幕間:あれからの日々
<Side:フィリア>
「やっぱり…寂しいよ…」
フィリアはアルトから託された
小さな杖を眺めつつ、
そう呟く。
その呟きはもう何度も繰り返されたもので…
アルトと別れたあの日以降、
フィリアは陰鬱とした日々を送っていた。
「(アルも頑張ってるのに…
いつまでも立ち止まってちゃ…ダメなのに…)」
そうは思いつつも、
フィリアの心はアルトがいない以上、
晴れることはなく…
まるで梅雨の日の雨空のようであった。
…
そんなある日。
フィリアにバルトからの呼び出しがかかった。
「(バルトさんが?…
一体、私に何の用?…)
バルトとはアルトの元を尋ねた際などに何度か会話を交わし、
面識はあったものの、
フィリアにとってはアルトの父親という認識しかない。
そんな相手からの唐突な呼び出しに、
困惑を隠せなかったものの、
呼び出しに応じ、フィリアはパトライアス邸を尋ねた。
「お、フィリアも来てたのか。」
「あれ?…ディエスもバルトさんに呼ばれたの?」
「そうなんだけどよ…
アルのやつがいないのに、
何の用なんだろうな?」
パトライアス邸には、
フィリアと同じように呼び出されたディエスの姿もあった。
だが、ディエスも呼び出された理由には心当たりがないらしい。
「というかよ、アルのやつ…
俺には一言もなく、どっかに行っちまいやがって…
まったく薄情な奴だぜ…」
ディエスは思い出したかのようにぼやく。
アルトがリオス村を旅立ったあの日、
時間の都合などで、
アルトは限られた人物にしか別れの挨拶を出来ておらず…
アルトが旅立ったことを後から知ったディエスは
そのことをほんのり根に持っていた。
「あはは…しょうがないよ。
アルトもいきなり、リオス村を離れることになったみたいで…
私はたまたま会えたけど、その時もすごく慌ただしくしてたし。」
「そうなのか?…
まあ、文句はまた今度会った時に直接本人に言うけどよ…」
第三者であるフィリアから多少なり事情を聞き、
ディエスはぼやきつつも、溜飲を下げる。
「(また今度…そうだよね。
アルトも言ってたけど、別に二度と会えないわけじゃない。
いつまでも引きずってちゃ…ダメだよね。)」
数日ぶりに顔を合わせた友人のなにげない一言で…
フィリアの心は少し上向き始めていた。
…
「呼びつけたのに…待たせてしまってすまないね。」
しばらくした頃、
遅れたことを詫びながら、
バルトがフィリアたちの待つ客間に現れた。
「あ…いえ、全然大丈夫です!
むしろ、お菓子なんて出してもらって申し訳ないというか…」
バルトの謝罪にフィリアは慌てる。
「そうだぜ、アルの父ちゃん。
こんな上手いもん初めて食ったし、
どうせ暇だからいくらでも待てるぜ!」
バルトを待っている間、
フィリアとディエスはギルバートによってもてなされており…
バルトが来るまでそれほど時間が経っていなかったということもあってか、
そもそも、二人はバルトが遅れているとすら思っていなかった。
「…そうかい?
そんなに気に入ってくれたなら…少し持って帰るかい?」
「いいのか!?」
「いや、ディエス…それはさすがに良くないよ!?」
ディエスの能天気な言葉にフィリアの声は裏返る。
フィリアは行商人が来た時に見た嗜好品の相場を覚えており…
その中に別の品物ではあるものの、
菓子類もあったことで、
自分たちに出されたお菓子の値段も凡そ想像がついていた。
「(こ、これ一つで…多分、金貨一枚くらいするよね?…)」
フィリアの予想は概ね正しい。
この世界では他の香辛料などと同様に、砂糖も手に入りずらい。
それゆえ、砂糖を使用した菓子は稀少で…相応の値段が付く。
金貨一枚…日本円換算でおよそ十万円。
まだ十歳に満たない子供のフィリアでもわかるほどの大金であった。
「?…ああ、なるほど。」
一瞬、フィリアの反応に戸惑いつつも、
バルトはフィリアが未だに自分に出されたお菓子にすら、
手を付けていないことに気づき…
「子供を可愛がるのは大人の特権さ。
だから…そんなこと、子供が気にしなくてもいいんだよ」。
バルトは微笑みながら、二人の頭を撫でた。
「?…よくわかんねえけど…
まあ、わかったぜ!」
ディエスはイマイチなんのこっちゃわかっていない様子で頷くが…
「(ち、近…
でも、こうしてよく見ると…バルトさんってアルに似て…)」
フィリアは想い人に似たその顔を近づけられ、
見る見るうちに顔を真っ赤に染める。
そして…
「きゅう…」
恥ずかしさのあまり、
フィリアは壊れた機械のように煙を上げて動かなくなった。
…
「さ、さて…気を取り直して…」
しばらく時間をおき、
フィリアが再起動した後、
バルトは本題を切り出した。
「二人はアルと学園に行くつもりなんだろう?
