐうっ!」
アルトは拳をいなし…
腕を掴むと流れるように懐に入り、
振るわれた拳のいきおいそのままに…相手を地面へと叩きつけた。
見事なまでの…一本背負い。
投げられた生徒はろくに受け身も取れなかったのか、
地面に叩きつけられたダメージですっかりのびていた。
「…さて、君たちもやるかい?」
アルトは囲んでいた残りの生徒たちにそう声をかける。
しかし…
「ちっ!…覚えてやがれ!」
アルトの足元でのびている生徒が集団の中心人物であったのか、
その生徒を回収すると、
囲んでいた残りの生徒たちはそんなありきたりな捨て台詞を残して去っていった。
「本当にそんな三下みたいなセリフ吐くやついるのか…
って、そんな場合じゃないな。
君、大丈夫?」
アルトは後ろを振り返り…
ボロボロになっていた蹲る生徒に声をかける。
だが、返事はなかった。
「気を失ってるっぽいな…」
あれだけボロボロにされていたのだ。
意識を失うのも、無理はない。
「とりあえず…治癒魔術かけるか。」
アルトはすぐさま、その生徒の治療に取り掛かる。
水魔術で血や土でついた汚れを落とし、
治癒魔術で傷を治すと…
その生徒は可愛らしく…綺麗な顔立ちをしていた。
「…あれ?
この顔…どこかで見たような…
どこだっけ?…」
アルトはその顔にどこか見覚えがあった気がしたものの…
中々、思い出せずにいた。