アルから頼まれたけど…
さすがに何もなしに君たちの分の学費も全額負担するのは色々問題がある。
アルもその資金稼ぎでこの村を離れたし、
二人にも仕事を…って、どうしたんだい?」
バルトの言葉にフィリアとディエスは二人そろって目を白黒させる。
二人にとって、
学園はアルトとの会話の中で出て来ただけで、
こんなのもあるというぐらいの認識でしかなく、
アルトの「みんなで行きたいね」という旨の発言も
同調するだけであまり本気にはしていなかった。
アルトがバルトに無茶な頼みごとをしていたことや、
急な離別の理由など、
アルト本人が語らねば、二人が知る由もなく…
「あいつ、ホント…」
「アル…」
二人はアルトのあまりの説明不足具合に呆れた。
「あ、あれ?…
もしかして、アルのやつ…
二人に何も言ってなかったのかい?…」
フィリアたちの様子を訝しんだバルトの問いに、
二人は無言でコクリと頷く。
「…すまないね。
あの子のことだし、てっきり話してるものと思ってたんだが…
まさか、何も言ってなかったとは…」
バルトは我が子に代わり、謝罪する。
アルトは話がしっかり固まってから話すつもりで後回しにしていたのだが、
急遽、リオス村を離れることになったことで、
そのタイミングと時間が取れなくなった。
おかげで、フィリアたちには混乱がもたらされていたが…
「あはは…ビックリはしましたけど、
なるほど、そういうことだったんですね…」
「ホント、先に言っとけって感じだけど…」
別に学園の話はフィリアたちにとっても吝かではなく、
一連のバルトの説明で、
二人はなんとなく状況を理解し、納得した。
「それで…仕事って?…」
「ああ…ええとね、
二人には仕事として…二年間、この屋敷の手伝いをしてもらおうと思ってるよ。」
「お手伝い…ですか?」
パトライアス邸には十分に使用人がいる。
それなのに手伝いなど必要なのか?…と、
フィリアは首を傾げる。
「ああ、アルは自分の家だから屋敷の手伝いだと
あまり仕事にならなくて、
知り合いのとこに家庭教師をしに行ってるけど、
二人なら十分に仕事になるからね。
二年間、しっかりやり遂げたら、
その報酬として、学園の学費相当の金額が支払われるって寸法さ。」
「(え?…
アルの分はともかく…
それじゃ結局、二人分の学費はバルトさんたちが負担することに…)」
フィリアはバルトの言葉に引っ掛かりを覚え…
そして、気づいた。
「(違う。
端からバルトさんはそのつもりなんだ…
建前で仕事とは言ってるけど、
私たちに罪悪感を抱かせないために…
アルトとの間に貸し借りを作らせないために…
わざわざこんなことを…)」
そう。
バルトは今後のアルトたちの関係も考慮し、
わざわざ体裁を整えたのだ。
普通の子供ならまず気づかないように。
だが…フィリアは持ち前の聡明さで気づいてしまった。
「(多分、アルのためなんだろうけど…
バルトさん、滅茶苦茶私たちのことも甘やかしてくれてる…
なんかすごく申し訳ないな…)」
ただアルトと友人なだけで、
ここまでしてもらうことにフィリアは罪悪感を覚えつつも…
「…ありがとうございます。」
既に運命の歯車は回り始めており、
ただ感謝を述べることしかできなかった。
「ん?…ありがとう?…
なんのことかな?」
フィリアの言葉にバルトはとぼけたふりをし…
「なんでありがとうなんだ?…」
ディエスは首を傾げていた。
三話分のつもりだったのですが…
文量の計算ミスってまた分割しました。
なので、幕間二つ(四話分)です…今度は間違ってない(はず)。




